第51話 そうして、彼女たちは──
「───さん、柊さん!」
『どうしたと…………。あ、あれ?高崎ちゃん?」
気づいたら、そこは天城先生所有の稽古場所。
目の前で胸を撫でおろす高崎ちゃんと天城先生を見て、意識がはっきりし始めて……って!
「もしかして、また無意識でやってた!?」
「ええ、素晴らしい演技ではあったけれど……」
「そ、そんなぁ……」
天城先生のその言葉に、思わずがっくりと項垂れてしまう。
秘密特訓を始めてから一週間で、もう初舞台まで10日を切ってしまっていて。
そんな状況なのに、あんまり進歩できた気がしない!
舞台以外でも忙しい真琴さんにも時々手伝ってもらったり、高崎ちゃんや天城先生にもつきっきりで見て貰ってるのに!
ほら、高崎ちゃんも天城先生も難しい顔してるし!
「…………」
「えっと、高崎ちゃん?」
「ああ、すみません。……柊さんって、本当に由芽と会うまで演技素人だったんですか?」
「え?い、いちおう、由芽ちゃんの舞台とかは見て真似したりしてたけど……」
い、色々と素人っぽさが滲み出ちゃってたかな?
マンツーマンだとよく観察出来るの、由芽ちゃんもそうだったみたいだし……。
「それじゃあ、今日の反省会に移ろうかしら」
「あれ?ま、まだ終わるには少し早い気も……」
「ええ、安全マージンはたっぷりとらないと。それに……、ふふっ♪この後、由芽とかなみとご飯なんでしょう?なら、彩香にも色々と時間をあげないと♪」
「あ、ありがとうございます!」
そう言いながら、天城先生はホワイトボードにマーカーを走らせる。
簡易的な図で表されたそれには、4という数字があった。
「これが、今の彩香が潜れる深さ。もう本番まで時間もないから、明後日からはこの深さでの表現の幅を広げましょう」
「は、はい。……結局、進めたのは1くらいかぁ」
仮に、10という深度が由芽ちゃんや高崎ちゃんの領域だとすれば、私の演技力は由芽ちゃんたちの4割ほど。
着実に伸びはしたけど、それでも短期間ならここが限界かぁ……。
それに、ここに表現の幅も付随させないとだし……。
「それじゃあ、私はこれで。柊さん、体は十分に休めてくださいね」
「あ、ありがと高崎ちゃん!」
「……いい加減、凛でいいです。では、天城先生もありがとうございました」
「わ、分かった!じゃあ、また明後日だね凛ちゃん!」
「ええ、おやすみなさい高崎ちゃん」
そう言い残して、高崎……じゃなかった!凛ちゃんは、一礼して帰っていった。
相変わらずクールだけど、今日の凛ちゃんはいつもと違ったような。
少なくとも、今までの2ヶ月では見たことないような……。
そう、由芽ちゃんもたまにする悪い顔だ!
「今日の凛ちゃんの様子、なんか変でした?」
「ふふっ♪私も後50年若かったら、彼女と同じような顔をしていたかもね♪」
「そ、それはどういう……」
「迫りくる強烈な才能に対しては、私たちは期待しちゃうものなの。高崎ちゃんほどの役者なら、それはもう楽しみでたまらないでしょうね♪」
ほ、褒められてるのかな、これ?
でも、天城先生も楽しそうだからいいのかな?
▽
「あ、お待たせかなみちゃん!」
「お疲れ様です!あはは、全然待ってないですよ!」
そう言って、かなみちゃんはにこりと笑ってくれた。
天城先生の凛ちゃんとの稽古を終えて、家に帰ってシャワーを浴びた。
場所が場所だし、なにより汗もかいちゃってたし!
そこから着替えとお泊り用の一式を持って、電車に揺られること数十分。
「……静かだね、ここら辺」
「駅前もそこまで栄えてるわけじゃないですから、少し離れればこんなものですよ」
「でも、凄く居心地がいいかも……」
閑静な住宅街と、田舎過ぎないくらいの明るさ。
由芽ちゃんとかなみちゃんの家の付近は、そんな穏やかな場所だった。
そう、今日のお泊り先は如月家。
由芽ちゃんに、明日はお休みだからと泊まりに来てほしいと誘われた。
つまりは、お泊りデートだという事。
デ、デートだよねこれ?
かなみちゃんも一緒なのはそれはそうなんだけど、変則的でもお泊りデートだよね!?
「彩香先輩……。今から緊張してたら、心臓壊れませんか?」
「え!?顔に出てる!?」
「それはもう」
そ、そんな!ほんとだ!触れば分かるくらいには、口角が上がりきってる!?
