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18話 如月由芽と──

 わたしとせなお姉ちゃんが恋人になって、色々なことがあった。


 恋人になってみると、せなお姉ちゃんのダメな部分がどんどん見えてくる。

わたしにカッコつけようとする部分や、真面目過ぎる部分。わたしを優先しすぎる部分や、演技に没頭しすぎる部分。

 本人曰く、気が緩んでしまっているのだとか。


 短所でも長所でもあるそれらを見て、わたしがしっかりしなきゃって思ったり。


 せなお姉ちゃんの仕事の部分はというと、順調どころか快進撃の部類だ。

 映画でサブと言えど良い役が貰えたり、舞台は主演で大成功を収めたり。CMもゲットして、一躍有名人の仲間入りをしていた。


 わたしはというと、代わり映えのしない日々。


 大手や零細問わず事務所からスカウトが来ているけど、本格的な女優業は高校に入ってからしたいという一点張りで避け続けている。これはせんせと両親とわたしの4者面談であらかじめ決めていたことだから、言い訳もしやすい。


 ひなのはとうに、せなお姉ちゃんの所属する事務所に決めている。

 ひなのから熱烈なラブコールを受けているのもあって、今はせなお姉ちゃんも所属している事務所に行こうと密かに決めていた。


 かなみちゃんはどうやら、せんせのところで演出を学んでいくと決めたらしい。かなみちゃんと離れ離れにはなっちゃうけど、2人とも実家から出る気はないし大丈夫かな。


 そんなこんなで、目まぐるしく日々は過ぎていって。

わたしはもうじき、中学3年生になる。



『だったら其方は、何処へ行くというのだ!』


 中学2年生の3月。わたし達の演劇部で、また公演をした。


 その日のわたしは、というかせなお姉ちゃんと恋人になってから。わたしの演技は、それ以前にも増して磨かれている。

 せんせ曰く、本来のポテンシャル通りに作動しているらしい。相変わらず、せんせは難しい言い回しをするなぁ。


 でも、演技を楽しいと思えているのは自分でも分かった。いつしかあの日の出来事も、頭の中から消えていた。


その日の公演では、観客席の端にせなお姉ちゃんが来てくれていて。だけどわたしの演技を見ながら、酷く苦しそうな顔をしていたことを、覚えている。



「ねぇ、ゆーちゃん。ゆーちゃんは、演技楽しい?」

「もち!それでもって、せなお姉ちゃんと演じてる時が一番楽しいよ!」


 中学3年生の4月の、なんでもない休日。

 せなお姉ちゃん以外が家にいないというから、その日は2人でせなお姉ちゃんの部屋で過ごすことになった。


「ふふっ、嬉しいなぁ。………私は、こんなにダメダメなのにね」

「………なにかあったなら、それを相談する。わたし達の決め事、でしょ?」

「うん。……ちょっと、撮影で失敗しがちなだけ。多分、スランプだね」


 その日のせなお姉ちゃんは、いつもより自身がなさそうで。


「……偶々だよ。わたしのせなお姉ちゃんなら、きっと大丈夫」


 わたしはそんな経験がないから、どう声をかけたらいいか分からない。でも、わたしはせなお姉ちゃんを信じているから。せなお姉ちゃんを愛してるから、そっと支えるだけ。わたしに出来るのは、それしかなかった。


