9.国境〜馬車にて
全員が国境の門をくぐったところで、隣にいたレオンハルト王子殿下が指先をパチンと鳴らした。その音と同時に三十人の手足に見えていた光が消えた。それは拘束魔法が解けたことを意味する。これで彼等は自由だ。
それにしても今の動き……。
リューディアはそっと隣にいるレオンハルト王子殿下の顔を見る。向こうも気づいて微笑んでくる。
「約束通り彼等の拘束魔法は解きました。では行きましょうか」
いとも簡単に告げてきたがこの王子殿下は一人で三十人分の拘束魔法を行使していたというのだろうか?そうだとすればかなりの魔力の持ち主である。
それこそ『聖女』なんていらないんじゃないだろうか?
そう言えば三十人の捕虜もこの方が捕まえたとかなんとか。皆、大きな怪我もなかったようだし、一体どうやって捕まったのか?こちらも騎士や兵士として対峙されたら迎え撃つはずだ。何もせずに投降するということはないはずだ。
ならばそれなりの怪我があってもおかしくないのだが。
それかよほどの「差」があるのか。
ぱっと見たところ背は高いがそれほどがっしりといった身体ではない。どちらかというと細身の部類だ。多分鍛え上げられてはいるのだろうが。
剣力もそうだが、先程の拘束魔法から推測するに、魔力もかなりのものだろう。あれだけの人数に同時にかけているのに、なんら疲れなどなさそうだ。一体どれだけの魔力量があるのか。
さらにこの王子殿下は『獣人』のはずだ。
何の獣かは知らないが、先程からのノアとブラウの態度から察するに間違いなく大型の獣だろう。二人がここまで警戒するのは初めてだ。大丈夫だとは思うが気を引き締めないと。
リューディアは一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「よろしいですか?」
レオンハルト王子殿下の優しい声色にハッとして顔を上げる。手は取られたままだ。
「あ、はい、大丈夫です」
そう返事をしながら一歩踏み出す。
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リューディアは混乱していた。
今は馬車の中にいる。とても広くてゆったりとした造りの馬車だ。舗装されてない道を走っているはずなのにそれほど揺れていない。車輪などの強度が違うのか。
座面も質が良い生地で、座り心地はとても素晴らしい。
両隣にノアとブラウが護衛も兼ねて座ってくれている。三人並んで座っていてもとても余裕がある。いつもなら二人と一緒の馬車はとても安心なのだが、今日は安心よりも違う感情が勝っている。
――――どうして?
先程からリューディアの頭の中はその言葉で埋め尽くされている。多分ノアとブラウも同じだ。その原因は目の前にある。
何故か同じ馬車にレオンハルト王子殿下も乗っているのだ。
何で?
どうして捕虜扱いの平民と王族が同じ馬車に?
サナハト補佐官も乗っている。が、彼は補佐官という立場上王子殿下と一緒の馬車に乗っていても何ら不思議ではない。それなりの高位貴族でもあるはずだ。
だが我々三人は普通の平民であって。馬車もよくよく見るとこの馬車の他に何台も連なっている。一番豪華なのはこの馬車だ。王族がこの馬車にしか乗られないというのなら、私達は別の馬車でも良かったのではないだろか。
チラッと顔を上げて向かい側を見るとレオンハルト王子殿下と目があった。途端にニコッと笑顔を見せられる。ま、まぶしい!
ノアとブラウは姿勢良く座ってはいるがずっと警戒している感じだ。ピリピリした感情が伝わってくる。間違いなく『獣人』としての警戒信号だ。身分云々の関係で声を出せないでいるだけで、言いたいことがあるのはわかる。
三人だけだったら聞けたのに。
多分スーラジス王国の王都に向かっているのだろうが、何日くらいの移動なんだろう。ずっとこの五人で移動なのかしら。だとしたらかなりの緊張感なんだけどな。
うーん、と考えていたことが顔に出てたのか、レオンハルト王子殿下の方から話しかけてきた。
「何か聞きたいことはありますか?」
とてもにこやかに、そして優しい声が響く。ならお言葉に甘えて。
「いくつかお伺いしても?」
「もちろん。お答えできることでしたら」
つまりお答えできないことは言わない、と。まぁそうですよね。ふぅと一息ついてから声を出す。
「まずはどちらに向かっているのでしょう?」
それは私から、とサナハト補佐官が手を挙げる。
「この馬車は王都ハージスに向かっています。状況にもよりますが大体二日から三日ほどの移動とみております。今夜はもう少し進んだところの街にて宿泊予定です」
最終目的地は王都ハージス、と。
「その移動の間はこのように五人で移動でしょうか?」
私の質問にレオンハルト王子殿下もサナハト補佐官も少し驚きの顔を見せた。レオンハルト王子殿下が苦笑しながら答えてくる。
「……お嫌ですか?」
「い、いえ!そうではなく!私達のような身分のようなものが王子殿下と同じ馬車など……」
慌てて否定すると
「それは気になさらずに。できれば一緒の方が助かるのですが」
「わ、わかりました」
そうですよね、捕虜なのですから逃げないように見張られているのですよね。仕方ないのですよね。
「もし、あれでしたら」
少し考えていたレオンハルト王子殿下が声を出す。
「五人は狭いとお思いでしたら他の馬車に移動させますよ、サナハトとそちらのお二人を」
――――は?
今何て?サナハト補佐官と二人を移動?そちらの二人ってノアとブラウのこと?は?
その三人が移動ということは、この馬車に私とレオンハルト王子殿下と二人になると言う事?いやいやいやそれはないでしょう。どうしてそうなる?
「あ、あのもう一つお尋ねしますが、私って捕虜なんですよね?そんな価値はないと思ってはいるのですが、あの三十人との交換で来た捕虜、という扱いでいいのですよね?」
あまりにも捕虜らしからぬ対応に戸惑っているというのが本音だ。
「……捕虜……そうですよね…」
先程までの声とは違う低い声で反対に確認される。するとサナハト補佐官がスッと手を挙げた。
「捕虜でもありますが、その他の役目もございます。馬車の中ではなんですので、あとの詳しいお話は本日の宿屋で」
わかりましたと声を出そうとすると、馬車の速度が少しずつ落ちてきた。
「今夜の宿泊地に着いたみたいですね。まずは一休みしましょうか。お話はその後で」
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