幕間2 休日と天才役者と人間関係
「おいしっ!?なにこのプリン!?」
「駅前で皆並んでたから、これは何かあるぞと思ってね!」
「おお、流石翻訳家!暇なんだねお父さん!」
「あはは、今のでお父さん泣きそうになっちゃった」
とある7月の晴れた日。
そんな軽口をたたきながら、わたしたち家族はリビングでプリンに舌鼓をうつ。
「パパも原稿が終わったばかりなんだから、無理して並ばなくてもよかったのに」
「ママが喜ぶ顔を見れるなら、パパはいくらでも並ぶよ」
「はいはい、キリっとした顔してもお母さんプリンに夢中だよ?」
「この家に僕の居場所はないみたいだ……」
そう言いながら項垂れるお父さんを見て、わたしとお母さんはくすりと笑ってしまう。
勿論ここ最近、お父さんが原稿で忙しそうにしていたのも知ってる。
お母さんが小説の執筆で忙しい中、わざわざ病院まで来てくれたのも知ってる。
その時に、お父さんが仕事ギリギリの時に送り迎えしてくれたのも。
「だいじょーぶ。お母さんもわたしも、お父さんの事大好きだから。勿論、お母さんの事も大好きだよ」
わたしがどんなになっても待っていてくれるお父さん。
わたしがどんなになっても駆けつけてくれるお母さん。
世界で二人だけの、わたしの大切な家族だ。
って、あれ?
2人とも、なんでか泣いて……。泣いてるっ!?
「ど、どうしたの2人とも!?同時に目にゴミでも入った!?」
「もう、この子は本当に……」
「…………僕たちも、由芽の事を愛しているよ」
「あ、ありがと?」
愛されてることなんて十分理解してるつもりだけど、2人ともどうして泣いてるんだろ……。
って、もう10時!?やばい、気づかなかった!!
「ご、ごめん!待ち合わせに遅刻しちゃうから、もう行くね!」
くそ~、もっと味わってこの滑らかプリンを食べたかった!
駅前っていえばあの洋菓子屋かな?今度空いてるときに行こ!
「ええ、行ってらっしゃい。夜ご飯はどうするの?」
「食べて帰ってくるよ!」
「お金はあるかい?夕飯代は僕があげようか?」
「大丈夫だよ~。お金は計画的に使ってるから!」
お母さんはともかく、お父さんはちょっと心配し過ぎでは?
無計画にお金を使う役者もいるけど、わたしは一応真逆の人間なんだけど!
「それじゃ、行ってきます!」
「……うん、行ってらっしゃい」
「楽しんでくるんだよ」
そんな両親の言葉を受けて、わたしは家を出る。
突然両親が泣き出してしまうという奇妙な光景もあったけど、なんだか久しぶりに2人の顔をちゃんと見れた気がする。
せなお姉ちゃんの事故から最近まで、2人の前ではずっと演技をしていて。
それも大親友2人のお陰で、少しづつ自然体に戻っている気がする。
そして、仮の恋人2人には踏み出す為の沢山の勇気と力を貰っていて。
「…………わたし、本当に恵まれてるなぁ」
▽
「ちょっと、あなた達……!」
「やー、今日も暑いねー。あ、わたしかき氷食べたい!」
「それはいいですねゆーちゃん!凛ちゃんも賛成ですよね!」
「その前に……!私から離れなさいよ2人とも!!」
7月の、うっとおしくなるくらいに晴れた日の渋谷。
こんなに暑いのに、人の流れは留まることを知らない。
そんな街中を、変装をして私は目的の場所に向かっていた。
……両隣に、べたべたと私の腕に抱き着いてくる2人の親友と一緒に。
「嫌ですけど?」
「なんでそんな純粋な言葉を吐けるの!?暑いって言ってるじゃない!?」