「…………わたしのって言った?んふふ、ゆーちゃんは可愛いなぁ♡」

「……事実だもん。わたしの大好きな、わたしの恋人のせなお姉ちゃんだから」

「や、やばいよゆーちゃん!それはほんとに、ちょっと理性が無くなっちゃうからね!?」

「……誘っちゃ、ダメな日だった?」


 わたしがせなお姉ちゃんにあげられるのは、無償の愛情だけ。

 だから、それをもってせなお姉ちゃんを支えるんだ。綺麗で、可愛くて、カッコつけな。そして、真面目過ぎるせなお姉ちゃんを、わたしが。


「いいよ、せなお姉ちゃん。わたしを、好きにして」

「ひゅ………っ!ど、こで、そんなセリフ、覚えてくるかなぁ………!」


 せなお姉ちゃんはわたしに配慮してか、いつも優しくしてくれる。そういう所も好きだけど、もっと強く来てくれてもいいのに。

 でも、今はせなお姉ちゃんのやりたいようにさせてあげたい。だって、それがせなお姉ちゃんの望んでいる事なんだから。


―――


 中学3年生の、5月24日。

 なんでもない平日で、なんでもない放課後。


「ほんとっ!?じゃあ、また週末だね♪」

「うん!週末に、デートの場所はまた考えとくね!」

「ありがと……。大好きだよ、せなお姉ちゃん」

「私も。愛してるよ、ゆーちゃん♡」


 そんな嬉しすぎる電話を終えて、わたしはせんせとひなののいる稽古場に戻った。


「やー、抜けちゃってごめん!」

「お帰りなさい!ゆーちゃん、なにか嬉しそうですね?」

「そ、そうかな?まぁ、こうやってひなのと稽古できるのが楽しいのかもっ」

「もー、ゆーちゃんったら」


 きたる8月の、せんせが演出の舞台。

 そこでわたしとひなのは主役に選ばれて、少し早いけど2人で稽古をしている最中。せなお姉ちゃんは他の仕事で出られないけど、それでも見には来てくれるみたいだ。


 そうやって稽古をしていれば、時間は流れてもう20時を過ぎたころ。今日はここまでというせんせの声で、わたし達は帰り支度をしていた。


「ひなの、この前より役を掴んでるね!わたし、凄く演技しやすかったよ」

「ふふっ、本当ですか?実は、こっそり一人で練習してたんですよ!ゆーちゃんが一緒ですから、迷惑はかけられませんからね♪」

「そうなの?わたしも、ひなのに負けないようにしないと……!」

「そ、そんなっ………。あれ?すみませんゆーちゃん、お母さんからです」


 その、ひなののお母さんからの着信音に。

 わたしは、気持ち悪いくらいの動悸と嫌な予感がした。


「ゆ、由芽?どうしたの?」

「えと、だ、だいじょうぶ。うん、だいじょうぶ………」


 せんせに問われて、そんな生返事しか出来なくて。


「………………え?お姉ちゃんが?」


 嫌な予感は、最悪の形で現実になった。



「ゆ、ゆーちゃん……っ!ゆーちゃん……」

「………大丈夫だよ、ひなの。ほら、ちゃんとわたしの胸で泣いて」


 せなお姉ちゃんは、トラックに跳ねられて亡くなった。

 お葬式も終わって、その翌日。わたしは、笹森家でせなお姉ちゃんの遺品の整理を手伝うことになった。


 運転手の証言では、赤信号なのにせなお姉ちゃんがふらりと現れたらしい。ドライブレコーダーには、せなお姉ちゃんの最期の瞬間が映っていた。

 女優・笹森せなの死は、新聞の記事やニュースで報じられている。事務所側が対応してくれて、笹森家にはマスコミは来ていない。それだけが、一欠片の救いだった。


 ご両親は、今は諸々の手続き等に追われているらしい。そんな中で、ひなのが今一人になるのはまずいと感じた。泣き虫なひなのを、1人にはできなかった。


「ご、めん、なさい……。少し……」

「……それじゃあ、先に行ってるね」


 リビングでひなのと別れて、わたしは先にせなお姉ちゃんの部屋に入る。

 何にも変わっていない、せなお姉ちゃんの部屋。いっぱい愛し合って、いっぱい励ましあった、せなお姉ちゃんの部屋。


