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20話 柊彩香と如月由芽の、最初のお泊り

 年上で、“憑依演技”の天才で。

 どこか抜けてて、可愛くて、真っすぐにわたしに気持ちをぶつけてくる。かなみちゃんに感じるような安心感も、ひなのに感じるような庇護欲もないくせに。


 何故か、目を離すことが出来ない。


 重ねたくなくても、自然に重なってしまう。


「それって、すっごい不義理だね!」


 うん、その通り。

 わたしは過去に囚われて、前を向くことが出来ない、したくない。せなお姉ちゃんの幻影を、何時までも追っているんだ。あはは、最低だねわたしって。


「せなお姉ちゃんの居ない現実で生きていくって決めたのにね。“代わり”が見つかりそうになって、心が揺らいだ?」


 代わりだなんて、一度も思ったことないよ。言動や雰囲気が重なって見えて、心がブレちゃっただけ。


「ふ~ん、それは本当なんだね!それじゃあ、過去から抜け出せる?」


 う~ん、それは無理かな。わたしの中には、せなお姉ちゃんとの思い出が詰まってる。過去から抜け出す時が来るなら、それはわたしが死ぬ時だよ!


「それもそうだね!……それじゃあ、彩香ちゃんはどうするの?今まで通り、のらりくらりと躱し続ける?」


 ううん、それは違う。彩香先輩はわたしの為に、わたしにぶつかってくれた。嫌われても構わないって、演技で表現してくれた。

 だったら、それには応えないと!わたしも、彩香先輩に本音で向き合わないと!


「……また、誰かの為に演技をするの?」


 わたしは大人だからね!

 なんて、そんな簡単な事でもないんだけどさ。大丈夫、これはわたしの為だよ。


 わたしの、喧嘩なんだ。


「……そっか。じゃあ、がんばってね!」


 おうともさ!心配しないで、どーんと構えててよ!



「ん………、あれ……?」

「あっ、ゆ、由芽ちゃん!良かった、良かったよぉ……!」


 気づけば、わたしは保健室のベッドに寝かされていた。


 ん?あれ?なんで、わたしこんなところにいるの?ついさっきまで、彩香先輩とお芝居をしていたはずじゃ?


「彩香先輩、苦しいですー。なんで、わたしここで寝てるんですか?」


 わたしの言葉を聞いて、彩香先輩はシュバっと床に正座する。というか、なんか顔青ざめてないかね?わたしよりよっぽど体調悪そうだけど。


「ゆ、由芽ちゃん、エチュードの途中で倒れちゃって……!な、なんとか抱きかかえられたんだけど、そこから30分くらい目を覚まさなくって……!」

「倒れた?」


 ふと視界に入った時計は、気づけば19時前を告げている。うわちゃー、これはやらかしたなぁ。今日は特に用はないけど、かなみちゃんもお母さん達も心配してそー……。


 体に異常は………、うん、ないね。

 多分あの子とお話してたせいなんだけど、それをそのまま伝えるわけにもいかないし。わたしの精神状態がやばいなんて誤解をされたら、それこそ皆に迷惑が……!


「ご、ごめんね由芽ちゃん!わた、私のせいで……!」


 あー、ほんとどうしようこれ!彩香先輩、絶対わたしが倒れたこと自分のせいだと思っちゃってるし!

 

「あら、良かった。起きれたのね、如月さん。……えっと、この状況は?」

「はい、もう大丈夫です先生。今の状況には、ツッコミはなしの方向で!」

「そ、そう……」


 ちょうど保険の先生も帰ってきて、一通りの質問を経て帰っていいという事になった。まさか演技力が、こんな場面で役に立つなんて。


「あ、でも迎えには来てもらった方がいいと思うわよ。電車で帰ってて、万が一なんてあるかもしれないし」

「た、たしかに……」


 でも、本当に大丈夫なんだよねぇ……。かといって、横で泣きそうになってる彩香先輩を撒いて電車に乗るわけにもいかず。お父さんに車を出してもらうのも忍びないし、彩香先輩にも言いたいことあるし……。


 よし、ちょうどいいしお願いをしてみようかな!


