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放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします  作者: 上里あおい
第2章 《双翼》と天才役者編
29/62

第29話 柊彩香は思考する

「というわけで、今週はちょっと帰るのが早くなります」


 由芽ちゃんはそう言って、私に申し訳なさそうに微笑んだ。


 舞台の稽古終わり、由芽ちゃんは高崎さんと今後の方針についての話をしたいと言い出した。

 昨日私とかなみちゃんと別れて帰ったのは、そのことについてひなのちゃんに相談をしに行っていたかららしい。


 一緒の舞台で演じる私じゃなく、ひなのちゃんに。


「そ、そうなんだね。……うん、頑張ってね由芽ちゃん!」


 絶対に、そんな私の考えを漏らしちゃいけない。

 由芽ちゃんは私たちの事を考えて主演として頑張ろうとしているのに、私なんかがその邪魔をしちゃいけない。

 だから、笑顔で由芽ちゃんを見送った。私に出来る事は、そのくらいしかないから。


 私と由芽ちゃんは、平日の放課後はスタジオに来て17時から21時まで稽古の時間を取るようにしていた。

 由芽ちゃんは祥子さんの代わりに皆の演技の相談に乗っていることも多くて、とっくに劇団シラユキというトップ集団に馴染んでいて。

 最初は、そんな由芽ちゃんを見ることが誇らしかった。


〖柊さん、深く潜るだけじゃ駄目よ。もう少し表現力がないと、舞台では分かりづらいわ〗


 祥子さんにそう言われて、私の当面の課題は表現力を磨くことになっていた。

 いまいちそれがピンとこない私は、由芽ちゃん以外の共演者に聞きに行く。皆さんとても親切で、私に足りないことを一緒に考えてくれたりもした。

 勿論天城先生にも聞きにいったし、かなみちゃんやひなのちゃんにも聞きに行って。


 でも結局この1週間とちょっとで、それを物にすることは出来なくて。


 由芽ちゃんとマンツーマンで演技をしている時はあまり考えたことがなかったけど、由芽ちゃんは他人に教えることが誰よりも上手なのだと今更気づいた。

 なにせ、こんなにダメダメな私の事をよく分かって言葉を選んでくれるんだ。由芽ちゃん以上に、私を分かって教えてくれる人はいない。


 でもこの舞台で、由芽ちゃんに頼る事はあまり出来ない。


 第一に、私は由芽ちゃんと共演するシーンが少ない。

 同じ≪レイア≫サイドの役者でもないから、由芽ちゃんは芝居合わせで基本は三宅さんと美綴ちゃんと一緒な事が多い。


 第二に、由芽ちゃんは主演という立場だ。

 私一人に付きっきりというわけにもいかず、色んな共演者と積極的にコミュニケーションを取りに行くことが多い。

 責任感が強い由芽ちゃんだから、きっと高崎さんの分も頑張ろうとしているのだろう。


 そんな由芽ちゃんに、私なんかが負担をかけるのは駄目だ。だから、もう少し自分で模索をしていかないと。


「彩香さん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫!さぁ、今日も頑張ろ~!」


 かなみちゃんはそんな私を、よく気にかけてくれる優しい後輩だ。

 でも、あくまでかなみちゃんは裏方。役者の悩みには、あまり強くない。


 というか私はてっきり由芽ちゃんにかなみちゃんが同行するものだと思っていたけど、かなみちゃんはこっちに残るんだ。


「かなみちゃんは、由芽ちゃんと一緒に行かなくて良かったの?」


 頭があまり回っていないせいか、そんな疑問がそのまま口から出てしまった。

 そんな私の質問に、かなみちゃんは平然と答えてくれた。


「もちですよ!だって、由芽が自分でやると決めた事ですし!」

「……さ、寂しくないの?」

「ん~、でも由芽は自分のやることを話してくれましたし。寂しいからって、それだけで由芽の行動を制限しませんよ!それに、あたしは寂しいと感じたら本人にそれをぶつけちゃう性格ですから!」