 不思議だったんだ。わたしが、せなお姉ちゃんのお葬式で泣けなかったのが。


 今になって、ようやく心が追いついた。

 もう、せなお姉ちゃんはこの世にいない。もう、大好きと言ってくれない。


 ……………もう、二度と会えない。


「あぁぁぁ………。わぁぁあぁぁ!」


 決壊したみたいに、涙が溢れた。

 部屋の真ん中で、大声で泣いて。苦しくて、悲しくて、喉が詰まって。


「ゆーちゃ………!………ゆーちゃん」

「わぁぁあぁぁ!あぁぁあぁあ!」


 途中から、ひなのが抱きしめてくれた。でも涙は止まってくれないから、わたし達は2人で泣き続けた。

 そうして、涙が枯れるまで泣いた後。わたし達は、遺品の整理をようやく始めて。


 わたしは、せなお姉ちゃんの机にあった一冊の本を見つけた。


《今日は、久々のゆーちゃんとのデートだ!めいいっぱい、楽しませなきゃ!》


《なんだか、今日は稽古が上手くいかなかったなぁ。でも、ゆーちゃんが電話で慰めてくれたから大丈夫!なんたって、わたしはゆーちゃんの姉弟子なんだから!》


《今日は、人生で最高の日になった!念願の、ゆーちゃんと恋人になれたから!えへへ、でも今日が最高じゃだめ!これから、2人で最高を更新し続けるんだ!》


 そんな、なんて事のない一言日記が書かれていた。読み進めるうちに、また涙が滲んできてしまう。


 だけど、日記が徐々に変わり始めた。それは、自分への不満と不安だった 。


《また、上手く演じれなかった。このままじゃ、ゆーちゃんに置いて行かれちゃう》


《今日はゆーちゃんの舞台を見に行った。綺麗で、繊細で、自分と共演者を最上にする芝居。だから、私はもっと頑張らなきゃって、思った。置いて、行かれないように》


《自分の部屋が、何故か懐かしい感覚がする。多分、役作りをしすぎたせいかな。えへへ、先生にこの芝居は辞めろって言われてたのに。ごめんね先生、要領の悪い教え子で》


《でも、ゆーちゃんの隣にいるには。これしか、ないんだよ》


「………………………………ぁ」


 ノートを閉じて、ようやく理解することが出来た。


 せなお姉ちゃんを追い詰めて、自分と役の境目が分からなくなるぐらい壊したのは。せなお姉ちゃんが、事故で死んでしまう原因を作ったのは。


 ぜんぶぜんぶ、わたしだったんだ。



 せなお姉ちゃんの居ない日常で、空っぽの心のままわたしの時間は進んでいく。


 中学3年生の、最後の公演。

 うっとおしいスカウトの人間と周囲に、演技を辞めると言い放った。演技をまだ好きではあるけど、わたしの心はもう疲れ切っていた。


「どうして……!?わ、私、ゆーちゃんが一緒じゃないと……!」

「………ごめんね、ひなの」


 ひなのには、そう言って事務所入りを断った。ひなのは、せなお姉ちゃんの遺志を継ぐらしい。わたしには、出来ない決断だ。


 もう、何をする気も起きない。なんだかもう、全てがどうだっていい。


「由芽……、かなみちゃんが来てるわよ?」

「………由芽ー、大丈夫かー?あたしなら、ずっと傍にいてやるから。……だから、まずはご飯くらい食べなって」

「………………いらない。いまは、ひとりがいい」


 お腹も減らない。学校にも、もう2週間は行ってない。水を飲んで、無理やりカロリーメイトを詰め込んで。そうやって、わたしの一日は終わる。


「せな、お姉ちゃん………」


 スマホの写真の中のわたし達は、笑顔でハグをしている。

 目を閉じる。せなお姉ちゃんのいない現実なんて、見ていても意味がないから。


 わたしの幸せは、眠りとせなお姉ちゃんの夢だけ。



 ふと、目が覚めた。


 いつの間にか眠っていたようで、傍らにはわたしとせなお姉ちゃんのおそろいのネックレスが置かれたままだった。せなお姉ちゃんの遺品の中から、笹森家に貰ったものの一つだ。

