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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第2章 《双翼》と天才役者編

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第50話 如月由芽と選択肢

 せなお姉ちゃんが死ぬまで傍に居ると言ってくれて、心がとても軽くなった。


 だけどどうにもわたしは弱いままで、おまけに優柔不断で。

 でも、そんなわたしを受け入れてくれる人達がいると知った。


 強いわたしを作らなくていいと感じれば、鳴りやむ気配のなかった頭痛も今ではほとんど消えてくれて。

 その事に、罪悪感を覚えてしまう。


 少し前まで、痛みはわたしにとっての麻薬だった。


 痛みを感じれば、それだけ罪が軽くなったと錯覚して。

 少しでも人殺しの自分が正しく生きられているのだと、そんな事を思ってしまったり。


 高校に入学してたった数ヶ月で、わたしは本当に変わってしまった。

 あれだけ変わりたくないと願っていたのに、それはもうあっさりと。


 そのきっかけは、紛れもなく彼女で。

 彼女と出会う前にわたしが折れないでいられたのは、間違いなく彼女のお陰で。


 恩返しをしたい、幸せになって貰いたい。

 だけど、彼女たちの幸福にはどうやらわたしも必要らしくて。


 それはつまり、わたしがとるべき道はおおむね決まっているのでは?

 いや、でも、それは現代社会に生きる人間としてダメなのでは?


 勿論、義務なんかではそんな選択肢を取るつもりはなくてね?

 わたしだって、彼女たちに芽吹き始めているものがあるのは自覚してるわけで。

 せなお姉ちゃんを忘れることは何があってもないけど、彼女たちを待たせすぎるのはせなお姉ちゃんに怒られてしまいそうだし。

 そうでなくとも、わたし自身が待たせたくない。


 今の関係も、私が思い浮かんだ関係も。

 彼女たちにとても不義理で、非難されるべきもの。



 そんなことは、とっくに理解できている。



──



「そっかぁ。由芽さんは、とても悪い子なんだね」

「うっ……。そ、その通りです……」


 そんな由芽さんがなんだか面白くて、グラスに入ったワインで口を湿らせる。


 《双翼》の初舞台まであと11日。

 今日は珍しく舞台稽古だけのスケジュールだったから、帰ってご飯でも作ってあげようかなと思っていた時。


〖あ、あの、ご相談があるんです……。真琴さん達になら、出来るかなって……〗


 そんな風に稽古終わりに由芽さんに言われたら、お姉さんとして相談に乗りたくなるのが私。

 あれよあれよとヘルシーめのお惣菜を買って、私のマンションに足を運んでもらった。

 

 そこで聞いた相談事は恋愛事情で、由芽さんは顔を少し朱に染めながら話してくれた。


 せなさんと付き合っていたこと。

 かなみさんと彩香さんが、そんな由芽さんを癒してくれたこと。

 2人とは10分だけの仮の恋人であること。


 自分が、その先に進んでいくのを望んでいるという事。


「冗談だよ♪もう、由芽さんは可愛いなぁ♪」

「うう……!冗談でも、今のわたしにはクリーンヒットなんです……!」


 そう言いながら、由芽さんは一口だけお茶を飲む。

 その仕草を見て、無性に庇護欲が湧いてきてしまうのは私が悪いのかな?


 そういえば、うちの劇団の子たちに由芽さんをガチの目で見てる子がちらほらいたような……。

 美貌も仕草も満点を軽く超えていて、おまけに性格もよくて無防備ときた。

 うん、これは男女問わず好きになっちゃっても仕方がないかぁ。

 

 かなみさんは由芽さんの幼馴染だっけ。彩香さんは、由芽さんの芝居の弟子だというし。

 中学1年生の頃も別格に綺麗で可愛かったけど、こんなに罪な子じゃなかったと思うんだけどなぁ。

 恋愛を知って女の子は可愛くなるし、ある意味せなさんのせいなのかも?


