緊急課題
月曜日には、普通に出社して仕事をした。
普通にキーボードを叩いて、普通に会話して、笑って。
普通に笑えているのは、鏡を見て確認した。
このまま夕方まで頑張れると思っていたら、昼休みに、山本華に拉致された。
会社員よりも学生が多い、ちょっと遠くのファーストフード店。
丁度良い具合にざわついていて、他人の会話に注意を払う人はいない。
「緊急事態発生?」
華が、ナゲットのソースの蓋を開けながら訊いてきた。
「何のこと?」
「瞼が少し腫れていて、化粧のりが悪い。酒か涙か……何があった?」
「あんた、ホームズか!?」
華の観察力が鋭すぎる。
あと、圧が強い。
問い詰めてくる華に押し負けて、つい、佑介とのことを話してしまった。
「それで、あっさり別れたの?」
「仕方ないよ。『可愛く甘えてくれて、一緒に居ると、頼られていると感じられる』女性が好みだって言うなら、私じゃ無理だ」
「でも、あそこでバレなければ、彼氏さんは、そのまま付き合うつもりだったよね?」
「でも、彼女さんは、そうじゃなかった」
花瓶に自分の名前の花を活けて、写真立てに髪の毛を巻き付けてまで、彼女は自分の存在を主張していた。そこまでされて、張り合う気持ちは、私には、なかった。
「大学に残った彼と、社会人になった私とで、見る方向が違ってきたんだよね。こんな風にすれ違って」
両手の人差し指で、すれ違いを表現してみる。
交差させた二本の指が、×の字に見える。
これは、あれだ。気持ちがすれ違っちゃえば、もう駄目だってことだよね。
華にそう伝えると、一瞬きょとんとした後に笑ってくれた。
「じゃぁ、気持ちが通じ合っているってのは、あれかな?」
「うん。異星人とコンタクトできる奴」
指先しか触れ合っていなくても、それだけで、心が通じ合う様な。そんな関係が、いい。
「触れ合っただけで全て通じちゃったら、浮気できないし」
「まぁ、誠実さが大切って事よね」
苦笑いを浮かべて同意した。
「きっぱりさっぱり別れたら、新しい恋が待ってるよ」
「まだ、そういう気分になれないけどね」
「芽唯には、誠実なイケメンを紹介させて」
「ありがと。その気になったらね」
その後、華から、コンビニで買ったプリンを貰った。
白いプリンは、ふわっととろけて、甘さが眼にしみた。
ゼミでお世話になった教授から連絡があって、学生達に、就活の心構えや会社の話をして欲しいと頼まれたのは、翌週のこと。
「浮かない顔だね」
華がさっそく突っ込んでくる。
「学生枠に、あの二人が入っていてね」
「そりゃ、大変だ。断るわけにはいかないの?」
「先生にはお世話になったし。私が学生の時も、先輩達のアドバイスが、就職活動に役立ったから。今度は、私の番だとわかってるんだけど……」
「あー、わかる。仲の良いところを見せつけられて、嫌味な事を言われるんだよね。ドラマみたい。ちょっと見てみたい気もするけれど」
「他人事だと思って」
「やり返せばいいじゃん。こっちも負けずにラブラブなところを見せつければいいのよ。……うちのイケメン君を使って」
イケメンは使いようだよ。と言いながら、華がスマホを操作しだした。
「悪い顔つきになってるよ」
注意すると、
「これが本性」
と開き直られた。