「彩香先輩、ちょっとお願いが──」

「何でも言ってください!!」

「──あ、あはは。それじゃあ、今日お泊りをしてもいいですか?」

「もちろん!……ええ!?お、お泊り~!?」


―――


「ええと、初めまして。彩香先輩の後輩の、如月由芽といいます。今日はお泊りを許していただいて、ありが──」

「きゃあ~!!よろしくね由芽さん!彩香から聞いてたけど、本当に綺麗な子ね!!ほらほら、遠慮せずに上がって!主人は今出張中だから、ゆっくりしていって!」

「……あ、ありがとうございます」


 な、なんかグイグイ来るな~……。

 彩香先輩のお母さん、容姿は彩香先輩が順当に年齢を重ねたみたい。それはそれとして、勢いが彩香先輩の5割増しな人だなぁ。


 あれから家とかなみちゃんに連絡をして、今日は彩香先輩の家に泊まる旨も伝えた。

 その後に学校から近い彩香先輩の家に簡易的なお泊りセットを買ってくれば、このなんとも手厚い歓迎が待っていた。


「お、お母さん!あんまりはしゃがないでよ、由芽ちゃん引いてるじゃん!」

「え~?本当は彩香だって嬉しいくせに~♪由芽ちゃんがお泊りに来るから、あんまり干渉してこないで!って、さっき電話で言ってたもんね♡」

「お、お母さんっ!」


 ふふっ、滅茶苦茶微笑ましいな~。彩香先輩、家族の前だとこんな感じなんだ。



「お風呂、ありがとうございました」

「う、うん!ど、どうする!?私が使ってるベッドで良かったら、ベッドを使っても!」

「彩香先輩に悪いですし、床の布団で寝ますよ」

「そ、そう……」


 あ~、由芽ちゃんの姿が眩しい~!!

 

 お風呂上りの色気に加えて、私の大きめの服を着てダボダボの姿!上気した頬も、由芽ちゃんが私の部屋にいるって現実も!

 だ、ダメだ!色気に当てられすぎて、正常な思考が出来なくなり始めてる!


 ………ううん。こんなの、ダメだ。

 由芽ちゃんはせなさんを、恋人をなくしたばっかりで。私はそのことを知っているのに、由芽ちゃんにそんな邪な感情を持ったらダメだ。


「すぅー………、よし!」

「ふふっ、何がよしなんだか」

「うっひゃあ!?ち、ちかっ!?」

「いい部屋ですね。すっきりしてて、女の子らしさはあんまりないですけど。なんだか、落ちつける雰囲気はあります」


 ベッドの上に座っていた私の横に、由芽ちゃんが座ってきた。


 同じシャンプーを使ってるはずなのに、私より良いにおいがする……!いやいや、ダメだって!そんな傷心に漬け込むような、最低な事はしちゃだめ!


「彩香先輩は、わたしにどうなってほしいですか?」

「………………え?」


 由芽ちゃんは微笑んでいる。それは初めて見る、新しい由芽ちゃんの顔。


「わたしに、どうしてほしいですか」


 由芽ちゃんとマンツーマンで演技をしてきたから、なんとなく分かる。

 今の由芽ちゃんは、なんの演技もしてない。本心で、私に向き合おうとしてくれてる。


「私は、由芽ちゃんに諦めて欲しくない。由芽ちゃんが楽しいと思ってることを、由芽ちゃんがやりたい事を」


 これは、放課後のエチュードの続き。


 私の本音と、由芽ちゃんの本音のぶつけ合い。初めての、大切な喧嘩だ。


「由芽ちゃんの過去を知って、せなさんとの事を知って。それでも、由芽ちゃんには諦めて欲しくない。私に“夢”をくれた、私に色をくれた由芽ちゃんに。如月由芽に、役者の道を歩んでほしい!………出来れば、私と一緒に」


 偽りのない、オブラートに包むこともしない。これが、私のむき出しの本音。

 私の、大切な人へ向けての言葉。


 由芽ちゃんは微笑みを崩して、今は真顔で何を考えているかは分からない。

 それでも、由芽ちゃんの赤い瞳は私を貫く。強くて優しい眼差しは、私の言葉をきちんと咀嚼しているみたいだ。


「…………わたしのお芝居は、1人の人間を殺しました」

「そ、そんな事っ」

「わたしの命より大切で、大好きな恋人でした」


 違うって、由芽ちゃんは悪くないって、それは絶対に思い過ごしだって!