「ぎゃ、逆に、かなみちゃんはなんで平気なの!!」
「そりゃ、由芽の部屋でお泊りなんて何度もしてますし。幼馴染ですから」
「ず、ずるいよぉ……!」
このままじゃ、年上の威厳に関わる!
もう無いも同然だけど、それでもこれ以上減らすわけには!
「ん?あれ……?」
「……なんですか?」
暗いから分かりづらいけど、よくよく見ればかなみちゃんの顔が赤いような。
そして、それを隠そうとするように向こう側を向いている……。
「……ははぁ。お互い、由芽ちゃんには負けっぱなしだね!」
「すっごくいい笑顔で言われるの、滅茶苦茶ムカつく……!」
「やっぱり、由芽ちゃんは悪い子だなぁ」
「本当にですよ!あの子、鈍感すぎるくらい鈍感なんですから!」
そこから、由芽ちゃんのここが悪い!という愚痴を語っていれば、気づいたら如月家の前へ着いていて。
うん、いざここまでくると、足がすくんじゃう!
なんでだろうね!ただのお家デートのはずなのにね!!
「……先に言っておきますね、彩香先輩」
「な、なにかな?」
「もし、万が一。由芽が彩香先輩を選んだら、世界一幸せにしてあげてください」
自分の両手を胸に抱きながら、かなみちゃんは笑顔でそう言った。
その様子だと、多分かなみちゃんも同じことを考えてるんだ。
「や、やっぱり、今日がその日なのかな」
「多分……。あの子、少し前に真琴さんに相談しに行ってたし……」
「そ、っかぁ……」
由芽ちゃんが選択をするなら、このまどろみのような三角関係も終わる。
でもそれは同時に、由芽ちゃんがどちらかにせなさんに負けないくらいの恋愛感情を抱いてくれたという事でもあって。
死にたいと思っていた由芽ちゃんを、私たちが変えられたという事だから。
悲しいけど、とても嬉しい。
「私が選ばれたら、ね。もし由芽ちゃんがかなみちゃんを選んだら、その時はかなみちゃんが世界一幸せにしてあげてね!」
「……はい、勿論です」
うん、これでもう大丈夫。
私を選んでくれたなら、なんて、そんなものは贅沢だもん。
私にできるのは、涙をこらえて祝福する事だけ。
ああ、もう、怖いなぁ失恋。
「……えと、どうしたの2人とも」
「「うひゃあ!?」」
び、びっくりした!?あれ!?由芽ちゃんがいる!?
うわ、エプロン姿可愛い!!ヘアピンで止めてる前髪も凄い可愛い!!
じゃなくてね!?
「ど、どうして由芽ちゃんがここに!?」
「いや、ここ私の家の玄関先……」
「な、なんでいるってわかった!?」
「玄関の人感センサーでね。でも、どうしてか全然中に入ってこないから……」
そう言って、由芽ちゃんはため息をひとつ。
「も、もしかして、さっきの話……」
「何も聞いてません」
一瞬悲しげに目を伏せたかと思えば、すぐにいつものポーカーフェイスに。
そ、そりゃそうだよね。自分のいないところでこんな話されても、面白くなんてないよね。
って、あれ?由芽ちゃんが立ち止まって──
「……お帰りなさい、彩香、かなみちゃん」
──え?
なに、そのふにゃりとした笑顔。
頬を赤く染めて、潤んだ瞳で、そんな。
どうしてか分かってしまう。その表情が、演技じゃないという事を。
分かってしまうからこそ、それは、反則すぎじゃないかな?
「た、ただいま……」
「お、おじゃまします……」
「はい!それじゃあ、リビングに入る前に手洗いうがい!今日は両親が居ないので、ゆっくりしてくださいね!」
「「いないの!?」」
ちょ、ちょっと待って!?
両親が居ないなんて、私何も聞いてないよ!?
ほら、さっきまでぽーっとしてた私もかなみちゃんも目を見開いてるし!!
「あれ、言ってなかったっけ?だから、今日はわたしがシェフです!」
「由芽ちゃんの手料理!?」
「こ、この無防備娘……!」
私とかなみちゃんが狼だったら、由芽ちゃんは危ないんだよ!?
いや、狼じゃないけどね!?どちらかといえば、由芽ちゃんの方が捕食者っぽいんだけども!
そんなことが言いたいんじゃなくて!というか、そんなこと思ってもないんだけど!!