「……わたしがどれだけ不義理かなんて、痛いほど分かってます。でも、わたしは沢山の好きを貰ったから。だから、返してあげたいんです。この先、一生をかけて」

「由芽さん……」


 恋人を事故で亡くしたからこそ、由芽さんは臆病になったのかな。

 そしてそんな臆病を無理やり抑え込んででも、自分を好きだと言った二人に好きのお返しをしてあげたい。


 本当に、目が潰れそうになるくらいに明るい気持ちだ。

 現実に打ちのめされて大人になった私には、きっと抱けない気持ち。

 眩しくて真っ白で。そんな、心の底から応援したくなるような。


「たっだいまー!!あ、ほんとに如月ちゃん居る!!」

「お邪魔してます!お久しぶりですね千奈(ちな)さん!」

「こら、千奈も由芽さんもお静かに」

「「は、はいっ!」」


 騒々しく帰ってきたのは、この家のもう一人の主の長崎千奈(ながさきちな)

 由芽さんとは、少し前の天城先生の舞台でお話したって言ってたっけ。

 《銀河鉄道の夜》の舞台でも一緒だったし、波長は合いそうだもんね。


 ピンク髪と喧しさと八重歯が特徴的な、私たちと同じく役者の彼女。

 本人には絶対に言わないけど、にぱっとした笑顔が魅力的な──


「それにしても、本当に驚きましたよ!真琴さんと千奈さんが付き合っていたなんて!」

「えっへへ!まぁ?真琴がどうしてもって言うから?的なね!」

「千奈の愛の告白の時の音声。私が持ってるけど聞きたい?」

「ちょっ!?それ反則カードだって!!」


 そう言いながら、わざわざ私の横に座ってくる。

 暑苦しいのに避けない私を見て、千奈は八重歯を見せて笑顔を作る。


 由芽さんが居るから怒らないだけで、本当は何を笑ってるのって怒りたいんだけどね。


「わたしが中学1年生の時は、まだ付き合ってませんでしたよね?何時からなんですか?」

「そ、そんなに目を輝かせながら聞かれても……」

「1年前くらいだよ!あたしが告白して、せっかくだし同棲しよっかって!」

「おお……!」


 正確には1年と3か月と17日前。

 なんだけど、こんな訂正してもからかわれるだけだしなぁ。


「わ、私と千奈の事より、由芽さんの相談が先!……千奈は電話で話聞いててどう思った?」

「そうだよね!うーん、そうだなぁ……」


 千奈が帰ってくる最中に電話をスピーカーで繋いで、千奈にも聞いてもらっていた。

 普段はおちゃらけてる癖に、こういう時は真剣な顔。

 普段から、そうやっていてくれればうるさくなくて済むのに。


「……如月ちゃんは、二人の事が好きなの?勿論、恋愛感情的な意味で」

「好き、だと思います」

「だと思う?」

「せなお姉ちゃんと付き合っていたような激しい好きは、はっきり言えばまだありません。でも、確かに恋をしていると思うんです。二人を想えば、心が温かくなるから」


 胸に手を当てて、自信がなさげに由芽さんは呟く。

 横でそれにうんうん頷く千奈は、水を一口飲んで優しい顔をする。


「そっかぁ。多分如月ちゃんは、戸惑ってるんだね」

「戸惑う、ですか?」

「そ!笹森さんへの恋とか、二人を同時に好きになった罪悪感とか!」

「そう、ですね」

「きっとね、如月ちゃんが二人に持ってる感情は紛れもなく恋だと思う。ただ、それはまだまだ小さい線香花火だから、キャンプファイヤーだった過去の恋と比較しちゃって、自信が持てないんだよ」


