17話 如月由芽と笹森せな 3
「う~、寒い~」
せなお姉ちゃんと仲直りが出来た翌日。12月24日、クリスマスイブ。
わたしは、せなお姉ちゃんにデートに誘われた。
本当はかなみちゃん達と2家族合同で過ごすことになってたけど、急遽としてわたし一人抜け出すことになった。
せなお姉ちゃんと遊びに行くと言ったら、かなみちゃん以外は皆嬉しそうに送り出してくれた。かなみちゃんは約束とか大切にしたい人だから、ちゃんと今度埋め合わせしないと。
やっぱりというか、なんというか。クリスマスイブの街はカップルだらけで、恋とかそういうのに疎いわたしには眩しい光景だ。
「やっほーゆーちゃん……!」
「うわっ!?もー、なんでそんな脅かし方する……」
振り向いた先にいたのは、眼鏡とマスクをした不審者。もとい、変装をしているせなお姉ちゃんだった。
確かに、せなお姉ちゃんは絶賛売り出し中の若手演技派女優。変装くらいしないと、今日みたいな日は歩けないんだろうけど……。
仕方ないんだけど、それはそれとしてちょっとむすっとした。
「………………どなたでしょうか?」
「えっ!?」
「そんな怪しげな人、わたし知りませ~ん」
「そ、そんなっ………!で、でも、変装を辞めちゃうと……」
ちょっと情けなくって、そんな様子も可愛くて、思わず悪戯したくなる。
嬉しい。そんなせなお姉ちゃんと、また一緒に居られるなんて。この距離は、きっとおばあちゃんになっても同じ。お互いが結婚しても、こうやって変わらなかったらいいなぁ。
「ふふふっ、冗談だよ。行こ、せなお姉ちゃん♪」
「……ゆーちゃんって、結構意地悪だよね!」
「えへへ、せなお姉ちゃんにだけだよ」
「もー、それズルい……。………………そ、そのっ、手、繋いでも、いいよね?」
「?うん、別にいいけど……」
真っ赤な顔で言うせなお姉ちゃんの意図は分からないけど、寒かったのかな?手を繋いでお出かけなんて、小学生の頃はよくしてたし。
だから、ガチガチになりながら恋人繋ぎをしてきたせなお姉ちゃんの意図は。その時点では、何も気づくことが出来なかった。
そうして個室の綺麗なレストランに連れていかれて、美味しい料理に舌鼓を打ちながら。数か月の空白を埋めるみたいに、わたし達は沢山話をした。
せなお姉ちゃんのここ数か月の仕事の話を聞いたり、わたしの昨日の舞台の話だったり、お互いの演技論や演技について話したり。
せなお姉ちゃんはその都度ころころ表情が変わって、それを観察するのが楽しい。小学生の時からお互いの家に行ったり、稽古場でもずっと一緒に居たり。
ほとんど本当の姉妹みたいな距離だったから、しばらく離れて過ごして、改めてせなお姉ちゃんが可愛く思える。ほんと美少女で、少し羨ましいなぁ。
「そ、そのっ、ゆーちゃん!」
わたしが少しぼーっと考え事をしていると、見事に裏返ったせなお姉ちゃんの呼びかけ。そして深呼吸をすると、わたしの座っているすぐ横に歩いてきた。
「どうしたの?」
「え、ええぅっと、その……っ。きょ、今日は綺麗目な服装だね!な、なんだか大人っぽい………」
「ええ?せなお姉ちゃんが昨日、レストランに連れていくって言ったからだよ?ドレスコードとかはよく分かんないけど、こういうのってマナーでしょ?」
「う、うん。そ、そうだよね……!」
むー、やけに煮え切らないというか。なんでそんなにしどろもどろなんだろう?
「せなお姉ちゃん。言いたいことがあれば、なんでも言って。前みたく、すれ違うのはやだよ」
もう絶対に、せなお姉ちゃんと離れたくない。物理的なものじゃなくて、心で繋がってるって確証が欲しい。だから、なんでも言いあえるような関係じゃないとダメなんだ。
「ゆーちゃん……。そ、そうだよね!……ゆーちゃん、お、お願いがあるの!」
「うん、なんでも言って」
「わ、わわ、私の初めてのキスを……。その、恋人として、貰ってほしい、です……」
うん、なるほど。初めてのキスをわたしに、うんうん。恋人として……、うん?
「き、キス!?恋人!?!?まってまってまって!?わたし達、いつから恋人になったの!?」
「………………え?えええ!?!?」
せなお姉ちゃん曰く、
〖………こんな、私でもさ。その、ゆーちゃんの、隣にいてもいいかな?〗
昨日のこの言葉は、愛の告白でもあったんだとか。
当然だけど、こんなの伝わるわけないと思う。かの偉人の[月は綺麗だ]より、伝わる難易度高いんじゃないかな!