「えーっと……。た、楽しみだねかなみちゃん!」
「そ、そうですね彩香先輩!」
「…………二人とも、やっぱりなんか変だね?」
────
「「すっご……」」
私とかなみちゃんがリビングへ行けば、そこには色とりどりの料理が並んでいた。
「これがチーズのブルスケッタで、こっちが一口オムレツ!生ハムトマトのバラピンチョスに、ミニミートキッシュに~♪」
「ぶる……、ばら……??」
「女子力が、女子力が高すぎる……!」
余りの女子力の高さに、かなみちゃんは頭が追いつかず私は戦慄してしまう……!
だってこれ……、10品はあるよ!?
それに彩も綺麗で、特にこの……。これ、野菜だよね……?
「お、彩香は良いところに目を付けますね!そのラタトゥイユもおすすめですよ!」
「らた……?」
「は、はいすぺっくぅ……」
由芽ちゃんが料理が趣味なのは知っていたけど、これは流石に凄すぎない!?
趣味を極めれば、ここまで出来るのか……!
いや、由芽ちゃんもついさっきまで稽古してたよね一緒に!?
疲れているだろうに、ここまでとは……。
「さ、食べましょう2人とも!」
「う、うん。ほら、かなみちゃんも戻ってきて!」
「はっ……!?そ、そうですね!?」
「それじゃあ、いただきます」
「「い、いただきます」」
うう……!に、匂いだけでどれも美味しいって分かる……!!
どうしよう、どれから……。
「……迷ってくれていますか?」
「へぇっ!?う、うん。どれも、ものすごく美味しそうだから……」
「えへへ、嬉しいです。それじゃあ、わたしのおすすめから!はい、あ~ん」
「あ~ん!?」
由芽ちゃんがおすすめで選んでくれたのは、私がさっきまで見ていたラタトゥイユ。
お野菜とチーズの香りがこれまた食欲をそそる、カラフルな──。
──ではなく!!
これ、あ~んだなんてそんなっ!?今までされた事ないよ!?
「ゆ、由芽ちゃん……?」
「?」
ああ、眩しいくらいの可愛さ満点の笑顔……!
だ、だめ……!この魔力には抗えない……!
「ん……」
「どうですか?」
「…………おいしい!!」
あまりの緊張で味が一瞬分からなかったけど、とんでもなく美味しすぎる!?
「えへへ、よかった……。かなみちゃんには~、はいこっち!」
「あ、あたしも!?」
「む~、わたしのご飯が食べられないと申すか~?」
「そ、んなわけっ……!……おいしっ!?」
顔を真っ赤にして食べたかなみちゃんは、私と同じように一拍の後にそんな歓声を上げた。
いや、まぁ、うん。流石にわたしだけじゃないよね……。
うう……、ずるいよ由芽ちゃん!!
そのやり方は、流石に罪な女過ぎるよ!?
「……それにしても、また料理の腕上げてない?ここまで品数作るの大変だったでしょ?」
「ん?ぜ~んぜん大変じゃなかったよ!料理なんて、レシピを参考にすれば美味しくなるから!」
「わぁ、料理が出来る人の言い方……」
「それ、レシピ通りにクッキーを作れなかったあたしに言ってる?」
「…………ほら、こっちも美味しくできたんだ~」
「無視したっ!?」
──
「……実際ね、ほんとに大変じゃなかったんだ~」
由芽ちゃんの美味しい料理を堪能して、私とかなみちゃんで後片付けを終えて。
その後に訪れた団らんの時間で、由芽ちゃんはぽつりと呟いた。
「料理の話?」
「はい。あれだけ品数を作っても、何も苦じゃなかったんです。どうしてだと思います?」
私たちを見ながら、温かい目で由芽ちゃんはそんな質問を投げかけてくる。
その表情に、私は息を飲んでしまった。
「……どう、して?」
「彩香とかなみちゃんとが、美味しく食べてくれるかな。美味しいっていってくれるかな。そんな風に考えながら作っていたから」
由芽ちゃんは頬を少しだけ朱に染めながら、宝石のような赤い瞳で私たちを射抜く。
「……本当に、待たせてしまってごめんなさい。優柔不断だから、沢山振り回してしまって。そんなわたしを待っててくれて、本当にありがとうございます」
……そっか。やっぱり、今日なんだね。
大丈夫、大丈夫。もう覚悟はできてるもん。涙なんて、絶対に流さない。
2人を祝福する準備は…………、でき、て……。
「彩香、かなみちゃん。ようやくわたしは、自分の心を見つけられたから。ようやく、向き合う事が出来たから」
「少しだけ、お話させてください」




