第49話 役者たちは、始まりに向かい始める
「ううむ……」
「ゆ、由芽ちゃん?」
「だ、大丈夫です。ただ、ちょおっと緊張しちゃってるだけで……」
現在時刻は13時を少し過ぎた頃。わたしと彩香は、スタジオ前で立ち往生していた。
ううん、正確にはわたしだけなんだけどね。
「誰も由芽ちゃんと高崎ちゃんの事、悪く思ってなんかないよ?」
「そう、かもしれないですけど、何故か入りづらくて……!」
分かってる!
皆さん本当にいい人ばかりで、演技力も人格も役者としては上澄みの人たちばかり!
だからこそ、気まずい気持ちはとても強いわけで。
いくら自分の立ち位置の自覚を出来たからといって、それに慣れるにはまだ時間がかかりそうだし。
あー、これすっごい自己嫌悪してるなぁ。
こういう思考をどうにかしないと、胸を張ってせなお姉ちゃんに自慢できないんだけど。
「……よし、ちょっと来て由芽ちゃん」
「えっ」
そうやって彩香に手を引かれ、わたし達は人気のないスタジオ裏に。
手を引いた本人はといえば、どうしてか潤んだ瞳でわたしを見ていた。
「えっと、彩香?」
「は、はい!ここなら、いっぱい甘えられるよ!」
そんな事を震えた声で言いながら、彩香はわたしに向かって両手を広げる。
「……んふふっ」
「な、なんで笑うの!?」
「す、すみません……。だって、彩香の顔が真っ赤だから……!」
本当に、彩香はわたしの事を大切にしてくれている。
わたしの機敏にちゃんと気づいて、慣れないお姉さんムーブまでして。
それなら、甘えてもいいかな。今は恋人(仮)じゃなく、仲のいい先輩後輩として。
ゆっくりと彩香に抱き着けば、その瞬間に彩香もガチガチに固まってしまって。
そんな大切な先輩が、やっぱりかわいく思えてしまった。
「あと半月です。一緒に、舞台を乗り切りましょう」
「ひゃっ……!う、うん……!」
▽
彩香に勇気を貰って入ったスタジオはいつもと何ら変わりなく、いつも通りの稽古が始まった。
とはいっても、今日からは通し稽古。
もう本番まで日数がない関係で、全体のすり合わせを優先する時間を多くとるようになった。
『ふざけないで!!なんでアンタなんかが、のうのうと生きてるの!?』
『わ、わたしは……』
『世界をめちゃくちゃにして!多くの人の人生を狂わせて!!そんなアンタが贖罪だなんて、ふざけるのもいい加減にしてよ!!』
『違う!レイアだって、好きでこんな風にしたわけじゃない!』
稽古の様子といえば、本当にこれ以上ないくらいに順調で。
激情の演技が得意な京子さんに、感情の反射の演技が得意ななつさん。
勿論主演クラスだけじゃなくて、劇団シラユキの他の役の皆さんもとてもいい調子。
「えー、また全力で芝居するの辞めちゃうのー?」
小さいわたしは相変わらずそんな風に拗ねているけど、この子はわがまま過ぎるから無視で!
レイア側もアリア側も、本当に綺麗に纏まっているんだもん。
これを壊すような演技は、絶対にしちゃいけない。
凛もそう思ってしまったのか、どうやら今日は受けの演技に回っている様子。
皆さんの士気が高いのは、どうやら先日のわたしと凛の全力を見たからだそうだし。
この士気を維持してくれるなら、本番までにも緩やかに上達してくれそうかな。
何はともあれ、わたしと凛の思惑は上手くいってくれた。
わたしと凛の演技にも付いてきてくれるし、きっともう大丈夫。
なんて、思っていた矢先の事。
「ちなみに、どうして手を抜いてたの?」
そんな言葉を、京子さんから稽古の休憩中に投げかけられた。
「それ、うちも気になってました。……まぁ、なんとなくは分かりますけど」
なつさんもその問いに便乗して、スポドリを一口飲む。
全体の通し稽古を終えて少しだけ居残りをしていた、わたし達レイアサイド主役組。
京子さんもなつさんも一緒に残るって言ってくれたのは、きっとこの為だったのかな。
「…………怒る準備は出来てますか?」
「アタシらが怒る前提なんだ!?」
「そんな前置き、初めて聞いたよ……」
「あはは……。……でも、ありがとうございます。こんな時間をくれて」
もうここまできたら、話すしかないよね。
きっと非難轟々だろうけど、悪いのは隠し通せなかったわたしなんだから。
「わたしと凛の全力の芝居を見て、お二人はどう感じましたか?」
「うちは…………、勝てないなって、思ったかも」
「アタシは凄いしか出てこなかったなぁ。他で見たことないもん、あんなお芝居」
「わたし、そういう感想が嫌いなんです」