 わたし達の幸せの象徴だったそれは、何も変わらない。何時までも、ただそこにあるだけだ。もう、付ける人なんていないのに。


 そこで、ふと考えてしまう。これを持ったまま死ねば、せなお姉ちゃんと同じところに行けるんじゃないか。

 そんな考えに、自分を軽蔑した。そんな事をされても、せなお姉ちゃんは喜ばない。


「………………みず」


 喉の渇きに、体は正直だ。死人のような足取りで、部屋のドアを開ける。


「……………ゆめ」

「………………えっ?」


 そこには、泣きはらした顔のかなみちゃんがいた。

 部屋を出る前に見た時計の針は夜中の3時を指していたのに、かなみちゃんはまだわたしの部屋の前に居てくれた。


 対面して数秒すると、かなみちゃんの目からポロポロと涙が落ち始める。そうしてそれに釣られて、枯れたはずの涙がわたしからもあふれ出した。


「な、んで、いるの?なんで、わたしに、わたしなんかに……」


 言葉にならない掠れた声で、かなみちゃんに問いかけて。それを言い終わる前に抱きしめられて、部屋のベッドに戻された。


「由芽が、大切だから!大好きだから、愛してるからに決まってるでしょ!!」


 大粒の涙が、わたしの顔に降りかかる。わたしの為に泣いてくれる、そんな幼馴染が目の前にいる。


 そっか、わたし、愛されてるんだ。こんなわたしでも、まだ愛してくれる人がいるんだ。


 わたしが死んだら、きっとかなみちゃんや他の誰かが今のわたしみたいになる。そんなの、あまりに浮かばれない。

 わたしは、せなお姉ちゃんのいない現実で。十字架を背負って、生きていくしかないんだ。


「う、うあぁああぁあ!ごめん、ごめんなさいぃい!」

「……泣く、くらいならっ!……心配、かけさせんなよ。由芽には、あたしがいるって、忘れんな……………」


 そのごめんなさいは、誰に向けてのものなのか。結局、分からなかったけど。


 わたしは、せなお姉ちゃんのいない現実を生きると決めた。


―――


「うっわ、あたしの幼馴染ちょー可愛い!こりゃあ、高校でも大変だねあたし」

「もー、適当ばっかり。ちょっと準備するから、先に下で待ってて」

「りょーかい!それじゃ、待ってるね!」


 月日は流れて、今は高校の入学式の朝。天気は快晴で、風も気持ちがいい。


 あれから、せなお姉ちゃんのいない世界を生きてきた。演技は辞めてしまったけど、もう構わない。それと同じくらい、大切なものはまだ残っていると知っているから。


「かなみちゃん!」

「おっとっと、どうしたの由芽?」

「大好きだよ、わたしの大切な幼馴染っ!」

「………………まったく。あたしも愛してるよ、あたしの大切な幼馴染!」


 真っ赤な顔でかなみちゃんが下に降りていくのを見て、あたしの心は少し幸せになった。

 あの日以来心にぽっかりと空いた穴は、今でも大きさも深さも変わらない。でも、きっと大丈夫。わたしはこの空洞と、一生を生きていく。


 机の上から、せなお姉ちゃんとおそろいのネックレスを取る。そして制服で隠れるように調節して、ネックレスを身に着けた。


「………行ってきます、せなお姉ちゃん。まだまだ長いけど、いっぱいお土産話持っていくからね」


 立てかけてある、せなお姉ちゃんとわたしの写った写真。その前のネックレスの入れてある箱にキスをして、わたしは自分の部屋を後にした。


 あとどれくらい、わたしが生きるかは分からない。わたしが一緒の場所に行ったところで、せなお姉ちゃんに罵倒されるだけかもしれない。


 でも、それでも構わない。


 わたしは、沢山のお土産話を持ってそこに行く。そうしてもう一度、あの日みたいに仲直りするんだ。わたしはもう、そのやり方も知っている。


 だからもうちょっと待っててね、せなお姉ちゃん。いつか、わたしが死ぬ日まで。


少し長くなりましたが、これにて如月由芽ちゃんの過去編は終了となりますm(_ _)m

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