第53話 正三角形の恋人達
「彩香先輩が戻るまで、手握ってていい?」
「手?いいよ、はい!」
布団を敷き終わった由芽の部屋で、いつも通りにベッドにもたれかかりながら手を繋ぐ。
でも、あたしたちの関係はこれまでとは違う。
想定外ではあったけど、でも由芽が選んでくれた関係。
誠実……、誠実なのか?そこに関しては、割と突っ込まれそうな部分があるけど。
「今日は疲れた……。ここ最近、由芽に振り回されっぱなしだよ」
「ごめんね、色々と」
「…………そんなかわいい顔されると、怒るに怒れないだろ」
そう言いながら、由芽をゆっくりと抱きしめる。
ああ、もう!耳元で由芽の吐息が甘すぎる……!
ただでさえ感情の昂ぶりが凄いのに、これは早めに止めないと──
「……あはは、凄いドキドキする」
「それはダメ!!!」
「なにがっ!?」
咄嗟に、なんとか由芽の肩を掴んで距離を離す。
あ、危なかった……!どうにか耐えられたけど、今のは本当に危なかった……!
これが、”正式な恋人”という関係の魔力……!!
「か、かなみちゃん?」
「ごめん、ちょっと離れてて。じゃないと、あたしの理性が持たないから」
「さっきの今で何があったの……」
こいつ、自分の顔の良さとえっちさに無頓着が過ぎる……!
あたしも彩香先輩も、滝行でもし始めるべきかな?
そうじゃないと、本当に由芽に人生狂わされそう……。いや、この関係になった時点でもう色々と狂わされてるか。
改めて、目の前の幼馴染を見つめる。
キョトンとした顔は、せなさんと付き合う前の時みたいに無防備で。
女の子らしいすらりとした手足は、由芽が身長が低い方だというのを忘れさせるほど。
とりわけ目立つ赤い瞳は、人外の美しさすら感じられてしまって……。
…………そっか。あたし本当に、由芽と恋人になったのか。
堂々とした二股宣言こそされたけど、それは確かにあたしと彩香先輩のアプローチが実った証拠。
そして、由芽が本格的に前を向いて歩いている証拠でもある。
それなら、何も問題なんてない。
第一に、あたしの幸せは由芽が幸せになることなんだから。
小さくて、弱っちい。そんな由芽が笑顔でいることが、あたしの幸せでもあるんだから。
それに、こうなるかもって話自体は彩香先輩ともしてたしね!
「……かなみちゃんはさ、ずっと気にしてたんだよね」
「え?……ああ、うん。あれは、あたしの見苦しい嫉妬が招いたことなんだし、そりゃね」
さっきの話し合いで吐露してしまった、あたしの醜い部分。
彩香先輩と由芽が抱き合っていたのを見て、あたしは自室に引きこもって。
「頭のどこかで、由芽はこうすれば来てくれるって。そう、思っちゃってたんだよ」
情けなくて醜い、子供の我儘みたいな行動。
そんなあたしを、仮の恋人期間とはいえ彩香先輩は受け入れてくれて。
いくら謝ったとはいえ、それだけであたしの罪は無くならない。
「……ほんと、自分が嫉妬で狂うなんて思いもしなかった」
だからこそ、あたしは由芽の告白を辞退しようとした。
直後の二股宣言で塗り替えられたけど、あんなの由芽にも彩香先輩にも失礼過ぎる言動だ。
由芽の隣に相応しい人間になると決めたとはいえ、こんな現状のあたしが恋人だなんて──
「かなみちゃん」
マイナスに沈みかけていたあたしに、由芽は一声かけて頬にキスをした。
「ゆめ……?」
「彩香はとっても優しいから、きっととっくに許してる。だからこそ、かなみちゃんも謝ることが出来ないんだよね」
その言葉はまさにその通りで、あたしはその指摘に固まってしまう。
そんなあたしの手を、由芽は再度握ってくれた。
「その罪悪感、わたしにも背負わせて。わたしはかなみちゃんの恋人なんだから、ね?」
明るくて、綺麗で、朗らかで。
あたしを射抜いたのは、由芽のその笑顔。
誰もを寄せ付けないくらいの美を持っているのに、その愛嬌で誰もの心に入り込む。
胸が高鳴って仕方がない、頬が紅潮して熱にくらくらする。
目の前の魔性の女と恋人になるという事は、この熱を受け続けるという事。
「…………ありがとう」
「かなみちゃん顔真っ赤だよ!?もしかして熱あったりする!?」
「こ、この鈍感娘……!」
もう、どうしようもないほどにあたしは由芽に堕とされていて。
それならもう、責任をとってもらわないとだよね!
あたしも彩香先輩も幸せにするって、他ならぬ本人が言ったんだし!
