第27話 柊彩香と、近づいたからこそ見える景色
舞台《双翼》、稽古開始から一週間。
劇に関わる共演者との顔合わせと本読みをして以来、今日は久々に脚本家さんと演出家が揃う日。
そして、久々に主要メンバーが揃って芝居をする日だ。
「由芽ちゃん、ここの演技って由芽ちゃんならどうする?」
「んー、そうですね。わたしだったら──」
わたしと彩香は他にお仕事もないから、平日の放課後はスタジオで稽古をしていた。
主演級に限らず、そうでない方もお仕事はある。だから基本、全員が集まれることは少ない。
もちろんそれじゃあ色々と支障が出るので、代役を立てることも多々あったり。
そしてそんな中で、変化したこともあった。
「如月さん、少しいい?ここ、うちの解釈とすり合わせしてほしいんやけど」
「はい!……あー、ここわたしも苦労してて。わたしの解釈だと──」
オーディション組で一つ年上の、美綴さんとよく話すようになった。スタジオに居るときは、わたしとかなみちゃんと彩香と美綴さんでよく一緒に居る。
最初の台本読み以来、美綴さんはわたしによく質問をしてくるようになった。
わたしとしてはそうやって演技の方向性をすり合わせてくれるのはありがたいし、美綴さんの能力を正確に測る機会が増えるのでありがたい。
初日の事も謝ってくれたし、わたしとしては嬉しい限りだ。
かなみちゃんがジトーっとした視線を向けてくるのも、わたしが友達を増やすたびにそうなるから問題ないしね!
彩香にすれば同級生だし、同じ年齢の役者仲間が増えるのはいい事だと思うし。
―――
「如月さん、そこはもう少し強めに出ていいと思うわ」
「わかりました」
「京子はもっと感情を出して。今のままだと、役の感情が伝わらないわ」
「はい!」
演出の祥子さんと脚本の真白さんの指導のもと、わたし達は芝居のすり合わせをする。
祥子さんの演技指導は的確で、凡そわたしの考えと一致する部分が多い。
それに加えて、他の役者の質も非常に高い。
凛さんはああ言っていたけど、どの役者もしっかりと修正を指摘されればそれ以上の演技をしてくる。
プロとしての芝居を、全員が理解している。
「でも、あの子の言う通りじゃん。みんな規則正しくて、つまんない」
小さいわたしはそう言うけど、わたしはそれでも良いと思ってる。
イレギュラーな演技をして、自分以上の実力を引き出して。それを他者にも強要すれば、応えられる人間は確かにいるかもしれない。
そうして、舞台の質が上がることも確かにあるかもしれない。
……でも、そんな舞台をわたしは嫌う。
そんな事をして、もし何かあったら。役に飲まれて、立ち直ることが出来なくなったら。
そう考えるだけで、吐きそうになるほど嫌悪が浮かぶ。
わたしの最愛の人と、同じような経験は誰にもさせたくない。
それを防ぐためにもわたし達役者は、理性で芝居をし続けなきゃいけないんだ。
「それじゃあ軽く、如月さんと凛は芝居を合わせてみてちょうだい」
「はい」
「ええ」
だから、凛さんの挑発には乗らない。
何故凛さんがわたしを挑発するのかは分からないけど、それに巻き込まれるのはわたしだけでいい。
他の人には、稽古の中で順調に成長して貰えればいいんだ。
『……貴女は?』
アリアが司祭の手によって、時空を超えてもう一つの荒廃した世界に流れ着く。
そうして、初めてレイアと顔を合わせる場面。
対面しての芝居は初めてだけど、やっぱり凛さんは上手だ。
わたしと同じで、演技に必要なものを外から持って形作る役者。そしてその能力は、確かにかなりレベルの高いもの。
一緒の方向を見て芝居をするなら、これほどやりやすい人はいない。
『わ、私はレイアです。そんなボロボロになっちゃって……!すぐに綺麗に──』
『触らないでっ!』
だけど、何故かわたし達は一緒の方向を向けていない。
凛さんの演技には、わたしを喰い殺すほどの勢いを感じる。
それを受けに回りながら、わたしは凛さんの演技を包み込む。そうしてフィルターにかけたものを、他の皆に受けてもらいたい!
……でもそれが出来るのは、わたしが今のままで凛さんを演技で上回っている事が前提条件。そうでないと、ただただ受けきれずに蹂躙されてしまう。
『私は、復讐のためにここに来ました!その為なら、私なんてどうなってもいい!!』
決して深く潜った演技でなく、キャラクターもまだつかみ切れていない。
だというのに、凛さんの演技は迫真だ。
俯瞰で他の人を見れば、みんな凛さんの演技に圧倒されている。
経験が豊富なはずの三宅さんや真琴さんまで、とても難しい顔をする始末だ。
手が届きそうな芝居なら、付いていける芝居なら、誰だってそこに届くように頑張る。
だけど、それが隔絶しているなら話は別だ。一体どれだけの人数が、手の届かない星を追ってモチベーションが保てるかという話だ。
それくらい分かってるはずなのに、凛さんは全力で芝居をする。
他者がどうなってもいいと、わたしにさえ勝てればいいと。
これまた、難しい人に目を付けられちゃったなぁ……。
△
「つっかれた~!」
日曜日のお昼から夜までの舞台稽古を終えて、疲労しつくした体をお風呂でねぎらってようやくベッドに寝転がった。
付いていくので精いっぱいな稽古は、私の体力を著しく減らしてくる。
肉体的なものも多いけど、精神的なものもとても大きい。特に、今日の稽古は。
私は今日の稽古で、とてつもない衝撃を受けた。
高崎さんと、由芽ちゃんのパートの芝居合わせ。
高崎さんの演技は圧巻で、綺麗で、強くて。
私にとって演技において絶対だった由芽ちゃんが、初めて相手の演技に飲まれているような気がした。
〖個人的な主観で、とても失礼だとは思うけれど。如月由芽と高崎凛が主演のこの舞台は、きっと貴方たちにとって貴重なものになる。だから、存分に彼女たちの技術を吸収して帰ってね〗
顔合わせをしたあの日、祥子さんに言われた言葉だ。
それから意識的に2人の演技に注目をしてきたからこそ、それが分かってしまった。
でも芝居合わせが終わっても、由芽ちゃんはそこまで気にした様子はなかったし、由芽ちゃんが全力で演技をしていた感じはなかったし……。
いやでも、由芽ちゃんって割とポーカーフェイスだしなぁ。
かなみちゃんも、そこまで気にした様子もなかったけど。
「うう、最近は由芽ちゃんとも中々話せないし……!もー、なんで私もレイア側じゃないんだろう……!」
私なんかが舞台に立たせていただいている現状は、それはそれはすごく恵まれているもので!
