76.謁見の間にて 10
この話には血に関する表現が出てきます。
苦手な方は気をつけてください。
「レオ様!」
目の前に黒獅子が現れた。が、大きくない。いつも癒やしてくれる時の大きさがない。倒れ込むように寄りかかってきた。ゆっくりと横たわらせる。息が荒い。
傷を確認しようと黒獅子から身体を起こす。
「………え?」
思わず声が出た。自分の手やドレスが真っ赤に染まっている。もちろん自分の血ではない。
短剣に刺されただけでここまでの血が流れるものか?いくら刺された短剣を抜いたとは言っても長剣とは違い、刃の部分はそんなに長くない。傷も大きくないはずだ。
なのにどうしてここまでの血が流れ出る?今も黒獅子の身体から流れているのか、床の血溜まりは広がっている。自分の赤い手を見ていると上から声が掛けられた。
「リューディア嬢!」
ジークハルト様だ。気を取り直してそちらを見る。
「リューディア嬢、すまないがそこを空けてくれるか?今医療師が来る。多分だが短剣に毒が塗られていた。毒の種類はまだわからないが、レオンハルトの身体中に影響を及ぼしているのは間違いない。あと血液が止まらないのもそのせいだ」
「………血液が止まらない…」
呆然としていたのだろう、何度かジークハルト様に声を掛けられた。だが私の耳には届いていない。
レオンハルト様の横に座り込み、その黒獅子姿を見ている。血液が止まらない?いくら『獣人』とはいえ、致死量の血液が流れでたら終わりだ。それに毒にも身体を蝕まれているのならよけいにだ。
「………様!リューディア様!」
ハッと意識を戻すとノアとブラウの姿が目に入った。呼ばれて来てくれたのだろう。
「リューディア様、こちらへ。今医療師の方が」
ブラウが手を出してきた。医療師?レオンハルト様を治す?
――――自分は?自分は何だ?
そう自分に問いかける。そうだ『聖女』だ。治す力を持っている。レオンハルト様を治すのは他の誰でもない私だ!
「リューディア嬢、医療師が来たから」
ジークハルト様が声を掛けてきた。私はその言葉を遮り叫ぶ。
「私が治します!」
皆が驚く。確かにこの状態では私が治療できるとは思わないだろう。
「しかし、リューディア嬢、君は」
「大丈夫です。ノア、ブラウ、そこにある白い布取ってくれる?」
この場に来るときにレオンハルト様にかけてもらった白いレース編みの布だ。このバタバタで落としていた。頭から掛けてもらう。
「は!?何をするのですか?リューディア様!そんな者などほっておけばいいんですよ。さぁ二人で帰りましょう」
ダナン侯爵子息は押さえられながらも、まだ私を誘う。私は彼の顔を一瞬見るがそれどころではない。私の気持ちがわかってくれたのか、ヤリアス騎士団長が指示を出すと三人がかりでどこかに連れていかれた。
これで集中できる。私は改めて黒獅子に向き合う。傷の位置を確認しようと脇腹辺りを触ると傷があるのはわかった。ここか。
よし、と一度、深呼吸をする。さあ、と思って手を出した瞬間、目の前の黒獅子はさらに小さくなった。もう子獅子の姿に近い。これはもしや、前にレオンハルト様が言っていたあれか。
『純粋に魔力が足りなくなったからだな。獣人は普段人間の姿になるのに少しだけだが魔力を使っている。それは微々たるもので気にするほどではないのだが、こうやって怪我などで血が流れると一緒に魔力も流れ出てしまう。そうなると人間の姿が保てなくなるんだ』
黒獅子どころか子獅子にまで戻ったということは。
後ろでジークハルト王太子殿下も顔色が悪くなっている。同じ『獣人』として事の重大さがわかったのか。
ためらっている暇などない。
もう一度傷の場所を確認する。すでにレオンハルト様の血がついて赤くなっている両手をかざす。
深呼吸を一つ。
後ろを向いてノアとブラウを確認する。二人とも心配そうな顔をしている。大丈夫と言い聞かせるように微笑みながら話しかける。
「大丈夫。あとは頼んだわね」
二人とも意味をわかってくれたのか、姿勢を正し、お辞儀をする。
子獅子の息が荒い。時間はない。
一気に行くしかない!
『回復・最』
かざした両手から眩しいくらいの光が発せられる。
とにかくまずは血が流れ出るのを止める。普通の傷なら表皮を塞げば止まるのだが、今回の場合は違うだろう。
傷で出血している、というよりも毒によって血液が固まらずに流れ出ているということだろう。ならば傷を塞ぐと同時に解毒も進めていかないとだめということだ。
どちらかだけ、は何度も治療しているが、両方同時は初めてだ。行けるか、と考えるよりもとにかく全力を出すだけだ。
その後がどうなろうとも――――――
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