67.謁見の間にて
扉が開き、何人かが入ってくるのが見えた。向こうはまだ私に気づいていないようだ。
自国とは違う、落ち着いた感じの、でも明らかにこちらの方が厳かで重厚な造りに圧倒されているのか、あちらこちらを見渡している。
何というか、一国の王子には見えないというか、落ち着きがないというか。どう見ても王族の教育が失敗しているとしか思えないくらいだ。言ってはなんだが、彼が代表としてやって来て大丈夫なのだろうか?他にいなかったのだろうか?
…………いないか。皆同じような感じだったな。
入って来た人達を確認する。ナーヤス第二王子を筆頭に大神官とラナン宰相補佐官。そして女性が一人。六人の『聖女』のうちの一人かと思ったが、頭からとても厚いヴェールをかぶっていて、顔が全くみえない。誰だろうか。
歩きづらいのか騎士の方に連れられているような形だ。あのヴェールだと前は見えないだろう、足元だけしか視界がないのではないだろうか。あんな正装は見たことがない。
そしてよくよく見るとその『聖女』の方を誘導している騎士に見覚えがあった。えっと名前はなんだったっけか。しばらく頭をフル回転させて思い出す。
「あ」
思わず声が出てしまった。小さい声だったので聞こえたのは隣のレオンハルト様だけだったようだ。顔を近づけてきた。
「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
小声で会話する。
思い出した、マティス・ダナン侯爵子息だ。
スーラジス王国に捕虜として捕まっていた三十人のうちの一人。あの中では一番身分が高く、国境の所で挨拶を交わした男性だ。
ある意味あの侯爵子息がいたからハリーナ王国は交換条件に応じたわけであって。今の私にしたらとてもありがたい存在ではあった。彼がいなければあの変則的な交換は成り立たなかったかもしれない。ダナン侯爵家からの王家への嘆願もかなりのものだと聞いていたから。
心の中でありがとうございますと唱えてみた。すると彼はこちらを見ていた。私に気づいたらしく『聖女』を誘導しつつ、ニッコリと微笑んできた。ちょっと驚いた。
グイッと腰が引き寄せられた。ん、と思ったらレオンハルト様が彼を睨んでいる。ん?どうして?と考えていると声が聞こえた。
「王子だけじゃなかったのか……」
どうやら侯爵子息も、と思ったのか少し不貞腐れたような、怒っているような。嫉妬?私はレオンハルト様に微笑みかける。
「大丈夫ですよ、私はここにいますから」
「もちろん。絶対に渡さない」
ハリーナ王国一行が定位置についた。
ナーヤス王子がこちらを見て私に気づいた。目を見開いて動きが止まっている。そりゃあ捕虜として行ったはずの女がこんな綺麗な服を着て、王族の位置に立っていたら驚きますよね。
しかもハリーナ王国では用意できないようなドレスに宝石。平民の女が着るようなものではないですしね。着てる本人も思ってますから。でもそんなことは顔に出さずに静かに立つだけです。
ナーヤス王子以外は頭を下げている。王子はこちらを見ていてぼおっとしている。周りの空気を読めないのは相変わらずなようで。
先程引き寄せられてただでさえ近いのに、さらにグイッと引き寄せられた。もう密着と言ってもいいほどだ。その行動にやっと周りの様子に気づいたのかナーヤス王子も前を向き、頭を少し下げた。
王子としては頭を下げるなどと思っているかもしれないが、ここは大国スーラジス王国。格が違うし、数ヶ月前には敗けてますしね。下手なことはできないですし、多分所作は叩き込まれてきたことでしょう。
これ以上自国を混乱させるわけにはいかないでしょうしね。
「この度はハリーナからの謁見の申し出を受けてくださりありがとうございます。ハリーナ国第二王子ナーヤス・フォン・ハリーナと申します、以後お見知り置きを」
「スーラジス国国王のカールハルトだ。時間もあまりないことだ、用件を聞こうか」
何の飾りもないただの挨拶だけで流した。そのことにナーヤス王子は気づいているのか。普通なら隣国までやって来た使者に対して長旅を気遣う言葉などを交わすのだろうが、それすらない。
この前の『家族の団欒』時とは全然違う雰囲気の国王陛下にこの場の全ての者がひれ伏しているといった感じだ。流石としかいいようがない。さてどのように申し出てくるのか。
「は、はい。先日の和平交渉の際の条件についてなのですが、不手際がありましたので……」
「不手際?条件が何か?敗けたそちらが全てを呑み、終わったはずではないか?」
「そ、それなのですが、その」
大丈夫なのだろうか、この王子は。心なしかナーヤス王子の後ろにいる者達も段々顔色が悪くなっていくように見える。『聖女』だけは顔が隠れているから読めないが。本当に誰なのだろうか。
大神官に何か囁かれたナーヤス王子は、わかっている!っと、この場の雰囲気も読まずに声を出している。
「では申し上げます。交換条件の『聖女』が間違っていたのです!」
本日もありがとうございます。
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