16話 如月由芽と笹森せな 2
あの日から月日は流れて、今は12月。
わたし達の中学の演劇部は、もうじき舞台の公演を迎える。
「やっほ由芽!今日はなんか、調子よさそうじゃん!」
「かなみちゃん……。そだね、今日はなんかいい感じ。寒いから、感覚が鋭くなってるのかも」
「………じゃあ、あたしが暖めてやろ~!」
「わっ!……えへへ、ありがとかなみちゃん」
学校近くのシアターを借りて、本番はクリスマスイブの前日の12月23日。
そこには有名な演出家や映画監督、大手事務所の人も来るそうで。部内の皆は、かなり気合が入った言動が多い。
当然だ。ここでちゃんと目立つことが出来れば、デビューや事務所所属に大きく近づける。自分の名を、確かなものに出来る。
「わぁ、笹森せなのポスターじゃん!」「俺、この前観劇してきたぜ!すげぇ綺麗で、おまけに演技が上手いのずるいよなぁ」「流石はカメレオン女優だわー」
背後からそんな声が聞こえて振り返る。
そこにあったのは、彼らの言う通りせなお姉ちゃんのポスター。有名な演出家の手がける舞台のそれに、せなお姉ちゃんは抜擢されていた。
舞台や映画にもちょくちょく出るせなお姉ちゃんは、順調に女優の道を歩いている。銀河鉄道の夜の公演以降、そういうオファーが増えていったらしい。
「行こ、かなみちゃん。わたし、帰りに肉まん食べたいな~」
「………おっ、いいねそれ!そんじゃ、今日は由芽の奢りなー♪」
「な、なんでそうなったの?」
せなお姉ちゃんとは、あれ以来一度も会っていなかった。
△
「1年生なのに主演だなんて!が、頑張ってくださいねゆーちゃん!」
「うん、ありがとひなの。今日は来てくれて嬉しい」
「………流石、私の弟子ね由芽」
「もー、せんせは大げさすぎ。……せんせも、来てくれてありがと」
公演前に、見に来てくれたひなのとせんせとそんな会話をした。
今日の演目は、部活の顧問とかなみちゃんのオリジナル。演目名は、初恋。
舞台はとある町にある小さなカフェ。様々な人が訪れるそのカフェで、お客から色んな話を聞かされる主人公。そうしてお客たちの恋愛の問題を解決していくうちに、主人公の初恋の人が現れて………。そんな内容だ。
「お姉ちゃんも来ればよかったのに。仕事とゆーちゃん、どっちが大事なのって話ですよ」
「………だね。せなお姉ちゃんも──」
【あの公演で、ゆーちゃんは天才から鬼才になったの!もう今のわたしじゃ、ゆーちゃんの稽古相手にもなれない!】
「──ううん。お仕事の方が大事だよ」
「ゆーちゃん?」
あれからさんざん考えて、悩んで悩みつくして分かった。
今のわたしといると、せなお姉ちゃんは自分を嫌いになる。自分に自信がないせなお姉ちゃんは、きっといずれわたしの事も嫌いになる。
だから、会っちゃいけないんだ。せなお姉ちゃんが傷つくくらいなら、わたしが一人でこのもやもやを抱えて墜ちていく方が何倍もいい。
「如月ちゃーん!先生が呼んでるよー!」
「はーい!今行きまーす!」
大丈夫、私情は舞台に持ち込まない。わたしはきちんと、役者でいないと。
「ごめん、それじゃ行ってくる」
「うん、頑張って下さいゆーちゃん!客席で応援してますよ!」
「………由芽?」
「うん?どうかしたせんせ?」
「……貴女は、私の自慢の弟子よ」
それに、わたしは何も言う事が出来なくて。笑顔だけ作って、その場を後にした。
△
『それでさぁ、聞いてくれよマスター!』
『ここ、バーじゃないんだけど?マスターはともかく、話は聞いてあげる』
舞台の観客受けは上々。まだ序盤だけど、掴みもその継続もきちんとできている。