 そう、言ってあげたいのに。由芽ちゃんの綺麗な目は、それを言う事を良しとしない。


「わたしは、前を向きたくないです。出来るなら、過去の想い出にずっと浸っていたい。前向きな気持ちで、楽しむ気持ちで、役者を目指せない。……出来るなら、何もかも投げ出して死んでしまいたい」


 切れ長の目尻から、雫が零れ始める。

 後悔、罪悪感、悲哀、虚無感、恐怖。その全てが、今の由芽ちゃんを形作っている。


「せなお姉ちゃんのいない世界で生きるって決めたのに、結局わたしは前を向いて生きられない……!わたしは幸せを感じちゃいけないのに!生きていると、幸せはわたしを包もうとしてくる!楽しいも嬉しいも、皆が運んできてくれる!」


 由芽ちゃんは、自分が愛されていると知っている。知ってるからこそ、自分を許せないんだ。自分の事を、どんどん嫌いになっていくんだ。


「苦しい!辛い!消えたい!死にたい!会いたい、会いたい会いたい!」


 喉が閉まってか細くなった由芽ちゃんの声は、私にひたすらぶつけられる。


 そうして沈黙を経て顔をあげた由芽ちゃんは、微笑んだまま大粒の涙を流していた。


「わたしは、彩香先輩の手助けがしたいです。そうして用済みになったら、わたしは消えます。誰にも手の届かない場所へ行くのも、いいかもしれないですね。そうやって、幸せも楽しいも嬉しいもない場所に行けたら、きっと──」


 もう、聞いていられなかった。


 私の大好きで大切な子が言葉で自傷をするのを、それ以上聞きたくなかった。

 だから、私は由芽ちゃんを抱きしめる。これが由芽ちゃんを傷つける事だと知っていても、私は耐えられなかった。


「どうして、彩香先輩が泣くんですか」

「ご、ごめんっ……!ごめ、ん、なさっ……!」


 泣いちゃいけないって、理性で分かってる。でも、自然とそれはあふれ出てしまう。


「わた、私はっ……!由芽ちゃんに、沢山のものを貰ってる……!貴女はきっと、沢山の人に影響を与え続ける人!生きているだけで、好きなものを我慢しないだけで!……せなさんも、私も。そんな由芽ちゃんに、焦がれちゃったんだよ」


 届かないくらいに遠くて、何よりも輝いている一番星。


 きっと由芽ちゃんは嫌がるだろうけど、そんな由芽ちゃんだからこそ“私達”は出会った。その眩しさに惹かれて、由芽ちゃんに会えたんだ。


「由芽ちゃんが幸せを拒むなら、私が傍で支え続ける!前を向けるようになるまで、貴女を見続ける!」

「……なに、それ」

「私は、せなさんじゃない!」


 私と、彼女は違う。だけど、由芽ちゃんを愛したから。

 臆病で、頑固で、めんどくさくて。でも、誰よりも繊細で泣き虫な彼女。


 そんな彼女を愛してしまったから。せなさんの代わりに、由芽ちゃんを守るんだ。


「でも、彼女と気持ちは同じなの。……だから、お願い。私に、貴女を愛し続けさせて」


 生きて欲しい。

 誰よりも幸せになって、誰よりも好きの中に生きて欲しい。


 例えその時、横にいるのが私じゃなくても。由芽ちゃんが幸せを感じて前向きに生きているなら、私が傍に居なくても構わない。


「そん、なの、だって……。わ、たし……!」

「由芽ちゃん……」


 私に出来る限りの力で、由芽ちゃんを抱きしめる。

 小さくて儚いこの子が、もう自分で自分を殺してしまわないように、強く、強く。


「……い、いの?」

「何が?」

「わ、たし、いきてても、いいの………?」

「生きるのに、他人の判断はいらないよ。……でも、私は由芽ちゃんに生きて欲しい。由芽ちゃんはどう?」


 私の腰に、おずおずと由芽ちゃんの腕がまわる。

 幼子のように弱弱しい力だけど、でもそれは確かに意思を持った動きだった。


「せなおねえちゃんに、あえないのくるしい……。でも、いきたい。いきて、ずっとおしばいをしてたい………!」


 涙をボロボロと流しながら、私に縋り付きながら。


 私は、ようやく由芽ちゃんの奥底にある願いを聞くことが出来た。


「うん、うん……!」

「うぅ、うあぁぁあぁぁぁ!」


 泣きじゃくる由芽ちゃんを胸に抱いて、私も泣き続けた。

 そうしていつの間にか、2人で抱き合って眠ってしまった。



「んぅ……、……あれ?ゆめちゃん………?」


 ちゅんちゅんと囀る雀の鳴き声と朝日で、私の意識は徐々に覚醒した。

 昨日は確か由芽ちゃんと泣きながら口論して、由芽ちゃんを抱きしめて眠って……。


 あれ?抱きしめてたはずの由芽ちゃんが、何処にもいない?