「そ、そう言われたってぇ……。だって、昨日はほんとに舞い上がっちゃってたから………!で、でもそうだよね、普通伝わらないよね……。じゃ、じゃあ、今日は私だけ舞い上がって……!あぁぁぁあ、恥ずかしいぃぃ……」
当のせなお姉ちゃんは、今は床に転がって呻いている。なんていうか、ホントに不器用な人だなぁ。なんかせなお姉ちゃんを見てると、逆に冷静になっちゃった。
恋人、せなお姉ちゃんと恋人かぁ。
中学に入って、周囲にはそういう人は増えてると思う。わたしも憧れがないわけじゃないし、今の時代は男女だけがカップルの基本じゃないというのも知ってるし。
相変わらず床で呻いているせなお姉ちゃんを見る。
せなお姉ちゃんを嫌いかと聞かれれば、大好きだと胸を張って言える。でもこれが恋愛かと聞かれれば、それには確信が持てない。
そもそも、女の子同士のカップルを間近で見たこともないしなぁ。……うん、直接聞いてみた方が早いかも。
「ねぇ、せなお姉ちゃん」
「な、なぁに……?」
「せなお姉ちゃんって、ロリコンなの?」
「ぎゃあっ!!」
3歳差だけど、わたしは1年前まで小学生だったわけで。この前見たアニメにも、こういう問答あったなぁ。
とはいえ、わたしはもう中学生。これから先どんどん成長していって、小さいゆーちゃんが良かったなんて言われたら、多分わたしは落ち込みまくるし。一応、ね?
「ち、違うよ!ゆーちゃんだから好きになったの!」
「じゃあ、どこが好き?わたし達、ほとんど姉妹みたいだったでしょ?だからそういう、恋愛対象として好きになったのはどこなのかなって」
ぶっちゃけ、せなお姉ちゃんと恋人になるのは嫌じゃない。だって、これ以上せなお姉ちゃんと離れ離れになるのは嫌だから。
でも、こんな打算的な気持ちで付き合うのは嫌だ。どういう形でもいいから、自分の中で納得のできる感情が欲しいんだ。
「……初めて会った時から、綺麗な子だなって。も、もちろん、小さい子が好きとかじゃなくってね!?」
「う、うん」
「ゆーちゃんは演技の天才だったから、私にすればずっと格上だった。年下とかの意識はあんまりなくて、本当に綺麗だって感情だけ。でもゆーちゃんは寂しがり屋で、だから、私が傍で居てあげなくちゃって」
そこまで言って、せなお姉ちゃんはようやく立った。そして手を拭いて、わたしの手を握ってくれる。
「そんな理由もあるんだけど、特に理由のない部分が多いかな。知ってるゆーちゃん?恋って、理屈が通じないものなんだよ?」
にひっと笑うその顔は、わたしの知らないせなお姉ちゃんで。
でもその笑顔が、今までのどれよりも綺麗に思えた。
「………ちょっとだけ待って?」
「う、うん」
俯いて、目を閉じる。小さいころに教わった、演技の応用。目を閉ざしたこの場所には、わたし一人しか存在しない。
そうして一人の場所で、小さく呟く。
『せなお姉ちゃん、せなお姉ちゃん、せなお姉ちゃん、せなお姉ちゃん』
ふと思い出したのは、とある漫画の1ページ。
1人の場所で、相手の名前を読んでみて。そうして、胸が締め付けられるのなら。それは恋でしょう。
目を開ける。
目の前にいるのは、わたしが呼んだ人。わたしの、大切な人。
「………………そっか。わたし、せなお姉ちゃんの事好きなんだ」
「っ!?」
ポロリと漏れた声は、ようやく見つかったわたしの初恋。理屈も理由も曖昧で、でも心の底から抱きしめていたい。そんな、わたしの大切な初恋。
えへへ、なんか自覚したら体温上がってきちゃったなぁ。あー、確かにこれはやばだ。こんなの知ったら、平静なんかじゃいられないよね。
「待たせてごめんね、せなお姉ちゃっ!?と、ととっ……!」
「ううん、待ってなんかない!」
抱きしめてきたせなお姉ちゃんは、力強くわたしを抱いてくる。苦しくて、若干痛いのに、それすらも愛おしい。
そうしてハグを終えて、真剣な顔で、真っ赤な顔で、せなお姉ちゃんはわたしが欲しい言葉をくれた。
「………好きです、ゆーちゃん。だから、私と恋人になって下さい」
心が幸せで満たされて、心臓が飛び出そうなくらいに跳ねまわる。
でも、せなお姉ちゃんが頑張ったんだから。だから、わたしも伝えて、お願いを聞いてあげなくっちゃ。
「………はい。わたしも、せなお姉ちゃんが好きです」
そうして、せなお姉ちゃんの手を握って目を閉じる。最初はリードしてほしかったから、少し甘えてしまった。でも、このくらいは良いよね。
初めてのキスは、デザートのいちごアイスの味がした。