もう、演技で取り繕う強いわたしは居ない。
〚ただの如月由芽〛として、頑張って生きなきゃ。
「なつさんの演技の軸は感情の反射。相手の役の感情に合わせて、最適な感情を無意識で表現できること。突き詰めれば、どんな役者よりも受けの演技が上手くなると思います」
「あ、ありがとう?」
「京子さんの演技の軸は感情の激情化。なつさんと同じく受けの演技の中でも難しい、激情を受け側で表現できる。そしてその能力は、わたしが知る中でもトップクラスです」
「そ、そうかな……?」
「…………そんな素晴らしいものを持っていて、そんなありきたりな感想なんですか」
役者に求められるのは、理性と技術を持ってお芝居をすること。
演技力がそこに付随するのは当たり前で、そこから先はどうやってオリジナルの演技技法を見つけて磨けるか。
そして大抵の役者は、そのオリジナルを見つけることが出来ずに役者人生を終えてしまう。
つまりは、なつさんも京子さんも。役者としてはトップ層の凄い人たちなわけで。
「負けるもんか!とか、どうしたら勝てるだろう、とか。どうしてオリジナルを持っているのに、対抗心を燃やしてくれないんですか」
磨けば磨くほど、2人の能力は上昇し続ける。
それなのに、自分より少し上の役者を見ただけで立ち止まってしまう。
そんなの、芝居への冒涜でしかないのに。
「わたしと凛が全力で芝居をすれば、あの時点で付いてこられる人はいませんでした。だからこそ、皆さんのレベルアップの為に手を抜いていたんです」
「……それは」
「すっごく傲慢だと思うな~!」
「はい。きっとわたし、傲慢で我儘なんです!」
皆さんを心配していたのも事実だけど、それ以上にわたしも凛も求めていた。
わたし達と、演技力で互角に戦ってくれる役者を。
ああ、素の自分をさらけ出すのってこんなに怖かったっけ!
本当に、わたしは弱虫が過ぎるなぁ。
「幻滅しましたか?」
「な~んで、そんなに晴れやかな顔してるのかな!……でも、そうだね。アタシもドラマとか主演級で出れるようになって、少し停滞してたかも」
「うちは……、多分、努力の方向を凄く間違えてたのかもですね」
そう言いながら、わたし達は目をあわせる。
そして、少しだけ笑ってしまった。
「初めてゆめっちの本音を聞けた気がするよ!」
「はい。びっくりするくらいいい性格してたんだね、由芽は」
「あはは、よく言われます!でも、これがわたしなんです!」
我儘で弱虫で泣き虫で、そのくせに何時だって自分と対等以上の役者を求めている。
凛に言われたことは、きっとおおむね正解なんだと思う。
「はーあ、アタシもなっちゃんも大変だよ!ここまで言われたら、黙ってるわけにもいかないし!」
「はい!でも、うちは嫌いじゃないです!」
そう言いながら、先に立った二人に手を差し伸べられる。
「ほら、続きしよゆめっち!絶対ぎゃふんと言わせるから、覚悟してよね!」
「まずは、由芽の本気を引き出すところからかな!」
「…………」
あー、これダメだ泣いちゃう。
ほんと、泣き虫は全然治らないなー。
わたしの心配なんて、大抵は杞憂で終わることの方が多いのに。
他人を分かった気になって、勝手に心配までしちゃってさ!
「京子さん、なつさん。今まで、本当にすみませんでした」
「いいのいいの!アタシも、俄然やる気になったから!」
「うちの実力不足のせいだし!だから気にせんでええよ!」
わたしの手を引っ張って、二人が私を立たせてくれる。
わたしが皆さんの芝居の面倒を見るみたいに、わたしもこうやって支えられてるんだ。
本当に、この舞台に呼ばれてよかった。
こんな素敵な人たちと出会えて、幸せなんて言葉じゃ収まらないや!
「大好きです、二人とも!!」
「ひゅっ……!ど、どういたしまして!?」
「あはは、ゆめっちの笑顔でその言葉を言うの反則だわ……」
顔を真っ赤にしたなつさんと、照れ笑いをする京子さん。
舞台の初公演まで半月を切った今日。
わたし達レイアサイド主演組は、ようやく一つになれた気がした。
────
「うちの由芽達が、いつもお世話になってます」
「いえいえ!柊さんも葛城さんも、本当に私によくしてくれているので!こちらこそお礼を言いたいくらいです!由芽は……、由芽ですけど」
「ふふっ、本当にありがとう。高崎ちゃんが由芽を見ていてくれたら、私も安心だわ♪」
「…………まぁ、親友なので」
天城先生の言葉に、高崎ちゃんは顔を真っ赤にして目を逸らす。
由芽ちゃんは本当に罪な子だね!