 寝ぼけナマコで、二階の自室からよたよたと一階へ。リビングに繋がるドアから、なにやら楽し気な声が聞こえてくる。お父さんは出張中だから、その話し声が誰と誰のものなのかは想像に難くない。


 私の、大切なお母さん。そして──


「あっ、もう!寝過ぎよ彩香、遅刻はしないだろうけど!」

「……おはようございます、彩香先輩。寝顔、やっぱり可愛いんですね」


 私の愛している年下の女の子が、そこにいた。


「お、おはよう……」

「ほらほら、早く座りなさいな!由芽ちゃんが、朝食の準備手伝ってくれたんだから!」

「えへへ、わたしは手伝っただけですよ」

「も~、ほんと謙虚で綺麗で可愛い!ほんとに、彩香の妹に欲しいわ~!」


 う、ううん、昨日からテンション高いなお母さん。まぁ?制服姿にエプロンを着けた由芽ちゃんが目の保養にいいのは、私もよく分かるし?今すぐ写真を撮りたいけど?


「ほら、顔洗ってきてください。一緒に食べましょう、彩香先輩」

「は、はいっ!」


 由芽ちゃんが作った朝食なんて、今すぐに食べたいに決まってる!


―――


 そうして朝食を食べて、いつも通りの時間に家を由芽ちゃんと出た。


「お、美味しかったよ由芽ちゃん!わざわざ、手伝ってくれてありがとう!」

「…………いえ、気にしないでください」


 そう、由芽ちゃんと一緒に登校という夢のようなシチュエーションなのに。由芽ちゃんは、ずっとどこかを見ていた。


 昨日の出来事は、私にとっては忘れられない。由芽ちゃんも、きっと昨日の事を考えてるんだ。

 初めての喧嘩、始めての本音のぶつけ合い。私は、それを通して由芽ちゃんを変えられてのかな?由芽ちゃんに、何か──


「彩香先輩、手を繋いでいいですか?」

「ひゃ!?………は、はい」

「ありがとうございます。学校に着くまでですから、安心してください」


 あ、歩いてる!?私、由芽ちゃんと手を繋いで登校してる!?


 て、手が柔らかい!ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなくらい小さくて、指もすっごい細くて!?て、手汗大丈夫かな私!?というか、私動揺しすぎ──


「彩香先輩、手汗なら気にしなくてもいいですよ」

「や、やっぱり!?ていうか、それ本人に言っちゃうの!?」

「……昨日は、ありがとうございました。わたしに、真正面から対峙してくれて」


 そう言われて、ようやく気付く。由芽ちゃんは前を向いて歩いていた。


 微笑みながら、穏やかな声で。いつも通りの由芽ちゃんのはずなのに、何故かその姿に一段深く見惚れてしまった。


「あんなに熱烈な告白されちゃうと、流石に照れちゃいますけどね」

「こ、くはくっ……!?た、たしかにそうなんだけど、いや、でもっ……」

「分かってますよ。ちょっと、彩香先輩を揶揄いたくなっただけです♪」


 か、かわいいっ!んだけど、確かに私の想いは伝わってくれてるけどっ!

 や、やっぱり由芽ちゃんは鈍感だなぁ!?……いや、これも過去の影響なのかな?無意識に、そういう感情から身を守ってる?


 ま、まぁ、それは置いておいて。


「由芽ちゃんは、その……」

「そんな簡単には、変われないです」

「え?」

「でも、過去を大切に。………前を、向いてみようと思ったんです」


 笑顔で、由芽ちゃんはそう言った。

綺麗で、可愛くて、人を一瞬で恋に落としてしまうような。そんな、一等星の笑顔。


 ダメだ、やばい。その笑顔は、反則にも程がある。


「だから、ありがとうございます」


 そんな由芽ちゃんの手から伝わる体温は、どんなものよりも熱く思えて。



 何故だか私は、ようやく由芽ちゃんの横に来れたのだと思った。


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