表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/59

19話 如月由芽と幼いわたし

「以上が、わたしのこれまでです。すみません、長々と話しちゃって」

「…………ううん、そんなの。私が、私っ……!」


 由芽ちゃんの話を聞いて、私は自然と涙が流れていた。


 幼いころから、演技の天才だった由芽ちゃん。信頼できる人と出会って、大好きな恋人を作って。だけど、自分でそれを壊してしまったと思ってしまっている。


 由芽ちゃんが、どれだけせなさんを愛していたかを知った。だからこそ、由芽ちゃんが役者を辞めようと思ったことも。


 “憑依演技型役者”の、由芽ちゃんの恋人だった笹森せなさん。

 演技の役から感情を戻せずに、最終的に自身のそれを制御が出来なくなった。私も同じ“憑依型役者”に才能があると思っているから、由芽ちゃんは私を気にかけてくれているんだ。


 由芽ちゃんの手を、しっかり握る。

 私は、由芽ちゃんに沢山のものを貰っている。演技に関してはもちろん、恋愛感情だって由芽ちゃん以外には抱けなかったものだ。


 年下で、身長も小さくて、握っている手も私より小さい。

 こんな娘が、どうしてこんな闇を背負って生きなきゃいけないんだ。自身の存在に振り回されているのは、誰よりも由芽ちゃん自身じゃないか。


「……由芽ちゃん」

「はい、なんですか?」

「私は、由芽ちゃんの事が好きだよ。かなみちゃんと同じ、愛してるよ」

「……えへへ、知ってますよ。わたしも、彩香先輩の事好きですから」


 にこりと微笑むその奥にある由芽ちゃんの本心を、私は覗き見ることが出来ない。

 私の言葉が本当に由芽ちゃんに届いているかは、分からない。由芽ちゃんはいつもポーカーフェイスで、感情が昂る姿を滅多に見せない。


 ……どうしたら、私は貴女の心を楽にできるの?どうすれば、その仮面を剝ぐことができるの?


 ……そっか。過程も目的も違うけど、きっとせなさんもこんな気持ちだったんだ。

 由芽ちゃんの隣に立っていたくて、由芽ちゃんに相応しい恋人でありたくて。不安になって、演技にのめり込んでいった。自分を壊すくらいに。


 同じ道を行けば、私に待っているのは間違いなく良くない事。また、由芽ちゃんを悲しませてしまうようなこと。せなさんと、似た結末。


 私は由芽ちゃんの自己肯定感を戻して、また演技の道を進んでもらいたい。


 由芽ちゃんがしっかりと前を向けるようにするには、私はどうすればいいんだろう。


 もう一度役者の道を進みたいと思うには、どうすれば──。


「……そっか、うん。それしか、ないよね」

「彩香先輩?」


 由芽ちゃんに、肌で感じて貰うしかない。

 私が、由芽ちゃんと並んでも絶対に潰れないという事を。


「由芽ちゃん、お願いがあるの!」



「よし、行くよ由芽ちゃん!」

「………………ほんとに、するんですね」


 とっくに時間は18時を過ぎてる。もう、帰らなきゃいけない時間だ。


 だというのに、彩香先輩はお願いをしてきた。


【一度でいいから、間近で由芽ちゃんの全力の演技を見せて欲しいの!】


 彩香先輩は突飛な事を言うしするけど、今回は特におかしい事を言っている。


 わたしの過去をさらけ出して、わたしが役者を辞めた理由も分かったはずだ。なのに、わたしに全力で演技をしてほしいという。


 というか、前にせんせの所で話したよね?わたし、もう二度と全力で演技はしませんって。彩香先輩も、その時それを了承してくれたと思ったのに。

 

「うん。……私は、由芽ちゃんに役者の道を諦めて欲しくないから」

「は?」


 役者の道を、諦めて欲しくない?そんな、わたしの気持ちすら知らずに。


 わたしは、ひなのみたいに強くいれない。

 わたしの演技は、せなお姉ちゃんの人生を終わらせた。わたしが、せなお姉ちゃんを殺したんだ。


 そんな人間が、役者を目指していいはずがない。本来ならこうしているのだって、非難されるべき行為だ。

 わたしは、人並みの幸せなんて望んじゃいけないはずなのに。


 だというのに目の前のわたしの過去を知っている先輩は、もう一度役者を目指してほしいという。

 それは、わたしに前を向けと言っている事と同じだ。


 だから、少しだけカチンときた。


「もし気を使ってくれてるなら、大丈夫ですよ。わたしにはもう、そんな願望は──」

「ないって、本心から思ってる?」

「………………当たり前、です」

「……分かった。でも、気をつかってるわけじゃないよ。私の、ただのわがまま」


 そうやってにこりと笑う彩香先輩は、どこか幼子を見る目で。


「……一度だけですから。それが終わったら、今度はわたしのわがままも聞いてもらいます」

「う、うん!ありがとう、由芽ちゃん!」


 交換条件も出したんだから、一度だけ全力で演技をしよう。

 わたしなら、無意識も意識すればきちんと実力を出し切れる。


 そうして演技をできたのなら、わたしはもう演技をしない。教えることはあっても、自分で演じることはない。


 それが、わたしのわがままなけじめだ。


―――


 エチュードの設定は、わたしが魔王で彩香先輩が勇者。今回は殺陣はなしで、問答だけ。

 至極単純で明確に敵対構図にある設定だからこそ、この演技の目的が分かる。


 このエチュードは、わたしと彩香先輩の喧嘩だ。


『なんだ、アンタが魔王か?思っていたより、楽に倒せそうだ!』


 彩香先輩の演技は丁寧だ。

 わたしの教えた通りに“憑依演技”を応用して、感情移入をし過ぎないように。それでいて、表情から指先まできちんと生き生きしている。


 これなら、プロの世界でもご飯を食べていける。

 売れるかどうかは運も絡むけど、実力を見抜いてくれる人がいればきっと。本当によく、一ヶ月でここまで伸びたものだなぁ。後は舞台やカメラ前での振舞い方さえ覚えれば、もうわたしが教えることはない。