「折角だし、もう言いたかったこととかない?後で彩香にも聞くつもりではあるけど!」
「……はぁ、ほんとマイペースだよね」
「えへへ、親しい人にだけだよ!」
「この甘えん坊め……」
言いたい事なんて、数えきれないくらいにはある。
他の人と距離近すぎじゃない?とか、えっちすぎるのはあたしの理性が切れても知らないよ?とか。
「……あたしは何時まで”かなみちゃん”なの?」
でも、あたしの口から出たのはそれだった。
「え?どういう事?」
「彩香先輩の事は”彩香”って呼ぶでしょ?なら、あたしも変えてくれてもいいと思うんだけど、呼び方……」
「呼び方……。確かに、幼稚園の頃から変わらないね……?」
せっかく、せっかく恋人になれたわけだし?
意識改革的な意味も込めて、呼び方を変えてみても、なんて。
……あたし、もしかして中学生みたいな思考してる?
流石にちょっと幼過ぎたか?
「あー、ごめん。さっきのは──」
「……大好きだよ、かなみ」
触れるだけの、いつも通りの軽いキス。
だというのに、思考の全てが如月由芽に塗り替えられてしまった。
「お待たせー!お風呂頂きまし……、あれ?」
「お帰りなさい彩香!」
「う、うん。えっと、かなみちゃんはどうして蹲ってるの?」
「えーっと、ただ名前の呼び方を呼び捨てに変えただけなんですけど」
「お風呂行ってきます!!」
自分のパジャマを抱えて、爆速で部屋を飛び出る。
そうして部屋を出れば、ようやく茹りきった思考が戻ってくれて。
「……ほんと、好きすぎる」
それでも、あたしが発せた言葉はそれだけだった。
▽
こ、これが由芽ちゃんの部屋……!
私の部屋と比べてもシンプルなのに、どういうわけか甘い匂いがする……!
やばいなぁこれ……!心臓が跳ねすぎて、もう何が何だか分からない!
そわそわし過ぎて、まともに由芽ちゃんと目を合わせられな……。
「……あ、この写真」
「…………はい。わたしと、せなお姉ちゃんの付き合っていた頃の物です」
そう言いながら、由芽ちゃんは愛おしそうに写真を撫でる。
その写真の前にある箱は、埃1つないネックレスの箱。
由芽ちゃんの、大切な思い出の品。
「もー、彩香ってばなんで泣きそうなんですか」
「へ!?そ、そんな顔しちゃってたかな!?」
「はい。……本当に、優しいんですから」
そう言って、由芽ちゃんは私に抱きついてくる。
由芽ちゃんが持つ甘くてリラックス出来る香りで、私が包まれるような感覚。
華奢で小さな由芽ちゃんの、確かにある存在感が心地いい。
「妥協なんかで、わたしは恋をしませんよ」
「っ!……うん、そうだね。由芽ちゃんは、本当に凄いなぁ」
せなさんとの想い出を胸に、由芽ちゃんは前に進む。
そして、その道の途中で私達は結ばれた。
そう。私と由芽ちゃんは、正式に恋人になった。
それがついさっきの出来事で、実はあまり実感が湧いていなかったり。
あの大胆な二股宣言もあって少々混乱してしまったけど、それでも由芽ちゃんと恋人になったのは変わらない。
「む?さっきも言った通り、わたしは弱っちいですよ?」
「あはは、そうだね。由芽ちゃんは、弱っちくなれたんだもんね」
ハグを辞めて由芽ちゃんを正面から見て、その顔の良さに改めて惚れそうになる。
あ、別に私が由芽ちゃんの顔だけが好きというわけではなくて!!
いや、由芽ちゃんの顔は大好きなんだけども!!
「彩香?どうかしましたか?」
「い、いやぁ……!由芽ちゃんが可愛くって、顔見れない……」
「ふふっ、なんですかそれ」
具体的に、どこが変わったという訳でもなくて。
強いて言うなら、とてもすっきりとしてる?
自分の弱い部分を受け入れるのって、結構勇気がいると思うのに。
それを考えれば、きっと由芽ちゃんは、弱くなって強くなったんだろうな。
「……でも、それならむしろ沢山見てください」
「ひょえっ!?」
な、なにごと!?
由芽ちゃんがわたしの両頬に手を添えてっ……!?
「これから先、沢山一緒に居るんですから。見慣れて貰わないと困ります!」
「あ、あばばばばば!?」
か、可愛すぎる!?
何その理由!?甘えたな恋人由芽ちゃんって、ここまで火力上がるの!?
や、やばい!
さっき、かなみちゃんが蹲ってた理由が今分かった!!
かなみちゃんも、この火力でダウンさせられたんだ!!
「……いや、ですか?」
「嫌ではないよっ!?」
い、いけないいけない!
頑張れ私!由芽ちゃんは恋人、由芽ちゃんは恋人!!
