82.最終話
一ヶ月の眠りから覚めて五日、とりあえず自分で起き上がれるようになり、声も普通に出せるようになった。
――――なった、なったんですけど……。
何故レオンハルト様の膝の上に座らされているのだろう。
「はい、リュー、熱いから気をつけてね」
「……レオ様、自分で食べられますから……」
だめ、ととても嬉しそうな楽しそうな笑顔でスプーンを口元に運ばれる。
天蓋付きのベッドで、レオンハルト様の膝上に彼に寄りかかるように座らされて、後ろから回された手には粥の入った皿とスプーン。子供のように、はい、あーん、と言わんばかりに口元にスプーンが運ばれる。
どれだけ自分で食べるといっても聞き入れてくれないので、もう半分諦めモードで口を開ける。
目覚めたはいいけれど、流石に一ヶ月以上動いていなかった身体は中々いうことをきかず。昨日からどうにか自力で動いて起き上がれるまでに回復した。
食べ物もいきなり普通の物は無理だろうということで、重湯から始めて今日は粥だ。王宮の料理人の方が色々と工夫してくれて、食べやすい味や柔らかさになっている。
レオンハルト様はお仕事があるにもかかわらず、どんなに忙しくても食事の時間はこの寝室に戻ってきて、こうやって私の介助をして、またお仕事に戻っていく。何だか申し訳ない。大丈夫だから、ノアとブラウもいるので、と言っても
「好きでやってることだから気にしないで」
と、爽やかな笑顔で言ってくるので断れない。
昨日の昼間に王妃様と王太子妃ヴィラス様、第二王子婚約者ランティア様が尋ねてきてくれたが、その時も
「まだ起き上がるのはつらいだろうから」
と膝上に座らされた。三人はあらあらと笑って流してくれたが、私はとても恥ずかしかった。
三人共『獣人』の愛の重さはわかっているので、何も言わずにいてくれたことは助かったが。
その時に私が眠っていた一ヶ月の間にあったことというか、進んだ話を説明してくれた。
ナーヤス王子は強制返還の上、以後スーラジス王国へは入国禁止、ハリーナ王国でも身分剥奪の上、一生涯幽閉状態。すなわち彼はもう「王子」ではなくなったということだ。
そしてレオンハルト様を傷つけたマティス・ダナン侯爵子息は帰国すら出来ず、スーラジス王国内での処刑が決定した。したというよりももうすでに実行されていた。
他国(しかも格上)の王子に対する殺人未遂だ。私がいなければ未遂ではなかっただろう。ハリーナ王国の王族もダナン侯爵家も何も言えるわけもなく、私が眠っている間に全て終わっていた。
最後に私に会いたいと言ったらしいが、レオンハルト様が許すわけもなく。
さらにスーラジス王国としてハリーナ王国に対していくつかの条件を出した。
まずは国王の交代。今の国王は退位し、第一王子が国王となる。ただしスーラジス王国の属国となること。スーラジスから何人かの文官や武官が派遣され、全てのことにおいてこちら側の指示に従うこと。
従わない場合は武力行使となり、現在の王族は全て排除することになると宣言し、どちらかを選べと。
現在のハリーナがスーラジスに敵うわけもなく、全ての条件を受け入れた。国王は退位し、第一王子が即位した。華々しい即位式などは一切行わず、各国への文書だけで済ませた感じだ。
第一王子とはあまり顔を合わせたことはなかったが、ナーヤス第二王子よりはまし、と思っていたのでなんとかなるだろう。スーラジスからの派遣の者もいることだし。
あとハリーナ王国の『聖女』『聖者』について。
結論から言えば、現在認定されている七人はそのままだ。今までの分お仕事をしてもらおう、とのこと。まぁ解消方法も私が言わなければ誰もわからないので。
でもあの七人がいくら頑張っても力が足りないことはわかっているので、近くガイ大司教が派遣されて、ハリーナ王国内で他に『聖女』になり得る者がいないか選定してくると言う。基本的な選別方法は変わらないようなので、お試しに近いが光魔法の魔力が強い者を見つけてくれるらしい。何人か選ばれればいいな。
その人達には私の知っていることを伝えるつもりだ。
これで二国間の事は落ち着いていくだろう。
「どうかした?」
レオンハルト様の優しい声が聞こえる。今日のお仕事も終わり、私への給餌も終わり、あとは寝るだけの状態で部屋に入ってきた。
そう、もう動けるようになったにもかかわらず、何故かまだレオンハルト様のベッドにいる私。自分の部屋に戻りますからと言っても聞き入られるわけもなく。
「まだ黒い部分あるでしょう?」
そう言って夜は添い寝状態のままだ。まぁそのおかげで日に日に髪色は戻っていってる。
でもいくら婚約者とはいえ、まだ結婚前なのに同室っていいのかと尋ねたが