「それとこれとは、また別問題なので!」
「その問題を解決する為に言ってるのよ!?」
1人は同じく変装をして暑そうにしている親友、笹森ひなの。
映画の撮影は順調なようで、今日は珍しく完全オフの日らしい。
ネイビーのウエストコンシャスワンピースを着ている姿は、変装用のサングラスも相まって、すれ違う人の目を引いている。
「えー、凛が涼しくなれば解決だよー」
「あのね……?人間は自分の意志で体温を上げ下げできないって、学校で習わなかった?」
「凛なら出来るよ!」
「こ、このばか由芽……!!」
もう1人はその美貌を隠そうともしない親友、如月由芽。
私と同じで今日はオフの彼女は、私の誘いに5秒で返信してくれた。
白のパンツに黒のドットスリーブブラウスという、カジュアルで綺麗目のおとなしいコーデ。
だというのに、その顔の良さは全てをグレードアップさせていて。さっきから、男女問わずに見惚れられている。
そんな親友2人を連れて向かう先は、お母さんに来てほしいと言われたお蕎麦屋さん。
こんなに暑い日だし、蕎麦という食選は非常にありがたい。
ありがたいのだけど──
「由芽とひなのも一緒だなんて……」
「わー!今のは傷つくやつですよ!?」
「あ、えっと、ごめんなさい。そういうつもりではなかったんだけど」
最近は稽古中、お母さんから話しかけてくれることが増えたと思う。
私とお母さんの仲介をしてくれたり、色んな話題を振ってくれたり、私と他の役者の軽い橋渡しをしてくれたり。
最初の約束以来、由芽のそういった尽力のお陰もあるんだと思う。
「凛は嫌だった?」
「……そんなわけないじゃない」
確かにお母さんから、由芽とひなのも誘ってほしいと言われた。
だけど、その提案は私自身もとても嬉しいものだったのよ?
そうじゃなきゃ、適当に嘘をついて話を2人に投げなかったし。
「あなた達がいれば、退屈なんてしないもの」
誰よりも聡明で、強くて明るくて、何時だって冷静。そしてちょっとウザいひなの。
誰よりも魅力的で太陽みたいな存在なのに、弱くて寂しがり屋。そしてちょっとウザい由芽。
そんな子たちと一緒にいたいと思ってしまっているから、私はきっともうダメなのかもね。
────
「さぁ、遠慮せずに食べてね」
「「ありがとうございます!」」
渋谷駅から少し歩いて、如何にもな道を進めば目的地はあった。
外観からして、明らかに会食とかで使うお店。
そんな場所を前にしても、両隣の親友たちは私にべったりのまま。
ばか2人を無理やり引きはがして案内してもらえば、奥の個室にお母さんがいた。
今の舞台の話?でも、それならひなのを呼ぶ必要はないわよね……。
「凛はどれにする!?この天ぷらそばとかめっちゃ美味しそうだよ!?」
「私はざるそば大盛に、ひつまぶしもつけて頂いて~♪」
「…………もう、ほんとにおばか」
緊張感がないというか、自然体ではしゃげるのが凄いというか。
この場面、どうしてそこまで無警戒でいられるのかしら。
プロとはいえ、私たちの関係性での接待は怪しすぎるでしょうに。
お母さんを見れば、そんなおばか2人を見て微笑んでいて。
そんなお母さんが見れて、少しだけ嬉しくなってしまった。
「……えっと、凛は何がいいの?」
「……わ、私は普通のざるそばで」
「……そ、そう」
び、びっくりした!!
お母さんってば、そんな急に彼女たちを見ながら話しかけてくるなんて!
ど、どうしようかしら……。素っ気ない態度になってない?
