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残業の その後で

 定時近くになって、倉木君からチャットが届いた。

 彼とはあれから、恋人を目指した親しい友人として、付き合っている。

 食事をしたり、映画やお芝居を観に行ったり。まあ、普通に付き合っていると言えるんじゃないかと、思う。

 華からは『高校生か』と嘆かれたけど、お互い知り合うところから始めてるんだから、いいじゃない。


「まだ仕事?」

「あと30分くらいで終わると思う」

「こっちは終わったんだけど、下の店で待ってていい?」

「うん。ありがとう」

 会社近くのビルには、チェーン店のコーヒーショップが入っていて、待ち合わせに、良く使われている。道路に面した窓ガラスが大きくて、行き交う人が見渡せる。


 待ってくれている人が居ると思うと、自然と仕事は捗って、予定よりも早めに仕事を終わらせて、コーヒーショップに向かった。

 定時を過ぎてはいるけれど、空はまだ明るくて青くて、行き交う人達も、心なしか浮き浮きしているように見える。


 明るい気持ちが、ずん、と地に落ちたのは、目当ての店の前に立つ二人を見たとき。

 倉木君と、……穂永さん?

 何を話しているのかはわからないけれど、穂永さんが上目遣いに、何かを訴えているようにも見える。


「芽唯」

 倉木君が、私に気づいて微笑んでくれて、ほっとする。

「穂永さんが、なぜここに?」

「佑くんったら、あれから研究が忙しいからって、相手をしてくれないんですよ!」

 いきなり、謎の言葉が出た。

「私とデートする時間もないって。酷いでしょう?」

「はい?」

「だから、岸本先輩が、佑くんを手伝ってくれたら良いと思うんですよ。その代りに、倉木さんは、私がお相手をしますから」

「「はい?」」

 倉木君と私の声が重なった。

 何を言っているのかな、君は。


「自分が言っている意味、わかってる?」

 倉木君が笑っているようで、全く笑っていない笑顔で尋ねる。

 祐介は、私に仕事を押し付けるのを諦めて、自分でやる事にしたらしい。そのとばっちりで、穂永さんと付き合う時間が削られていると言う事か。

「私が佑介を手伝って、佑介に余裕が出来たら、貴女とデートする時間が取れるということよね?それなのに、倉木君と貴女が付き合うって言うのは、どういう理屈?」

「……そうですよね。ちょっと無理がありますよね」

 穂永さんの口調が変わった。

「佑くんが、芽唯から倉木さんを奪えって。そうしたら、岸本先輩は、前のように、佑くんのお手伝いができるから、私と佑くんが付き合う時間ができるって。それと、倉木さんに近づけば、この前の録音データを消しちゃうこともできるよって。無茶振りですよね。酷くないですか?」

 佑介が、改心したわけじゃなかったという所までは、理解した。

 だけど、その後の理屈は、無茶苦茶だ。


「穂永さんは、佑介の事が、好きなのよね?」

 一番大切な所を、まず、確認する。

「もちろんです。倉木さんの方が、格好良いけれど、ちょっと怖いし。さっきから、アピールしているのに、全然私に優しくしてくれないし」

 好きだと言ってるんだよね、たぶん。

「じゃぁ、私達には構わないで。二人で何とかやっていくべきだと思うよ」

 祐介も、穂永さんも、能力は高かった筈だから。

 何で、こんなポンコツ理論を繰り出すようになったのかは、不明だ。


「実は、この前の、君達の暴言は、録音できていないんだ。充電するのを忘れてたので、動いていなかった事に、後で気づいたんだ」

 倉木君が、相変わらず冷たい笑顔でポケットからICレコーダーを取り出した。

「あげるよ。その代わり、本当に、もう、こちらに関わらないでくれ」

「本当に録音していないんですか?」

「本当だよ。だけど、本当かどうかは、君達に確かめる術はない。データなんて、簡単にバックアップできる」

 ICレコーダーを、彼女の掌に、そっと落とす。

「だからね。悪い事は考えない方が良い。思わぬ時に、思わぬ事が起きるかもしれないから」

 にっと笑った顔が、とても悪い人に見えた。

 彼女は、まだ何か言いたそうだったけれど、倉木君は、さっさと歩き出してしまう。

 倉木君に腕を取られた私も、一緒に連れ去られてしまう。

 唖然とした顔つきの彼女を残して。


「倉木君。私の関係者が迷惑を掛けて、本当にごめんなさい」

 本当に、申し訳なさで一杯だ。

 祐介も穂永さんも、そこまで理屈が分からない人間だとは思わなかった。

「これは、もしかして、恋に落ちると、人は愚かになるという実例かな」

「まさか。彼らは、元から自分勝手なだけだ。芽唯が、あんな男と別れられて、良かった」

 それに関しては、穂永さんには感謝している。って呟いている。


「それよりも、芽唯。そろそろ、会社以外では、下の名前で呼んで欲しいんだけど」

「それは、まだ、ちょっと敷居が高くて」

「僕は、芽唯って呼んでるのに?」

 倉木君が、私の両手を取って、顔を覗き込んでくる。

「り、陸。人が見ている」

「見られて結構。必要なら、いくらでも話し合おう」

「これは、話し合いじゃないと思う」

 敢えて言うなら、恫喝?

 いつもは優しいのに、ちょっと強引で、黒い所もある。

 でも、そういう所も好き、……かも?


「出張から帰ったら」の陸と芽唯が付き合い出すまでの経緯でした。

拙い話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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