59.教会にて
「サラ、こちらは片付けてもいいかしら?」
「あ、はいもう大丈夫です。お願いします」
「了解」
教会で行っていた今日の奉仕活動は終わりの時間だ。いつも通り十人前後の方を治療した。
「今日は急患がいなくて良かったですね」
一緒に片付けていたメイラがホッとしたように呟いた。
「そうね、いないにこしたことはないわね」
私の言葉にノアとブラウも頷く。もちろん二人も片付けを手伝ってくれている。この二人が一緒じゃないと教会にも来られないからだ。
あの奥庭での出来事から数日、婚約者(仮)の時でも中々だったが、婚約者(真)になってからはさらにレオンハルト様の行動がエスカレートしているような気がする。
まず朝食と夕食はよほどのことがない限り一緒に。流石に昼食はお仕事の関係があってタイミングが合わないことが多いが、たまに一緒にとお声がかかる。
王族なので夜会など出席しなくてよいのかと尋ねた所、「リューと一緒にいるほうが大事だから」と断っているという。なら私は出なくてよいのかと尋ねると「もう一回見せたし、これ以上リューを見せる必要なくない?」と。
いいのだろうか……。ハリーナ王国ではあの第二王子はとにかく色々な夜会に出ていたはずだ。「俺は王子だからな。色々な所に顔を出さないといけないのだ」と言って私以外の女性をエスコートして。
その度に貴族の方々の間では噂になっていたようだが、ナーヤス殿下自身が気づいてないし、国王陛下や王妃もたしなめることもしなかった。
貴族内ではそういうものだという認識にいたったらしく、誰も何も言わなくなっていった。最初の頃はわざわざ私に忠告しにくるご令嬢もいたが、私が第二王子に物申せる身分でもないし、そのことを理解したのかそのうちご令嬢方も来なくなった。
そして第二王子の周りにはあわよくば我が娘をという貴族だらけになり、持ち上げられ、助長されていくという構図だ。
溜息しか出なかった。
しかし同じ王族なのにこうも違うものなのかと常々思う。そんなふうに考えながら片付けをしていて、もう終わりというタイミングで教会の入り口の扉が開く。
「お疲れ様。何事もなく終わった?」
黒髪と金の瞳のレオンハルト様が眩しいばかりの笑顔で入ってきた。何人か残っていたお手伝いの女性達から黄色い声が上がるのも毎回の事だ。本人は何も気にしてないらしい。
颯爽と言う言葉がとても似合う歩き方で私に近づいてくる。
「レオ様こそお忙しいのに申し訳ありません。ノアとブラウもいますから大丈夫ですのに」
「私が好きでしていることだから気にしないでといってるでしょう?今日はもう大丈夫?」
「はい」
こうやって教会に奉仕活動に来た時は必ず迎えに来てくれるのだ、仕事がお忙しいはずなのに。それも見事にタイミングがバッチリなのだ。その日によって診る人数も違うし、終わる時間もまちまちなはずなのだが、こうやって片付けが終わる時にやってくる。
前に尋ねてみたが「たまたまだよ」とニッコリと微笑まれた。ノアとブラウにも同じ『獣人』として何かわかるものなのか尋ねてみたが「「たまたまだとは思います」」と返事が返ってきた。いやそんなわけなくない?
「それが『獣人』でもあります。相手の事はなんでもわかるようになるんですよ」とも言われた。
凄いな『獣人』。
まぁそれが重いといわれる所以でもあるらしいが。
「じゃあサラ、メイラまた」
「はい、お待ちしてますね」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わしてレオンハルト様に手を繋がれながら馬車に乗り込む。この光景も慣れたものになってきたのか、教会周りにいた人達も温かい目で見ていてくれている。
サラやメイラに一度、私がレオンハルト殿下の婚約者ということについて街の人達はどう思っているのか尋ねた事がある。彼女らの返事はとても好意的だった。
「まず街の者で反対している人はいないんじゃないですか?」
「そうなの?」
サラの言葉に少し驚く。いないの?いいの?
「リューディアは自分の人気の高さを理解していませんね。あの一件以来、凄い人気ですよ」
あの一件とは大怪我で運ばれてきた犬の獣人の治療のことだ。周りで見ていた仕事仲間の方々がとても凄かったと言いまくったらしい。奥様もとても感謝していると色々な人に言ったらしく、王都中にあっという間に私の事は広まった。
そして今に至る。
馬車に乗って王宮に向かう道でも私達が乗っているもわかったら皆様手を振ってくれたり、挨拶をしてくれたりする。そのことはとても嬉しい。
「今日は急患はなかった?」
「はい。レオ様こそ急ぎの仕事はなかったのですか?」
「大丈夫だよ。サナハトが優秀だからね」
ニッコリと笑って言ったその言葉に何が含まれているのかは聞かないふりだ。
サナハト補佐官にもこうやってレオンハルト様が毎回迎えに来て大丈夫なのかと尋ねたところ
「行ってもらった方が仕事の効率が上がります。行くと思うことで間違いなく仕事を捌くスピードが速いですし。行けないとなった時のことを考えただけでも恐ろしいので」
ですのでお気になさらずに、と言われた。ノアとブラウからそれが『獣人』です、と付け加えられた。
まぁお許しが出たのなら、とこうやって迎えに来てもらっているのだ。
「あぁそうだ、今日は着いたらちょっと付き合って欲しい所があるんだ」
珍しくそう言われた。いつもなら自室に戻らされるのだが。少し不思議に思ったがわかりました、と答えた。
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