71.謁見の間にて 5
「リューディアは誰のものでもない、もちろんハリーナのものでもない。というかもの扱いをするな」
とても落ち着いた低い声でレオンハルト様が至極当然なことを述べてくれた。確かに私は誰のものでもない。
「……っリューディアはハリーナの『聖女』だ!ハリーナで仕事をすればいいんだ!さっさとハリーナを元に戻せ!」
興奮状態はまだ治まらないのか。このままだと埒が明かない、どうしようかと思っているとこれまた低い声が響いた。レオンハルト様がナーヤス王子を睨みつける。
「本当に君はハリーナの王子なのか?ハリーナの代表としてここに来ているのだろう?言葉には気をつけたほうがいい。その上で言う。リューディアはハリーナの『聖女』ではない。それは君が先に言ったはずだ。あと覚えてないのかもしれないから一から説明したほうがいいかな」
「……何を説明……」
「リューディアの身分について、だ。忘れてはいないと思うが、彼女はスーラジスに入る際、二国間の取り決めによりハリーナでの肩書きや身分を全て放棄してきたはずだ。それによってリューディアはハリーナの貴族との養子縁組も解消して、『聖女』の肩書きも解消してこちらに来ている。ただの平民のリューディアだ。違うか?」
「…………」
「そしてそちらの騎士、兵士でこちら側の捕虜になっていた三十人との交換でこちらに来た。間違いないな?」
レオンハルト様が一つ一つ確認するように問いかける。確かにその通りなので、反論はできない。
「なので捕虜としてスーラジスに来たリューディアをこちらがどう扱おうとそちらには何の権限もないし、もちろん返せと言われたからといってはい、そうですか、と返す訳もない。それぐらいはわかるな?」
「………」
「さらに言うなればそちらが敗戦国だ、どの口が言う?」
レオンハルト様の睨みにもう何も言えなくなっている。格が違いすぎる。
「で、今の事を整理するとしようか。君はリューディアは『聖女』ではなかった、間違っていたから正しい、リューディアよりも上の『聖女』を連れてきたから交換しろと言う。だがその連れてきた『聖女』はリューディアよりも上どころか、光魔法も使えない女性だった。せめて今現在ハリーナにいた『聖女』を連れてくるならまだしも、借金をかたに断れないような娘を『聖女』に仕立て上げて連れてきた。そんなすぐにわかるような嘘でこちらをだまそうとしたこと、間違いないな?」
理路整然と諭すレオンハルト様に顔すら上げれないナーヤス王子。このことが全てを物語っている。
「……う、嘘ではない!私だって『聖女』を、あいつらを連れてこようとしたんだ!だが、皆無理だ、嫌だ、などというから仕方なく」
そりゃあそうだろう、あの貴族のご令嬢方が私との交換に行けと言われて来るわけがない。しかも捕虜扱いだ。絶対に来ないな……。ふぅと一息ついているとナーヤス王子がこちらをキッと睨む。
「そ、それに、お前は何だ!何でそんな所にいる?お前は捕虜だろう?捕虜なら捕虜らしくしていろ!何でそんな格好をしてそんな所にいるんだ!何故私より上にいる?!」
おっとそこを突っ込んできました。確かにそう思いますよね。ハリーナにいた時よりも格段に格好が違いますからね。さてどう説明しようかと思っていたらまたしてもレオンハルト様に遮れました。そしてグイッと腰を引き寄せられました。
「彼女が何故この位置にいるか?だな。私の婚約者だ、当たり前の位置だろう」
「……………は?」
あっけにとられた顔が凄いのですが。流石に予想外だったのか、ナーヤス王子だけでなく、ラナン宰相補佐官や大神官、マティス様に至るまで全てのハリーナからの使者の顔が同じだ。まぁそうなりますよね。捕虜扱いのはずの女が何故か王族の婚約者になっているのですから。私も反対の立場ならそうなることでしょう。
「……婚約者?」
確認するように呟いている。
「そうだ。リューディアは、あぁリューは私の婚約者だ。三ヶ月後には結婚式も挙げる予定だ。だからハリーナに戻ることなどない、ありえない」
――――――え?今何て言いました?三ヶ月後?え?
私も驚いてしまいそうになりましたが顔には出さないよう、平静を装う。レオンハルト様はもう一度腰を引き寄せてくる。あとで説明してもらおう……。
「………う、嘘だ!嘘だ!」
「嘘ではない。何故嘘をつかないとならない?」
ナーヤス王子の慌てっぷりとレオンハルト様の落ち着きぶりの大差が凄い。
「嘘だ!リューディアは私の婚約者だ!」
「だった、の間違いだろう?もう婚約解消はされている」
「そ、それにこちらに何の連絡もないではないか!」
「何故連絡などいる?リューはハリーナでの身分や肩書きなどは何もない。ハリーナの貴族であるならそちらに連絡しなければならないが、リューは平民だ。婚約を連絡や報告する義務などない」
「………」
あぁそれと、と付け加えるようにレオンハルト様が告げる。
「リューは私の婚約者だ。これから先、いくら王子とはいえ呼び捨ては許さない。そのつもりで」
ピシャリと言い切ったレオンハルト様をナーヤス王子は睨みつけている。
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