「え~!折角なんだから、もうちょい考えよーよ!」
「ゆ、由芽!?」
そうした不安を壊してきたのはおばか1号、もとい由芽だった。
ニコニコした顔でメニューを持って、彼女は私の横に座ってくる。
「ほらほら、天ぷら美味しそうだよ!こっちの山かけも!」
「いや、私は……」
「祥子さんは何か決まってますか!?」
「えっと、私もざるそばにしようと思っていて……」
「それなら、お二人で天ぷらのシェアとかどうですか!わたしも、ひなのと天ぷらのシェアするし!」
「…………そうね。凛が良ければ、だけれど」
「わ、私もお母さんがそれでいいなら……」
「よし決まり!ちなみに、ここって天ぷらの種類が選べるらしくて──」
そう言いながら、由芽は自然に私とお母さんの会話の橋渡しをする。
……本当に、この子は何なんだろう。
甘えてくるようになったかと思えば、こんな風に他人を気遣うばかりで。
確かに共犯者になったとき、私とお母さんの事も話したわよ?
でも、そんなの普通気にしないでしょう?親友ではあっても、あくまでよその家の話なんだし。
打算の上?ううん、この子を見ていればそうじゃないと容易に分かる。
如月由芽はそういう人間ではないと、分かってしまうから。
「凛は何が食べたい?」
「わ、たし、は──」
それから蕎麦を食べながら、私たちは次の舞台の話の触りだけを説明してもらって。
この会はその為のものだったんだと、うっすらと頭の隅で合点がいった。
もう一度、ひなのと由芽と芝居が出来ること。お母さんの作る舞台に立てること。
それらは役者の高崎凛にとっては、何よりも嬉しい事。
だというのに。
私の意識は、横に座っている女の子にしか向かわなくて。
「ん?どうかしたの凛?」
「凛ちゃん?」
「もしかして、不明瞭な部分があったかしら?」
「……いえ、何でもないわ」
こんなのおかしい。
いくらなんでも、いくら小さい頃に憧れていたとはいっても。
親友相手に、由芽相手に。
見つめているだけで心が苦しくなる、なんて。
──
『……私の考え過ぎなら、それでいいのだけど』
お蕎麦を食べてから、私と由芽とひなのは休日を満喫した。
カフェで駄弁ったり、映画を見たり、ショッピングをしたり。
そんな、普通の女子高生みたいに。
『凛は、その……。如月さんの事を……』
お母さんに貰ったタクシー代を使って、まずはひなのを家に送り届けた。
そうしてタクシーの車内で、別れ際にお母さんに言われたことが思い返される。
「んん……、すぅ……」
「…………本当に、喧しくなければ可愛いのに」
私の肩に頭を乗せて、遊び疲れたのか眠ってしまった由芽。
面倒くさいけど、私みたいにひねくれてはいない。
私と同じ美人系だけど、それを感じさせない明るさと愛嬌。
辛い過去を頑張って乗り越えようと、足掻くことのできる強さ。
「……もし、私の気持ちが」
そこまで言って思いとどまって、由芽の手を握る。
そこから先は口に出してしまえば、きっと確定させてしまうから。
私とお母さんを、また普通に喋るように橋渡しをしてくれた。
私の手を握って、私と親友になってくれた。
私を必要として、私に自分の素を見せて甘えてくれるようになってくれた。
「……んぅぇ。あれ……、わたしねてた……?」
「…………おはよう由芽。ええ、それはもうぐっすりと」
「そーなんだ……。あれ、肩枕?」
「しょうがなく、ね」
寝ぼけ眼の由芽はどうしようもなく可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。
それに気づいた由芽は、嫌がるどころかむしろ頭を突き出してきて。
「えへへ、デレ凛だぁ……」
なんて、心底嬉しそうに笑うから。
悪いのは私じゃなくてこの子だって、自分に言い訳が出来る。
「……少し、聞いてもいい?」
「なぁに?」
「由芽にとって、恋ってどんなもの?」
「恋?なんだか急だね」
そうは言いながらも、由芽は何も言わずに考えてくれる。
どういう意図があれど、突っ込まれないのは有難いわね。
