70.謁見の間にて 4
「………えが……」
ナーヤス王子は両手を握りしめて下を向き、何かを呟いた。そして顔を上げたかと思うと悪魔のような形相で叫び出した。
「お前が!お前さえ、戻ってくればいいんだ!リューディアァ!」
私に向かって指を差し、大声を出す。そしてリナに向かっても叫ぶ。
「そうだ!こいつがだめなら他の『聖女』を連れてくる!だからリューディアを返してもらおう!ほら早くこっちにこい!さっさと帰るぞ!帰って『聖女』の仕事をするんだ!」
もう目が血走っていて、かなり興奮状態だ。大丈夫だろうか?どうしようかと思っていると王太子殿下がヤリアス騎士団長に何か耳打ちをしている。了解とばかりに軽く頭を下げたヤリアス騎士団長はスッと動き出した。
動いたと思ったらあっという間にリナの近くに行き、何やら声をかけると二人でそっとナーヤス王子から離れた。ナーヤス王子は私の方を見ていたので彼等の動きには気づいていない。
とりあえずリナの安全が確保されたので少し安心する。興奮状態のナーヤス王子は何をしでかすのかわからない。それを確認したレオンハルト様が私の横から前に移動する。私を隠すようにしてナーヤス王子と対峙する形だ。
「お前!邪魔をするな!リューディアをこちらに渡せ!」
スーラジス王国の王子をお前呼ばわり……もうだめだ、この王子……。
「何故渡さなければならない?」
レオンハルト様の低い声が響く。あ、かなり怒ってますね……。
「な、何故って……リューディアはハリーナの『聖女』だ!ハリーナのために」
「リューディアはハリーナ王国の『聖女』ではなかったと先程言っていたではないか、違うか?」
国王陛下が冷たく告げる。確かに先程私のことを『聖女』ではなかった言っていた。自分が言っていたのにもう忘れたのか。
まぁ都合よく言っていただけですしね、そちらの考えた計画が都合よく進めば良かったのですが。
「あ、あれは、その……」
「仮にも一国の王子であろう?まさかこの私の前で嘘をついたとは言うまいな?」
国王陛下が睨みつける。もう笑顔など一つもない。ナーヤス王子はくちびるをかみしめている。後ろの大神官もオロオロしているだけだし、ラナン宰相補佐官はどうにかしようと考えているのか、もうどうしようもならないと悟ったのか無表情だ。あちら側にナーヤス王子を抑えられる者がいないのはわかっているし、彼が考えついた(かはわからないが)計画以外、何の計画もないのだろう。その計画が駄目だった時のことなど何も考えてなかったんだろうな、というのが見て取れる。
さてどうなる?
「………」
「もう言うことはないのか?ないならこの場はお開きとするが」
国王陛下が会談を終わらそうと右手を挙げて合図をしようとするといきなりナーヤス王子が動き出した。
私に向かって走ってきて、手を掴もうとしたのか腕を伸ばしてきた。
「………っおまえさえ」
そう言って私の前に駆けてきたナーヤス王子は私まであと数歩の所で後ろからヤリアス騎士団長に抑えられた。他の騎士達も周りに来ている。もちろん私の前にはレオンハルト様が立ち塞がっている。
後ろから羽交い締めにされていてもなお、叫び続ける。
「っ離せ!離せ!俺は王子だぞ!こんなことをして許されるとでも思っているのか!?離せ!」
周りから冷たい視線が飛んでいるのにも気づいていない。さらに大声は続く。
「リューディア!お前もお前だ!早く私を助けろ!さっさとハリーナに帰るぞ!来い!」
一体この人は自分を何だと思っているのだろう。そして私を何だと思っているのだろう。あれだけのことをしておきながら、この人の頭の中では私はまだ彼の婚約者で、ハリーナの『聖女』で、自分の言う事をきく相手で、こうやって言えば素直に付いてくるとでも思っているのだろうか?
そうだとすればかなり頭の中はお花畑だな。
どう対処しようかな、このままヤリアス騎士団長がずっと抑えているわけにもいかないしな。しかしむこうの騎士達も何もしてこないし、もうこの王子の事は見限っているのかもしれないな。ならば私も。
「何故私が助けなければならないのですか?抑えつけられるような失礼な態度をとっているのはあなたですよね?」
「………俺はお前を連れて帰るだけだ!早く来い!ハリーナでさっさと祈れ!『聖女』の仕事をさせてやる!いい話だろう?捕虜よりよっぽどいい話だ。そんな所に突っ立ってないで私を助けろ!こいつらを離させろ!」
させてやる、とかどれだけ……捕虜の方がよっぽどいいかもしれない。ふぅと溜息をついていると隣から何だ凄いオーラが出ているのが感じられた。
「そんな野蛮な男を離すことはできないし、リューディアを返すなどありえない」
「何だと!リューディアは私の、ハリーナのものだ!返せ!」
馬鹿な男のその一言で何かが切れた音が聞こえたような気がした。
本日もありがとうございます。
明日も更新予定です、お待ちしております!