「治療だから」
と、とても爽やかな、最高の笑顔で言われたら何も言い返せなかった。
レオンハルト様はベッドに腰掛けて、横になっていた私の髪を優しく撫でる。
「もう少しだね」
「……魔力も戻ってますから、もう大丈夫ですよ」
「だーめ、完璧に治してから。これ以上身体に負担かけないで」
「……わかりました」
前も過保護だと思ったがさらに輪をかけて過保護度が増したような気がする。
仕方ない、眼の前で崩れ落ちていくのを見たのだから。そして一ヶ月目覚めなかったのだから。その点は申し訳なかったと思っている。何せ初めて使う魔法だったし、どのくらい魔力が無くなるかも、その後どうなるかも知らなかったのだから。まぁこれでわかったから無理はしないことにしよう。
ヨッと言いながらレオンハルト様が黒獅子に変わる。相変わらずとても綺麗な毛並みである。軽い足取りで私の頭の方にやって来る。かなり大きな足なのに私を踏むことはない。自分も身体を少し起こす。黒獅子が座って形を整える。尻尾がトントンと私の背中を叩く。それが合図で私は整えられた黒い最高級の毛布に堕ちていく。
――――あー幸せだ。瘉されていくのがわかる。
そういえばと思い尋ねてみる。
「……ここに傷ありましたよね?」
左腕とお腹に傷跡があったはずだ。三年前にハリーナ王国で私が途中まで治療した跡が。それが今は無いように思える。それにこの前の刺し傷はどうなったのだろう。あれ?私途中で治療止めたっけ?いや、そんな余裕はなかった。
[全部綺麗に治ってた]
「え?」
レオンハルト様の声が頭の中に響いてくる。
[多分この前の治療の時に全部治ったんだと思う。加減できなかったでしょう?]
「確かに。綺麗になってましたか?」
[大丈夫だよ、どこに傷があったかなんてわからないくらいだ。なんなら確かめる?]
確かめる、には人間の姿で服を脱いでもらって……
「いえ!いえ大丈夫ならそれで……」
慌てて答える。黒獅子がフッと笑ったような気がした。
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「………」
「大丈夫ですか?リューディア様。締めすぎましたか?」
ノアが背中の紐を引っ張っている。所謂コルセットだ。普段の聖女の服なら着けていないのだが、今日はそうもいかないということでノアとブラウが頑張って締めている。
「コルセットは大丈夫」
「なら次はこちらを」
ブラウが持ってきたドレスは白い、とても綺麗で繊細なドレスだ。
――――そうウェディングドレスである。
あの事件から三ヶ月、私が目覚めてから二ヶ月。本日は私とレオンハルト様の結婚式だ。
あの謁見の間で確かに言っていた。
「三ヶ月後には結婚式を挙げる予定だ」と。
いやいや本当に挙げるとは思わないじゃないですか。ナーヤス王子に対抗しているだけだと思っていました。いや婚約者なのでそりゃあいつかはと思っていましたが。
早くないですか?
「こういうことは少しでも早い方がいいでしょう?リューの体調が戻らなかったら延期にしようかとも思ったけど、治ったしね」
あの毎晩の癒やしにはこういう理由もあったのかと。
ノアとブラウにされるがままに準備され、整ったところでノック音が聞こえた。相変わらずこういうタイミングはバッチリだ。
「入るよ」
そう言って入ってきたレオンハルト様も白い礼服に身を包んでいる。やっぱり格好いいなあと思っていると目の前に来た彼が微笑んできた。
「綺麗だ。似合ってるっていうか、誰にも見せたくないなぁ」
「……だめですよ、ちゃんと式をしないと」
「わかってる」
そう言いながら私の髪に口づけをする。大分慣れたけれどもやはり照れるものは照れる。
もう一度ノック音が響き、ノアが扉を開けると式場への移動を告げられた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
差し出された手に自分の手を重ねる。
「緊張してる?」
「当たり前じゃないですか」
「疲れたら癒やしてあげるからね。未来永劫リューを癒やすのは私だけだよ」
レオンハルト様がウィンクをしてくる。私も微笑みながら返す。
「よろしくお願いいたします」
そうして二人は一緒に歩き出した―――――
本日もありがとうございます。
そして82日間毎日更新にお付き合いくださり誠にありがとうございます。
これで完結となります。
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次回作は短編になるかな、と思いますので、もしよければそちらもよろしくお願いいたします。
では、また。