 理論派の役者だからか、千奈はこういう言語化にはめっぽう強い。

 だからこそ、スーパーサブとして色んなドラマに出てるわけだしね。


「例えば、あたしと真琴のお話なんだけどね」

「千奈?」

「あたしも真琴も、二人してその火種が恋かどうか分からなかったの。今でこそ法改正も進んでるけど、同性愛ってまだまだマイノリティだから」


 そう言いながら、千奈は私の手を握ってくる。

 まるで、でも自分たちは負けなかったのだとでも言うみたいに。


「でも、二人で話し合ってあたしたちは今の道を選んだの!今は手探りで正解も不正解も選んでる最中だし!」

「千奈……」

「千奈さん……」

「あたしが思うに、正解の形って人それぞれだと思うんだ。だから、あたしは三人で沢山話してほしい。如月ちゃんの想いは、きっと伝わるはずだから!」


 そう言い終えると、千奈はにぱっと笑って由芽さんに拳を突き出す。

 そして由芽さんも、ふにゃりと笑って拳を合わせた。


「ありがとうございます。沢山話すって、すごく頑張らなきゃですけど。でも、やってみます」

「どういたしまして!上手くいったら、ダブルデートでもしよっか!ん?ダブルじゃなくてトリプルかな?」

「……もう、千奈はそういうところだよ」


 どうして由芽さんの相談に乗る場で、私が改めて千奈に惚れなきゃいけないんだろう。

 普段は喧しくてうるさいくせに、ずぼらで目立ちたがり屋のくせに。

 全然、私のタイプじゃないくせに。


「それじゃあ、私からも一つ伝えるね」

「は、はい」


 いけないいけない、今は由芽さん最優先。

 私たちに頼ってくれた可愛い可愛い後輩に、真摯に向き合おう。


「私は千奈ほど馬鹿じゃないから、由芽さんに楽観的なことばかりは言えない」

「ひどっ!?」

「由芽さんが歩いていく道は、世間では非難されるもの。そうでなくても、由芽さんには二人分の負担がかかるもの。由芽さんが二人の事を好きになればなるほど、その負担も大きくなっていく」


 きっとこれから先、その選択を後悔する日がくるかもしれない。

 幸せなのは本人たちだけで、親や世間には反対される可能性の方が高いとも思う。


 由芽さんは高校1年生とは思えないくらい完成されているけど、まだまだ年相応の部分だってある。

 そして恋愛は、由芽さんにとってはその最たる部分なんだろう。


「私は由芽さんの事を役者として、誰よりも尊敬してる。でも役者じゃない由芽さんは、私にとっては可愛い可愛い年下の女の子なの」

「真琴さん……」

「だから、生半可な覚悟はダメだよ。彼女たちを幸せにして自分も幸せになる強い覚悟がないと、その選択肢は絶対に選んじゃダメ」


 強い言葉を選んでしまったけど、それだけ私の考えは固い。

 同性愛というマイノリティに、複数人で恋人関係になるというマイノリティ。

 その道を選ぶのなら絶対に必要な、そんな覚悟を問いかけているのだから。


「…………わたしは、誰よりも周囲に恵まれている人間です」


 ぽつりと、由芽さんは話しだす。


「恵まれているわたしは、人の気持ちに疎いみたいで。そのせいで、大切な人を失いました」

「如月ちゃん……」

「弱くて、泣き虫で、寂しがり屋で、優柔不断で。……でも彩香とかなみちゃんは、そんなわたしを支えてくれたんです。恋愛感情を向けてくれて、待っていてくれたんです」


 由芽さんの赤い双眸が私に向けられる。


 ああ、私がよく知っている瞳だ。

 強くて綺麗な、宝石のような由芽さんの瞳。

 嫉妬する気も起きないくらい美しい、美の到達点。



「だから今度は、わたしが迎えに行くんです。二人の手を掴んで、絶対に離さないように」



 この舞台で再会したときとは、また雰囲気が変わった。

 ……本当に、成長が早いなぁ。


「ど、どうしよう真琴!あたし、如月ちゃんにドキドキしちゃってる!!」

「ほんと、千奈って空気読まないよね!……でも、同じ感想だから私も何も言えないよ」


 時々、由芽さんの赤い目は魅了の効果でも持っているのかと疑ってしまう。


 でも、多分そうじゃないんだろうな。


 人の表情というのは、その人の経験や心の内が強く反映される。

 とりわけ眼を見れば、その人の人となりが分かってしまうもの。


「それならよし。上手くいくよう、影ながら応援してるよ」

「真琴さん……!はい!頑張ります!」

「ふふっ♪ダメだったら、私が沢山慰めてあげるからね♪」

「あたしもだよ!如月ちゃん、頑張ってきてね!」

「はい!本当に、ありがとうございます!」


 そうして、由芽さんの相談事は終わった。


 由芽さんならきっと大丈夫。

 もし万が一があっても、多分凛さんが全力で由芽さんを貰いにいくとも思うし。


〖命より大事なだけで、私と由芽はただの親友ですよ〗


 なんてサラっと言ってたから、凛さんも由芽さんの眩しさに焼かれちゃったんだろうなぁ……。


 まだ高校生の彼女達が、どうなっていくのか。

 それに対して、興味は尽きないけど。


「それでさぁ、真琴ってばその時なんて言ったと思う!?」

「なんですか!?」

『私がこんなにおかしくなったの。……絶対、千奈のせいだから』

「真琴さんかわいー!!」


 それを考えるのは、今は後回しかな。

 だって──


「……こら、2人とも」

「「ひっ!?」」



 可愛い可愛い後輩と、うるさい私の彼女がいる、この時間。

 こんな楽しい時間、満喫しないと損だもんね。



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