「……理屈が通じないもの、かな」
「理屈が通じない?」
「うん。わたし、これでも打算とか得意な方でね?あ、得意ってだけで、好きではないんだけど」
その演技力と頭脳と顔の良さがあれば、自然と得意になってしまうかもね。
それは多分、私も同じかしら。
「わたしはそうやって考え過ぎちゃうから、恋って怖かった。だって、ホントに好きになったら打算なんて出来ないんだもん」
「それは……」
「でもね、そうやって計算出来なくなるのが楽しいの」
恋をする乙女の顔って、きっと今の由芽みたいな顔の事なのかしら。
瞳が潤んで、頬が少し紅くなって。
由芽はその顔で、懐かしむように、愛おしむように続ける。
「思い通りになんかならなくて、自分の感情すら制御できない。役者として失格なそれが、わたしは何よりも楽しくて面白い……」
「……」
「大好きって感情だけで、せなお姉ちゃんの全てを愛して。……本当に、愛おしい不自由」
そう言いながら、由芽は自身のネックレスを触る。
悲しそうに、嬉しそうに、愛おしそうに。
笹森せな。
ひなのの姉で、由芽を置いてあの世に旅立った元恋人。
聞いた事はあったし、由芽も時々話題に出すことがあった。
そう、なのね。
由芽は本当に、彼女の事を愛していたのね。
「面白いかも。愛おしい不自由だなんて」
「まぁ、これはわたしの考え方だから。きっと凛にも、凛なりの恋が見つかるかもよ?」
にひひと笑う由芽は、きっと私の質問の裏を読めていない。
もしかしたら、読んでいないだけかもしれないけど。
「……由芽の家、もうすぐで着きそうね」
「あ、ホントだ!もうこんな場所まで来てたんだ!」
そこから少しして、由芽の家にタクシーが止まった。
お泊まりをしようって由芽の提案も、今日は断る事にした。
このままだと、私はもしかしたら由芽を傷つけてしまうかもしれない。親友でいられなくなってしまうかもしれない。
そう、感じてしまったから。
「それじゃ、おやすみ凛!」
「……ええ」
「…………凛?」
きっと、私の素っ気ない態度に気づいてしまったのね。
由芽はタクシーの運転手に、少しだけ時間を貰った。
「どうしたの?ほら、お家の人も待ってるわよ」
「……凛は、わたしの大切な人だよ」
由芽がそう言ったかと思えば、由芽と私の額がこつんとくっつく。
私の視界には、由芽の紅い瞳だけが映ってしまった。
「ち、近いわよ……!」
「凛が好きって言ってくれるまで離さない」
「は、はぁっ!?」
な、何を急に、このおばかは!?
私の心の中も知らずに、よくもそんな事……!!
「い、言わない!」
「じゃあ今日は凛の家でお泊まりになるね!!わたしの家でもいいけど!!」
「なんで、そんな……!」
「だって、凛が寂しそうにするんだもん!わたしの親友である以上、そんな顔させないからね!!」
ああ、ダメねこれ。
私が折れないと、ずっと言われ続けるヤツ……!
「……はぁ。ほんとに、このおばかは……」
「おばかなのは最初から分かってたでしょ!わたしの親友になった責任、ちゃんと取って!」
「……もう、1度だけだからね」
由芽の肩を押して、少しだけ距離を離す。
今はまだ、この距離でいたいから。
「わがままで、面倒くさくて、ウザくて」
「うぐっ……!」
「……弱虫で、泣き虫で、寂しがり屋で」
由芽に強いところなんて1つもない。
だって、本当の貴女は弱いのでしょう?
だったら、良い所なんて絶対に言ってあげない。
弱点ばかりで、誰よりも情けない同級生の女の子。
「だから、貴女が好きよ」
私の命よりも大切な、私の大親友。
ふふっ、お母さんの勘が外れたわね。
残念だけど、この子はただの大親友よ!
「〜っ!凛だいすき〜!!」
「はいはい。そんな事、とっくに知ってるわよ」
もしも、なんて。
そんな事考えても意味は無いけど。
きっと、大親友から逸れてしまったもしもの未来でも。
私と由芽は、こうして笑いあっていると思うから。
だから、これから先。
こうやって由芽を抱きしめるのも、きっと悪くはないのね。




