78.謁見の間にて extra
今回は74話から77話までのレオンハルト視点となります。
血の表現が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
「レオンハルト様、ちょっと」
部下の騎士に声をかけられた。
「リュー、ここでちょっと待ってて。今ノアとブラウも呼んだから。動いたらだめだよ」
「はい」
リューディアにここから動かないようにと声をかけてから、部下が集まっている所に向かう。一人にはリューディアの侍女であるノアとブラウを呼んできてもらうように頼んだ。
とりあえずはあのくそ腹ただしいナーヤスを抑えられたのは良かった。これであいつが何かを言ってくることはないだろう。あとは父上に任せてハリーナ王国との交渉次第だな。
まあ間違いなくスーラジスには以後入国禁止にはなるだろうな。リューディアにとっての害悪は全て取り去っておくに限る。
部下の騎士達三人が何だか慌てている。
「どうかしたのか?」
「あ、すみませんレオンハルト殿下。それが……」
「何だ?」
「短剣が見当たらないのです」
「短剣……ナーヤス王子が持っていたやつか?」
「はい。押さえつける際、短剣を落とさせたのですが、身体の確保に集中していて、すぐに短剣の確保ができなかったようです。それで先程から探しているのですが、現在まだ発見しておりません」
「……落としたのは間違いないのだな?ならもう一度」
探して、と言おうとした時にリューディアに近づいていく輩が目に入った。
あの騎士か!
油断した。そういえばあの騎士もリューディアの方を見ていた!何かを話している。急いで彼女の元に向かう。横顔しか見えないが、リューディアの顔が強張っているのがわかる。一歩後ずさっている。
畜生!何故彼女の元を離れてしまったのか!速足で駆け寄る。あの騎士の右手に光るモノが見える。あれは先程ナーヤス王子が持っていた短剣ではないか?
あの騎士が拾ったのか、なら探してもないはずだ。
まずい!リューディアに向かっていく!
間に合え!
騎士とリューディアの間に飛び込んだ。
間に合った、か?
そう思ったと同時に左脇腹あたりから痛みが走る。痛いと思う気持ちよりも、間に合って良かったという気持ちが勝る。
目の間に驚いた顔の騎士が見える。そりゃあそうだな、いきなり私が現れたのだし、刺されたのも私だ。リューディアを傷つけさせはしない。短剣が抜かれた。カランという音と共に床に落ちたのがわかる。
刺された箇所を手で押さえる。大丈夫だ、これくらいの傷なら今までいくらでも受けてきた。
「………オ様……レオ様!」
リューディアの叫び声が聞こえる。あぁ心配させるつもりはなかったのに、そんな顔をしないで。
周りのスーラジスの騎士達も気づいてあの男を取り押さえている。もうこれで心配はないだろう。押さえつけられているにもかかわらず何かをわめいている。何だ、こいつは?
「っ離せ!私とリューディア様は思い合っているんだ!」
思い合っているだと?誰と誰が? 何を言っているんだこいつは。思わず声を出した。
「………お前などにリューは渡さない。リューはお前の事など思ってはいない」
「…っそんなことはない!リューディア様はあの時私に微笑みかけてくれた!私のために……」
「それは『聖女』としての仕事だ。お前だけのためではない」
やはりあの捕虜交換の時からか。くそっ!もっと警戒していれば。リューディアも否定している。当たり前だ。とにかくもう捕まっているのだから、安心か、そう思った瞬間、目の前が見えなくなった。暗い。
口の中に血の味が広がる。何故だ?刺し傷だけならここまではこないはずだ。まさか……。
考えている最中にも身体から力が抜けていくのがわかる。不味い、立っていられない。足が勝手に崩れ落ちていく。心配するリューディアの声が遠くに聞こえる。
「医療師を呼べ!毒だ」
ジークハルト兄上の声だ。あぁやっぱり毒か。傷口を押さえている手の指の間にから血が流れているのがわかる。止まらない。
こんな時でも刺されたのリューディアでなくて良かったと思ってしまう私はつくづくこの目の前の女性に堕ちてしまったのだな。あぁでもとても心配そうな顔だ。そんな顔をさせてしまった自分に腹が立つ。
「……リュー…」
あぁ声がかすれてしまう、息が苦しい。押さえてない方の手を伸ばす。心配しないでと伝えたい。
「レオ様!レオ様!」
自分が伸ばした手を取ってその優しい手で包んでくれる。
「……大丈夫だから」
その一言を言うのが精一杯だった。魔力が流れ出て、一気に気を失い、『獣化』したのがわかった。
どのくらいの時間が経ったのかはわからないが、意識の奥底でとても温かい、居心地の良い光に包まれている感じがする。
先程までの息苦しさが消えてきた。この優しい光は前にも感じたことがある。少しだけ身体が楽になり、目を開けた。
そこに飛び込んできたのはリューディアだ。目が合った気がした。今度は瞼あたりに温かいものを一瞬感じた。と同時に優しい声が響く。
「もう大丈夫です、そばにいますから。必ず治します」
あぁリューディアが治療してくれているのか。すまない、助けたつもりが助けられているとは。戻ったらお礼をしなければ。何をしよう。もう邪魔をする者はいない。
リューディアの喜ぶこと、嬉しいこと、欲しいものを聞こうか。これからずっと一緒なのだから、一つずつ叶えていこうか。
どんどんと身体の痛みなどはなくなり、魔力も戻ってきたように思える。魔力不足による強制的な『獣化』が解除され、人の形に戻った。
「…………ん」
声も出る。
「ゆっくりでいいですよ。どうですか、身体は動きますか?」
リューディアの優しい声だ。腕も動く。顔に手をあて確認する。起き上がろうとするとリューディアが背中に手をおいて、補助してくれた。
「………リュー」
あぁ声が出る。ありがとうと伝えようとしたその時、それは目に入ってきた。
「……リュー、その髪は……」
「え?髪」
本人は気づいていないのか?レース編みの布から見える髪の毛。その髪色、と言おうとした時にそれは起こった。
目の前でリューディアの瞳が閉じられ、一気に倒れ込んできた。
「リュー!リュー!」
自分の意識は一気に覚醒した。崩れ落ちてきたリューディアを抱える。口元に耳を近づける。息はある。でも問いかけに対する反応がない。全くと言っていいほどにない。
そして倒れ込んだ拍子に頭からかけていたレース編みの布が落ちる。そこで目に入ってきたのは見事な黒髪だった。それを見た誰もが息を飲んだ。
あれほど綺麗な、銀に近い白髪が全て黒くなっている。
確かに魔力を使ったら黒くなるのは知っている。だがいつもは一房程度であって。近くにいたリューディアの侍女の二人を見ると彼女らも驚いている。
「ノア、ブラウ、ここまでになったことは?」
声をかけると、ハッと気づいた二人が首を振る。
「ないんだな?」
「ありません」
「意識を失ったことは?」
「ありません」
二人がこう答えるということは、この状態はかなりイレギュラーだということだ。とりあえずこのままここにいてはだめだ。リューディアを抱え上げる。
「レオンハルト!どういうことだ?」
父上が尋ねてくる。
「わかりません!とにかく部屋に連れていきます」
「お前はもう大丈夫なんだな?」
「はい」
ノアとブラウに付いてくるよう促し、謁見の間を出た。
本日もありがとうございます。
ちょっと裏側を書いてみました。次話からはリューディア視点に戻ります。
明日も更新予定です、お待ちしております。