俯瞰で見る限り、皆も演技に気合が入ってる。あっ、今ちょっと詰まった。
『なあに?ちゃんと、自分の言葉で言いなさい』
大丈夫、これで問題ない。観客から見ても、何も不審には映ってないみたいだし。
全部、順調に進んでる。わたしは座長だし、失敗させるわけにはいかない。皆の頑張りを、わたしが無駄にしちゃいけない。
………本当は、せなお姉ちゃんにも見て欲しかったな。また、一緒に演技したいな。そうじゃなくても、わたしはただ。せなお姉ちゃんと、一緒に居られればいいだけなのに。
舞台は進み、そうしてわたしの見せ場が来る。初恋の相手が、カフェに現れる場面だ。
『はぁ、こんなんじゃ。私の恋はいつになるのかねぇ』
このセリフをきっかけに、初恋相手がセットのドアを開けて──
「………………え?」
観客席の最後方。私が目を奪われたのは、セットのドアじゃなくて観客席のドア。
わたしから見て、真正面のそこに。
せなお姉ちゃんが、息を切らしながらやってきた。
『こ、児島さん』
『遠坂くん………、どうしてここに?』
せなお姉ちゃんが、俯瞰しているわたしにしか分からないくらいの口パクをしている。
『……今日は、児島さんに会いに来たんだ』
「ゆーちゃん、会いにきたよ」
―――
「ちょっ、由芽!?」
「ごめん、すぐ戻る!」
公演が終わって、挨拶も終わって。
予定していたそれらが終わると、わたしは衣装もそのままに駆け出していた。
舞台が終わった後だから体力を消費していて、走ればすぐに息が切れて。12月の気温を防ぐには、舞台衣装では心もとなくて。
でも、そんなの気にならない。だって、わたしの望んだ相手はすぐに見つかってくれたから。
その人はわたしと同じように息を切らしていて、使っていない控室の前にいた。
「あ、あはは、真冬に、全力疾走はダメだね……」
「はぁ、はぁ、んぐっ……」
淡い茶色のふわりとした髪の毛と、穏やかで綺麗な大きい瞳。均整の取れた顔のパーツと、スレンダーでわたしより10㎝ほど高い身長。
わたしが、間違えるはずなんてない。
「せな、おねえちゃん………っ!」
「わっ、とと。………久しぶり、ゆーちゃん。誰よりも、会いたかったよ」
「そんなの、こっちのセリフだよばかっ!」
気づいたときにはせなお姉ちゃんに抱き着いていて。そうしてしばらく、わたし達は泣きながら抱きしめあっていた。
ようやく2人で落ち着くと、せなお姉ちゃんはぽつぽつと話してくれた。
「ちょっとでもゆーちゃんに追いつくには、まずは実績がいると思って!演技ももちろん大事だけど、それ単体じゃゆーちゃんに敵わないから!」
「うん……」
「あの時は、ううん、ここ数ヶ月ごめんね。私の身勝手で、ゆーちゃんに寂しい思いさせて。頼ってって、私が言ったのにね」
「……わたしも、ごめんなさい。せなお姉ちゃんの事、沢山傷つけた」
「………ううん、ゆーちゃんは悪くない。あの時、私が焦ってたのが悪いんだもん」
そこまで話して、ゆっくり正面からせなお姉ちゃんを見る。
可愛くて、カッコよくて、綺麗で。わたしの憧れていた、大好きなせなお姉ちゃんがそこにいた。
「少しだけど、自信もつけた。実績も、今は重ねてる途中。………こんな、私でもさ。その、ゆーちゃんの、隣にいてもいいかな?」
なんで、そんな恐る恐る聞くんだろう?そんなの、答えはとっくに決まってるのに。
「わたしから言いたいくらいだよ。隣に、傍にいてほしい。……せなお姉ちゃんに、わたしは傍にいて欲しいの」
「………はぁ。わたしのゆーちゃんが、世界一可愛い」
「もー、茶化さないでよー」
そうやって、2人で笑いあって。
わたし達は、数か月越しに仲直りが出来た。