だけど、私と由芽ちゃんの共演パートはほんの少しだけ!
相談っていう体でしか、由芽ちゃんとまともに稽古中は話せない!
はぁ、由芽ちゃんに会いたいなぁ。家が隣のかなみちゃんが羨ましい……。
っと、あれ?着信……、由芽ちゃん!?
「も、もしもし!」
「わっ!?あ、あはは……。すみません彩香、こんな夜分遅くに」
「ぜ、全然!ど、どうしたの……?」
「はい、明日のわたし達主要組の稽古はバラしだそうで。いつもなら学校とかで部活動をしようかとも思ったんだすけど、明日はゆっくり休みましょう」
「え゛っ!?」
そ、そんなぁ!
それじゃあ、唯一由芽ちゃんとじっくり話せる電車移動の時間がぁ……。
由芽ちゃん成分が、由芽ちゃん成分が足りなくなる!
「え、えっと、由芽ちゃん……!」
「はい?」
「あ、明日のお昼とか空いてる?良かったら、一緒にお昼とか!」
「すみません。最近、お昼はクラスの何人かで食べてるんです」
「そ、そっかぁ……」
だ、だよね!
由芽ちゃんって2年生のクラスにも名前が届くくらいに有名人だし、当然のように予定はあるよね。
元々あった予定を蹴って私を優先なんて、そこまで仲良くなれているとも……。
「……わたし、明日の放課後は何の予定もないんですよね」
「へ、そ、そうなんだ……」
こ、これは、誘われ待ちなのかな?
由芽ちゃん、最近私に委ねてくれるような場面多いし!
い、いいのかな!?由芽ちゃんの事を、デートに誘っていいのかな!?
「ほ、放課後なら私も空いてるから……。えっと、一緒に遊びに、行かない?」
「ふふっ、はい。それじゃあ放課後、教室に迎えに行きますね。おやすみなさい♪」
「お、おやすみ……」
由芽ちゃんとの電話を終えて、ぼーっとしたままスマホを枕もとにおいた。
如月由芽と芝居をして演技をするのは、とても楽しくて夢のような時間で。
でも、大好きな由芽ちゃんとのデートはそれと同じかそれ以上に嬉しい。
つまり、何を言いたいかというと──
「こ、小悪魔めぇ~!………………はぁ、すき」
私が双方で由芽ちゃんに勝てる日は、未だ見えないという事だ。
―――
「プラネタリウムなんて久しぶり……。彩香、とてもいい趣味してますね」
「そ、そうかなぁ。え、えへへ……」
私と由芽ちゃんは少し遠出をして、プラネタリウムを見に行こうという話になった。
決してロマンチックを求めたわけではなく、<放課後、デート>で調べに調べたわけではない。
ただ、なんとなくゲームセンターやカラオケといったものではなく、落ち着いた場所で由芽ちゃんとデートをしたかっただけで!
かなみちゃんは天城先生に呼ばれて、ひなのちゃんはお仕事。
私たちももっとお仕事を貰えるようになれば、こんなゆっくりとした時間もなくなるだろうしなぁ。
そんな思考に耽っていれば、チケットを私たちが買う番になっていた。
「お客様、本日はどの座席をご利用されますか?」
「それじゃあ、Bのカップル席を」
「承知いたしました~♪」
「由芽ちゃん!?」
か、カカカカップル席!?
バッと席案内を確認すれば、カップル席は二人で寝られるようになっている席で!しかも、周りからは見えなくなっている感じになっていて!!
「ど、どどどう……!?」
「もー、彩香は動揺しすぎです。カップル席って、他の席を2つ取るより割安なんですよ」
「は、はぇ?」
た、確かに。パンフレットを見れば、二席とるより安い……。
で、でも、ポジティブに考えたら、私とはカップル席でいいってくらい心を許してくれてるって事だよね!
と、ともすれば、恋愛感情的な──
「そうやって、せなお姉ちゃんと2人でここに来たんです」
「……ぁ。そう、なんだ」
頭に思い切り冷水をぶっかけられたみたいに、私の思考は沈静化してしまった。
由芽ちゃんは目の前で、その時の想い出を楽しそうに語る。
私には見せない笑顔で、私と居るとき以上に弾んだ声で。
だから、嫌でも理解してしまった。由芽ちゃんが恋をして愛しているのはせなさんで、私はその対象じゃない。
それが苦しくて、辛くて。自分の浅はかさを、深く悔やんだ。
「彩香?どうかしましたか?」
「………………ううん、なんでもないっ!」
それから見たプラネタリウムは綺麗で。
横に並んでいる由芽ちゃんの体温も匂いも、心臓の鼓動すら分かる距離なのに。
いつものように手を繋ぐことが、出来なかった。