77.謁見の間にて 11
どれだけの時間が経ったのだろうか。まだ短い時間のはずなのだが、とても長く感じる。とにかく光魔法をかけ続ける。
まだ子獅子の姿のままだが、息の仕方は落ち着いてきたように思える。が、手応えはない。まだ毒が残っているようだ。傷は大分塞がり、流れ出る血液も少なくなってきている。もうすぐ止まるだろう。あとは解毒だ。
何の毒か、種類も強さもわからない。ただダナン侯爵子息は『王家の毒』と言っていた。見たことはないが聞いたことはある。
ハリーナ王国の王族のみが使えるモノがあると。かなり強毒でほぼ即効性のモノだと。
相手に使うこともあれば、何かあった時に自分で使うこともある。そのためには即効性でないとだめだとも。
多分その毒で違いないのだが、どんな成分かはわからない。本来なら人の身体に入った時点でもうだめなのかもしれないが、レオンハルト様は『獣人』で身体も鍛えている。もちろん精神力も強い。だから今現在まだ大丈夫だ。
だから間に合うはずだ。自分に言い聞かせる。
前大神官様の時も同じ毒だったのかもしれない。あの時はそばにいられなかった。そばにいたらこうやって治療できていたかもしれない。
今は違う。そばにいる。
絶対助ける!
一度魔法を解き、子獅子の身体を確認する。うん、血は止まった。でもまだ解毒が終わっていないから内部はわからない。もしかしたらまた傷口がひらくかもしれない。
もう一度魔法をかけようとした所で一瞬だが子獅子の目が開いたような気がした。自然と微笑み、瞳のあたりに口づけをして、声をかける。
「もう大丈夫です、そばにいますから。必ず治します」
一度深呼吸をして、両手を合わせて胸の前で組む。光魔法を発動させる前にいくつかの呪文を唱える。組み合わせて、魔法の性能を上げる。知識としては覚えていたが、使うのは初めてだ。
自分に大丈夫だと言い聞かせる。
呪文を一つ唱える毎に自身から発する光が強くなっていくのがわかる。自分ができる最大にして最高の光魔法。
「………回復・解!」
ドン!という音が聞こえたような気がした。
自分だけでなく、子獅子も光に包まれる。周りにいる者達は声が出ない。真剣に二人を見ている。誰もその場を動かない、動けない。邪魔もせず、二人を見守ってくれている。
とにかく祈り続ける。回復を祈りながら光魔法をかける。
毒は身体全体に回っているだろう。切り傷などを治療する場合はとりあえずその傷口に集中的に魔力を注ぐが、毒の場合は一箇所ではなく、身体全体に魔力を注ぎ込む。頭からつま先まで、今は子獅子の姿だから耳の先から足の先までといった感じだ。
どれだけ祈っていたのだろうか、中々反応がなかったが、やっと少しだけ手応えがあった。もうちょっとだ、もうちょっとだけ、と光魔法をかけ続ける。
大丈夫だ、レオンハルト様なら。
こんな場合は本人の治りたい意思の強さにもよる。レオンハルト様が治りたくないわけがない。絶対に戻ってくる。私を置いていくはずがない。
自分の魔力が危険な状態なのがわかる。汗が止まらない。でもやるしかない。私しかレオンハルト様を助けられないのだから。
お願い、もって、私の魔力。
そう願った。しばらくするといつもの治療完了を示すコン、という感覚があった。
スッと瞼を動かすと目の前の子獅子の輪郭が変わり、立派な黒獅子になった。さらに魔力を注ぎ込む。黒獅子だった輪郭は崩れ、人の形に戻っていく。レオンハルト様が現れた。
まだ意識は戻っていないが、ここまで来れば大丈夫だ。大丈夫だと言い聞かせる。周りの人達も黒獅子から人の形に戻ったことで、ホッと一息ついたのがわかる。
最後にもう一度だけ祈りを捧げ、魔力を入れる。
「………ん」
か細いがレオンハルト様の声が聞こえた。ゆっくりと瞼が動く。
「ゆっくりでいいですよ。どうですか、身体は動きますか?」
私の言葉が聞こえたのか、目だけを動かしてこちらを見たかと思うと手が動きだした。確かめるように自分の顔にあてている。ゆっくりと息をしてから上半身を起き上がらせている。背中に手をあてて補助をする。
ここまでくればもう大丈夫だろう。周りからも安堵の声が聞こえる。自分も強張っていた身体をほぐす。
まだ事態を把握しきれていないレオンハルト様が私の顔に手を伸ばしてくる。
「………リュー」
とても優しい声が身体中に染みる。本当に良かった。
「……リュー、その髪は……」
「え?髪」
髪が何か、と尋ねようとした所で自分の身体がガクンと落ちる感じがわかった。
あれ?どうした?私。
そう思ったのもつかの間、身体に力が入らない。瞼さえ自分の思い通りにならない。声も出せない。
レオンハルト様が何かを叫んでいる。何を叫んでいる?何も聞こえない。何も見えない。レオンハルト様の腕に抱えられて、私は意識を失った。
頭から被っていたレース編みの布がハラリと床に落ちた。
皆の視線がそのレース編みに隠れていたリューディアの髪の毛に集まった。
あの見事な銀色に近い白髪が全て黒色に変わっていた。
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