「でも、そんな役者つまんないね。わたしの横には、あんまり立ってほしくないかな~」


 いつの間にか、演技をしているわたしの横に、小さなわたしが立っていた。

 上空に立つわたしを見上げながら、楽しそうにニコニコしている。笑顔で毒を吐くなんて、中々いい性格してるなこいつ。


「こら、そんな事言うんじゃないの。役者さんなら、そういう演技だって──」

「小さいころは楽しかったよね!せなお姉ちゃんはわたしよりずっと上手で、ひなのもわたしには出来ない演技をして!楽しくて楽しくて、夢中になって演技してた!」

「……そ、それとこれとは別!どんな人でも、尊敬できるものがある!わたしより上手な人はいるって、貴女も知ってるでしょ?」


「いつからだろうね!そうやって、他人に遠慮して演技するようになったの!」


 他人に遠慮なんて、そんなのは当たり前の事じゃん。


『……つまらんな。たかだか人間風情が、何をそこまで逸っておる』

『そのたかだか人間に、アンタは殺されるってわけだ!』


 声はしっかり出ていて、芝居は大きく。だけど、オーバーにはなっていない。

 陽気で自信満々の勇者。でもその立ち居振る舞いには殺意が籠っていて、正しく勇者の芝居を生み出すことが出来ている。


 全部全部、わたしの教えた通り。自分を、守るためのお芝居だ。


 その芝居を見て、小さいわたしはつまらなさそうに目を細める。


「どうして“憑依演技”をさせてあげないの?多分、せなお姉ちゃんより適正あるよ?」

「役者として、“憑依演技”を極めた先にある危険性は分かってるでしょ?役者として長生きをしたいなら、“憑依演技”よりも今の演技の方が絶対良い」


 わたしの回答を聞いて、小さいわたしは寝転がる。精いっぱいの、私への抗議のつもりかね?


『ははっ、活きはいいな。お前が死んだ報は、早めに民草に知らせてやろう』


 ここで、わたしは髪をゆっくりと搔き上げる。分かりやすい、戦闘に移行するための仕草だ。それを読み取って、彩香先輩も構えをとる。


 うん、スムーズに先輩を誘導できた。これなら、彩香先輩もやりやすく──


「つまんな~い!」

「うわっ!?」


 小さいわたしが、いきなり駄々をこね出す。心の中でびっくりしただけで済んだけど、外見通りに小さい子なのこの子!?


「なんでそんな演技するの!?全力でお芝居するっていうから、わたし出てきたのに!」

「あのねぇ……、彩香先輩はまだまだ成長途中。全力でわたし達がお芝居したら、……せなお姉ちゃんみたいに思いつめちゃう可能性もあるの。君はもっと、そういうのを自覚しないと」


 そう、そうなんだよ。

 彩香先輩はわたしの事を好いていてくれて、それでこんな事をしてくれてるんだ。その意味を、しっかりと受け取らなきゃいけない。わたしなんかが、彩香先輩の時間を奪ってしまうわけにはいかない。


 わたしを踏み台に、彩香先輩には楽しく演技をしてほしいんだから!


『逃げるなよ!!』


 ………………え?


『オレから逃げるんじゃねぇぞ!』


 彩香先輩の、纏う雰囲気が変わった。

 この芯に迫りすぎている演技を、わたしは知っている。わたしじゃ作ることが難しい、役が乗り移ってしまったかのような演技。


 ……自分を、壊してしまうかもしれない演技技法。


「……なんで、憑依演技を」

「すっごい!ね、言ったとおりでしょ!彩香ちゃんって、天才なんだね!」


 そんなの知ってる。彩香先輩が“憑依演技”の天才だなんて、初めて一緒に演技をした時から知っている。


 でも、それをさせちゃいけない。

 お芝居は、理性と技術で成り立つものなんだ。感覚も必要だけど、必要以上に感覚に頼りすぎちゃいけない。下手すれば、戻ってこられなくなる!


「お、終わらせないと!」

「どうして?彩香ちゃんは、自分の意思で憑依演技をしてるんだよ?わたし達に、全力でぶつかってくれてるんだよ?」

「だ、だとしても…………」


「結局、せなお姉ちゃんと重ねてるんだよ。せなお姉ちゃんみたいにならないように、だっけ?それを、彩香ちゃんは望んでるの?それすらも知らずに、どうしてあなたはお芝居を教えてるの?」


〖ゆーちゃん、愛してるよ!〗


 ちがう、ちがうちがうちがう!


「せなお姉ちゃんと、彩香先輩はちがうの!ちがうったらちがうの!」

「あははっ、子供はどっちなんだか!でも、そうやって目を背け続けても、何にも変わらないよ?そうやって悲劇のヒロインぶってるうちは、なんにも」

「うるさいうるさい!ていうか、きみはだれなの!?わたしの姿で、一体──」


「わたしは如月由芽だよ?わたしはあなたで、あなたはわたし」



「わたしは、あなたの一部だよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