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放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします  作者: 上里あおい
第2章 《双翼》と天才役者編
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第23話 如月由芽と新たな舞台

「劇団?」

「シラユキ?」


 せんせの事務所に入って、大体1週間ほど経った6月の前半。

 お仕事で出かけているひなのを除いたわたし達3人は、せんせに話があると呼び出されていた。


「ええ、先方から由芽宛てにオファーが来たの。何時までも稽古ばかりだと、貴方達も退屈でしょう?」


 確かにあれから、わたしと彩香はせんせに見てもらって稽古を。かなみちゃんはせんせの傍で、演出の勉強をしていた。

 勿論せんせが見れないときは、学校で今まで通り活動をしていたけど。


 とはいえ、劇団シラユキ?

 な~んか、どこかで聞いたことがあるような……。


「す、凄いよ由芽ちゃん!あの劇団シラユキからなんて!」

「え?」

「……もしかして、知らないの?」

「え?」


 彩香もかなみちゃんも知ってるの?

 え、知らないのわたしだけ?


 いやいやいや!わ、わたしだって知ってるよ!?

 ほら、すぐ思い出すから!ちょっとド忘れしちゃってるだけ……!


「まぁ、由芽ってほんとに演技馬鹿だしね。それ以外はあんま興味なかったし」

「そ、んなことは……!な、ないともいいきれない……」


 確かにせなお姉ちゃんとひなの以外はあんまり興味なかったし、正直劇団とかはあんまり知らない。

 ただそんなわたしを見て、せんせはふっと微笑む。


「由芽はそれでいいのよ。……さて、本題に入るわね」


 そう前置きをして、せんせは今回のお仕事の説明を始めた。


「劇団シラユキの社長であり、演出家の高崎祥子。彼女から、由芽に舞台のオファーがあったの。そして彩香ちゃん、貴女もよ」

「……私は、由芽ちゃんのバーターですね?」

「………ええ。でも、今回はそれ以上。私は、貴女の演技力を見て判断したわ。成長の機会にもなるし、ぜひ学んできてほしいわ」

「は、はいっ!」


 バーター。

 という事はつまり、わたしを出演させる代わりに彩香もセットにするという事。


 わたしは正直このやり方は嫌いだけど、この世界で売れるためには仕方ない。

 むしろ無名の役者が、このやり方で目を付けられて売れる例は少なくないし。


 でも彩香を見れば、むしろ俄然やる気が出たみたい。

 目がメラメラ燃えてるし、意外と彩香は負けず嫌いだもんね。

 だから、そういう所が好ましい。そう思えるってことは、自分の演技に多少なりとも自信がついてきたってことだし。


 順調に、ううん、期待以上に。彩香は、役者として成長してる。


「おーい、なんでまた悪い顔してんだ由芽?」

「へっ!?し、してないってそんな顔!」


 うう、最近よく言われるなぁそれ……。この前、せんせにも呆れながら言われたし。


「公演は3か月後。舞台の演目は《双翼》、これは知ってるかしら?」

「あ!それは知ってる!」


 思わず声が出てしまうくらいには、その作品を知っていた。


《双翼》

 その名の通り、この作品の主演は2人。

 荒廃した世界を歩いていく、2人の復讐者と罪人。

 家族が死んだ世界を旅して、荒廃した原因を探ろうとするアリア。

 世界を壊した原因を持つ、贖罪の為の放浪をするレイア。

 そうして終盤で2人の世界は繋がり親友となってしまった2人は、お互いに依存しながら真実を知って殺しあう。


 と、ここまでが原作の話。この原作は、バッドエンドで終わってしまうのだ。


 この演目が舞台で重宝されるのは、原作の人気以上に拡張性があるから。

 原作者が非常にメディアミックスに協力的で、この作品の結末を変える事を厭わない。主演の性別と年齢すら変え、脚本家と演出家に全てを委ねる。


 名のある演出家と脚本家はこぞってその結末を変え、今では色々な結末がある。

 そしてその独自の結末を見たくて、ファンはこぞって舞台を見に行くらしい。


「彩香ちゃんは司祭役ね」

「えっ!?凄くいい役どころじゃないですか!?」

「おー、凄いじゃん彩香さん!」


 司祭といえば、アリア側の最重要人物だ。

 世界が荒廃した原因をアリアに仄めかし、並行世界の存在とそこに行くための手段を教える。謎のまま終わる司祭だが、それすらも拡張性がある設定だ。

 大筋さえそのままならどう変えてもいいなんて、かなり攻めてるよね。


「由芽の役はレイア。良かったわね、主演よ」


 そっか、わたしはレイアなんだ!

 主演で、舞台の要で、誰よりも覚悟が決まっている贖罪の化身!


「………………はえ?」


 わたしが、レイア!?



「はぁ……」


 ため息をつく。理由なんて、ありすぎて分からない。

 リビングでいくら待っても待ち人は帰ってこず、用意した夕食はもう冷め切っている。


 退屈と孤独を紛らわすためにテレビを点ける。そこには、お母さんが映っていた。

 劇団シラユキ。天才役者しかいない、私の所属する劇団。


 お母さんは、その劇団の社長で演出家。テレビの中では、お母さんがインタビューを受けていた。

 笑顔で、身振り手振りで華やかに。

 そんなお母さんは、もうずっと私の前には現れていない。


 そうしてテレビを眺めていると、机の上のスマホが震える。

 劇団シラユキからのメッセージが来ていたので、なんだろうとアプリを開く。


「………………如月、由芽」


 メッセージは、来週から始まる舞台の稽古のキャスティング表。


 主演のアリアとレイア。

 私の名前はアリアの横に、レイアの横には如月由芽の名前があった。


「………あはははっ!やっと、なのね」


 中学生の頃、何度も何度も聞いた。

 かつての天才カメレオン女優、天城華香の弟子。若くして亡くなった演技派女優、笹森せなの姉妹弟子。


 彼女の舞台に、私は何度も何度も通った。

 大人顔負けの美貌に、世界に愛されているとしか思えない芝居。

 彼女の演技を研究しても、当時の私は彼女に近づくことはできなかった。


 中学3年生の頃に役者を辞めたと聞いてから、この機会が来ることはないのだと落胆していた。

 私は彼女の演技を絶対に上回ったのに、もう共演することは出来ないのだと。


【復帰したそうよ。そして、もう次の舞台にオファーもしたわ】


 少し前、お母さんはそう言っていた。

 お母さんは如月由芽の芝居に心を完全に奪われていたから、彼女が復帰すればそうする事は予想していた。


 だから私は、如月由芽が嫌いだ。

 私がどれだけ上達しても、お母さんは如月由芽より上手いと認めてくれない。

 劇団で一番上手くなろうが、私はお母さんの中で永遠に二番手だ。


 だから、この舞台で私は証明する。

 私はとっくに、如月由芽よりも上の役者になっているのだと。

 そうすれば、私の事をお母さんは見てくれるはずだ。そうして、また昔みたいに……。


「──待ってなさい、如月由芽。この高崎凛が、格の違いを思い知らせてあげる」


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