由芽ちゃんは、考えつくして私とかなみちゃんを選んでくれたんだよ!!
そんな由芽ちゃんに、悲しい想いなんてさせないっ!
「わ、わた、わたしはっ……!」
「……あははっ、冗談です!」
「はえっ!?」
い、今、私の頬にキスした!?
由芽ちゃんとは何回もキスをしてるのに、頬にキスだけでこんなの……!
「こうやって、いっぱいスキンシップをとりましょう!ゆっくり、わたし達のペースで慣れてください!」
「ひゃ、ひゃい……」
あ〜、もう可愛すぎるし美しすぎる……。
何その笑顔?反則にも限度があるんだよ??
このまま溶かされ続けたら、私スライムとかになっちゃうよ??
「……というわけで、少し甘えてもいいですか?」
「え!?」
そのあまりにも強烈な言葉に固まっていれば、由芽ちゃんは私の肩に頭を置く。
だ、大丈夫かな?由芽ちゃんに、私の心音聞こえてないかな!?
「……振られても仕方ないって、思ってたんです」
「え……?」
「こんな不義理な選択をして、2人を困らせてしまって。……本当に、ごめんなさい。一途な関係を築けなくて、ごめんなさい」
私と繋いだ由芽ちゃんの手は震えていて。まるで迷子の子供みたいだ、なんて。
だから、その震えが少しでも収まるように力を入れた。
「確かに、由芽ちゃんの選択は世間一般では悪だと思う。事実、私もかなみちゃんも一瞬固まったから」
「……はい」
「でもね、同時に嬉しかった。由芽ちゃんが、私もかなみちゃんも選んでくれて」
決して、消去法や脳死で選んだ答えじゃない。
由芽ちゃんは悩んで考えて、私達を幸せにする道を選んでくれた。
その道はとても険しくて、周りからは賞賛を得られ辛い道。
大変で、辛くて、未来を具体的に思い描くのが難しい道。
だって、由芽ちゃんの負担は私達2人分だから。
それでも──
「私もかなみちゃんも、由芽ちゃんの事が大好き過ぎるから。きっと、選ばれなかったらどん底だったよ?」
「大げさですよ。わたしは、ただの一般人なのに」
「むー、由芽ちゃんはやっぱり鈍感だね?そこら辺は、ゆっくりでも正していかないとかな!」
きっとこの鈍感さは、由芽ちゃんの自己肯定感の低さからくるもの。
過去に沢山のトラウマを持っているからこそ、由芽ちゃんは自分を過小評価してしまう。
「恋人なんだから、私達。由芽ちゃんに幸せにして貰うだけじゃなくて、由芽ちゃんの事を幸せにしたいんだよ?」
そんな彼女に、私達はこれからも愛を与え続ける。
そうしていつか、3人で幸せになる為に。
「好きだよ由芽ちゃん。世界で一番、愛しています」
きっとこれから先、何度も言う事になる言葉。
でも何度言っても、その言葉の重さは変わらない。
何の根拠もないけど、そう思えてしまう。
「…………彩香って、やっぱり年上だよね」
「ど、どういう事?」
もしかして、おばさんっぽかったりした!?
そんな変な事言ってないつもり──
「ん……」
「──!?」
これ、キス……!
由芽ちゃんから、私に……!!
「……はぁ」
「ゆ、ゆめちゃん!?」
「これから先、何度も何度も。わたしは弱いから、こうやって彩香にもたれかかると思う」
顔を離して見えた由芽ちゃんの表情。
とても綺麗で、可愛くて、魔性の色気を持っていて。
そんな、私の初恋の女の子の顔……。
「わたし、彩香を好きになれて良かった。彩香と出会えて良かった」
「う、ん……」
「ちゃんと傍で見ててね。絶対に、彩香に相応しい恋人になるから」
そんな、そんなの、むしろ私がそうならなきゃ。
役者として、恋人として、私の方が不足してるんだから。
なのに、こんな、嬉しすぎる言葉……。
ていうかタメ口……!私の仮の恋人時代のお願いを、ちゃんと覚えててくれて……!
「た、ただいまー!由芽ー、お風呂空いた……、よ?」
「あ、おかえりかなみ!」
「つぅ……っ!!……た、ただいま由芽。えっと、なんで彩香先輩が蹲ってるの?」
「えっと、わたしの決意を言っただけなんだけど……」
「ゆ、由芽ちゃん!お風呂!さぁ!!」
「は、はい……。それじゃあ、行ってきますね……?」
由芽ちゃんが困惑しながら部屋を出て行っても、私は相変わらず蹲ったままで。
そんな私の肩に手が置かれて、ゆっくりとその手の主を見上げる。
そこには、とてもいい笑顔なかなみちゃんがいた。
「お互い、由芽には負けっぱなしですね!」
「うわぁぁん!!」