今日の舞台稽古を8時くらいに終えて、私は高崎ちゃんと天城先生の稽古場に来ていた。
ちらりと天城先生の所に行くと言えば、何故か高崎ちゃんも付いてきてくれた。
先生からもおっけーという返事だったし、それならという事で。
「んんっ……。柊さんは、いつも稽古終わりはここに?」
「ううん、今日が初めてだよ!由芽ちゃんを、向上した演技力で驚かせちゃおう作戦の一日目!」
「由芽を?」
「……うん。由芽ちゃんに、わたしを超えてくださいって甘えられたから。えっと、とりあえずは半月だけなんだけどね」
「…………そうだったんですね」
高崎ちゃんは納得したのか、薄く微笑んで頷いた。
な、なんだかやっぱり急接近してるよね由芽ちゃんと高崎ちゃん!?
親友になれたとは聞いていたけど、聞いていたけども!!
「柊さんの演技の軸は、制御できないほどの没入演技。今は由芽とのルーティーンを安全装置にして、より深くまで潜れるように調整中。そうですよね、天城さん、柊さん」
「う、うん……」
「……なるほど。本当に由芽と同じタイプなのね、高崎ちゃんは」
「私も由芽も、どちらかといえば考えながら芝居するタイプですから。そういう意味では、確かに同じかもしれませんね」
そう言いながら、高崎ちゃんは髪をくくり始める。
そうしてポニテスタイルにすれば、ホワイトボードへと歩き出す。
「天城さんにも、私と由芽の観察結果を共有します。少しお借りしても?」
「ええ、勿論よ」
「ありがとうございます」
高崎ちゃんは、マーカーを使ってホワイトボードに線を引く。
その光景は、由芽ちゃんと出会った頃を思い出した。
「柊さんの没入演技は、まだ10段階のうち3段階ほどで止まってしまっています。これはきっと、由芽の過保護も原因でしょうけど」
「3!?」
「……でも、由芽が悪いわけじゃないです。あの子は、とても優しくて弱い子だから」
そんな私の驚きを横に、高崎ちゃんの講義は続く。
「由芽はきっと、浅瀬で幅を出そうとしていました。演技の幅が広がることは良いことだし、私もおおむね賛成です」
「あ、うん。由芽ちゃんにも、同じようなこと言われた……」
「でも、私と由芽の領域まで来たいなら話は別です。ですよね天城さん」
「ええ、その通りね。いくら表現の幅を広げても、深みがなければこれ以上は進めない」
うう、技術とかを磨いてもこれ以上はダメなんだ……。
由芽ちゃんも、きっともっとゆっくり私を育てるつもりだったんだろうし……。
「と、いう事は……」
「柊さんの考えている通りです。完全な感覚派の柊さんには、もっと深いところまで潜ってもらいます。そしてそれを今の表現力で持ってこられれば、加速度的に進化するはず」
「な、なるほど……?」
「私も没入演技は出来ますけど、超一流には劣ります。ですから、私は柊さんの芝居の相手役。外から見て、超一流に導いてもらいましょう」
「任せてね♪」
お茶目な言い方で、超一流の天城先生は親指を立てた。
つまりは高崎ちゃんを相手に、天城先生に教えてもらえるという環境なわけで。
……これ、お金払わなきゃいけないやつでは?
いや、由芽ちゃんとマンツーマンしてた時もそれは同じか?
だったらいいのかな??
「よ、よろしくお願いします!」
「そんなに畏まらないでください。天城さんはともかく、私は自分の為でもあるので」
そう言って、高崎ちゃんはストレッチを始める。
ク、クールだ……!由芽ちゃんはツンデレって言うけど、高崎ちゃんってやっぱりクール系だよね!?
というか、高崎ちゃんの為?
「えっと、それはどういう?」
「…………私は、あの子の親友なんです」
「あの子……、由芽ちゃん?」
「はい。私の命よりも大切な、私の大親友」
高崎ちゃんと目が合えば、その綺麗な茶色の瞳は静かに燃えていて。
その瞳の強さは、同時に由芽ちゃんを想う強さだと感じてしまう。
「弱くて、他人に期待をするのを恐れている。そんな由芽が、貴女には期待という名の甘えを見せた」
「はい……」
「あの子の期待を裏切るような真似を、私は絶対に許さない。だから貴女には、沢山頑張って貰わないと」
笑顔なのに、目が笑ってない……!
な、何か嫉妬じみたものすらうっすらと感じるし……!
でも、由芽ちゃんを想う気持ちでは私だって負けない!
由芽ちゃんの期待に応えたいのは、私だって同じなんだから!!
「頑張るよ!だから改めて、よろしくお願いしますっ!」
「……ふふっ。はい、よろしくお願いします」