 ああ、かなみちゃんは強いんだなぁ。

 由芽ちゃんが一緒に居てくれないだけで、他の誰かの事を考えるだけで不安定になり始めている私とは違う。

 ちゃんと自立して、その上で由芽ちゃんを支えようとしている。

 それがどれだけ凄い事か、きっとかなみちゃんは気づいていない。


「彩香さんも、由芽にははっきり言わなきゃ!あの子洞察力は人の何倍もあるくせに、変なところで鈍感なんですから……」


 しょうがないなぁというように、かなみちゃんはそう言って腕を組む。

 だけれど顔は笑っていて、これが幼馴染ゆえの信頼なのだと分かる。そしてその関係が、私には何よりも羨ましい。


 もし、私が由芽ちゃんと幼馴染だったら。

 由芽ちゃんは、かなみちゃんみたいに私になんでも話してくれるようになったかな。

 私に、役者としての信頼も寄せてくれるようになるかな。


「柊ちゃ~ん、そろそろ再開しよう!」

「は、はいっ!今行きます!」


 そんな暗い思考をしていた私に、同じく休憩していた細川さんが声をかけてくる。


「ご、ごめんねかなみちゃん!行ってくる!」

「はい、行ってらっしゃいです彩香さん!」


 そうだ、ここにいる以上、私は役者。

 私は決めたじゃないか。如月由芽の隣に立っても恥じない役者になるって。そうすれば、きっと由芽ちゃんも私を頼ってくれる。

 その為にも、もっとレベルアップしなきゃ!


そうすればきっと、全部上手くいくんだから!


―――


 「た、ただいまぁ~」


 現在時刻は、大体22時前。

 私はようやく、家の玄関をくぐる事が出来た。


 そこからご飯もほどほどにして、お風呂に入ってお母さんと少し話をしてベッドに寝転がる。

 今日は何故か朝から少し体調が悪かったから、早めに寝て回復をしておきたいし。

 明日の準備も何もできてないけど、早めに寝ることが大事だよね。


「……由芽ちゃん」


 ベッドで横になれば、自然と由芽ちゃんの名前を呟いた。


 頼って欲しいとか、信頼をしてほしいとか。

 そんな事を思ってるくせに、私は由芽ちゃんに寄りかかる事を考えている。


 ああ、ダメダメ。最近寝る前になれば、こんな事ばっか考えちゃう。

 頭の中はぐるぐると由芽ちゃんの事と舞台の事ばっかりで、最近は思考が休まる暇があんまりない。


 それを何とかする為の一昨日の休みだって、由芽ちゃんの事をさらに意識する材料にしかなってないし。

 というか、由芽ちゃんって割とデリカシーないよね。私とのデートだっていうのに、以前の彼女の話ばっかりだったし。

 ち、違う違う!由芽ちゃんは恋人をなくして一年ほどしか経ってないんだから、引きずってるのが当たり前だもん!

 だからって、そんなのズルい!私はそれじゃあ、一生由芽ちゃんの一番になんかなれないじゃん!


「だから、そんなの考えたいわけじゃないの……!」


 思考がどんどん、重く暗い方面に行くのが分かる。

 いつもみたいに、もっと、もっと楽しい事を考えていたいのに。


 助けて、由芽ちゃん。


 涙もろいところもあるけど、それでも前を向いて歩こうとしてる強い由芽ちゃんなら。

 誰よりも輝いていて、誰よりも優しい如月由芽なら。

 私の世界に色を付けて、私に恋を教えてくれた由芽ちゃんなら。


 由芽ちゃん、由芽ちゃん、由芽ちゃん、由芽ちゃん……!


 大好きなのに、愛してるのに。

 私が年上として、由芽ちゃんの事をもっと包み込んであげなくちゃいけないのに。

 私はいつだって、あの小さな背中を追いかけているように感じる。

 決して対等なんかじゃなくて、あの聡明さと存在に私はいつだって助けられている。

 縋りたいと、甘えたいと。


 いつだって、私だけの由芽ちゃんでいてほしいと。

 そんな、事ばかり。


 枕もとにあったスマホとイヤホンをとり、音楽を流す。

 こうすることでしか思考はシャットアウト出来ないし、こうしていても少ししか効果はない。


 けど、何もしないよりはましだから。


 この気持ちを少しでも静めるには、こうするしかないから。


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