4.伯爵邸にて
「いらっしゃい、リューディア」
「お邪魔いたします、サリアス伯爵、夫人」
リューディアはきちんとお辞儀をして挨拶をするとガバッと抱きしめられた。サリアス伯爵夫人だ。
「そんな水くさいこと言わないで。今まで通り呼んで」
「そうだよ、リューディア。陛下の命令だから仕方なくサインしたけど、私達はずっと君の親だと思っているのだから」
「……ありがとうございますお義父様、お義母様」
夫人の背中をそっと抱いて返事をする。
「立ち話もなんだから」
と、応接間に案内される。三人ソファに腰掛けて、リューディアの後ろにノアが立つ。
「先触れなんかもいらなかったのに。ここはあなたの家よ。いつでも好きな時に帰ってきていいのよ」
夫人にそう言われて苦笑するとサリアス伯爵が続けてきた。
「……本当に国は何を考えているんだか。こちら側から仕掛けたのに負けて、さらに捕虜まで取られて。そしてその尻拭いをリューディアにさせようなんて」
「そうよ!昨日いきなり国王陛下からの使者が来て、登城したら、これにサインをって。リューディアとの養子縁組を破棄って、最初は何がなんだかわからなかったわ。もちろん私達は頑なに拒否したのよ。でも色々言われて……ごめんなさいねリューディア」
夫人が悔しそうに話す。ハリーナ王国の貴族として国王陛下がらの命令はそうそう断れない。
「お義父様とお義母様の立場を優先してください。私は大丈夫ですから」
このお二人はリューディアがいた孤児院のオーナーでもある関係で小さい時からとてもお世話になっている。だからリューディアが『聖女』になった時、他の貴族からも養子縁組の話がきたが、このお二人以外選ぶ気はなかった。
「紙切れ一枚のことだ。気にせずに今まで通り頼ってくれていいからね。スーラジス王国に行っても困ったことがあればすぐに連絡を。何なら帰ってきてもいいからね」
ありがとうございます、と頭を下げる。
「ノアも気をつけて行くんだよ、ブラウにも言っておいて。三人一緒なのがまだ救いだな」
「はい」
ノアも頭を下げる。
しかし、とサリアス伯爵がお茶を一口飲んでからゆっくりと話し始める。
「リューディアがいなくなったら、神殿の方は大丈夫なのだろうかね」
「……新しい『聖女』様がいらしてましたが」
「あぁツレナ伯爵の所の娘だろう?会ったのかい?」
「昨日神殿で。ナーヤス王子殿下と一緒に来られてました」
「本当に王子殿下にも困ったものだ……あの娘も所謂『黄金』の『聖女』なはずだ。これで『白』の『聖女』は今現在の神殿にはいなくなるというのに」
『黄金の聖女』と『白の聖女』
その見た目と本質的なことから揶揄されるように付けられた名前だ。
本来なら『聖女』は神殿の神官達によるお告げなどで国中から光魔法を保有している人間を探される。どういうやり方かは知らされていないが、神官の中でも大神官と呼ばれる方が、場所や見た目などお告げがあったと指示を出す。そうして探されて選ばれたのがリューディアだ。
だがリューディアを選んだ大神官が死去し、次の大神官がリューディアの後に『聖女』『聖者』として告げた者はどう見ても魔力が弱いのだ。とりあえずは光魔法を使えるには使える者達なのだが、リューディアと比べると魔力量は半分以下だろう。もしかしたら十分の一もないかもしれない。
では何故そんな少ない魔力で『聖者』『聖女』になれたのか?
―――――「お金」である。
新しい大神官はどうやら高位貴族と通じている者らしく、魔力量が弱くても自分の家から『聖女』を出したい貴族が娘と一緒にお金を持って挨拶にくるのである。
するとしばらくすると「お告げ」があったと大神官が指示を出すのだ。
一応それらしく場所や見た目の指定があるが、神殿内で一部始終を見ていた者からすれば、ああまたか、となるわけである。
『お金』で手に入る『聖女』の称号。なので、リューディア以外の者達は『黄金の聖女』と呼ばれている。もちろん魔力もそれほどでもないので(一応光魔法は使える)教会などに奉仕に行っても一人二人の回復であっという間に魔力が尽きる。そしてそのツケが全てリューディアにまわってくるのである。
元々リューディアはきちんとしたお告げで選ばれた程の魔力量なので尻拭いはできてきた。毎日の祈りも本来なら交代で行うところを「疲れることなどしたくはない。元平民がすればいい」
と、言って他の方々は出てくることはない。仕方ないのでリューディアは毎日祈っている。そうしないと『聖玉』の魔力が切れる。切れると大変なことになるのはわかっているので、自分でできることなら、とリューディアは毎日祈っていた。もちろん『癒し』のおかげでもあるのだが。
「引継ぎをと申し上げたのですが、しなくてもいいと一蹴されました。とりあえず『聖玉』にはかなり魔力を注ぎ込んであるのでしばらくは保つはずですし、毎日誰か一人ずつでも祈って貰えれば切れることはないとは思います」
「まぁなんだかんだで光魔法は使えるはずの面々だからその点は大丈夫だと思うのだが」
サリアス伯爵も溜息をつく。
「何かありましたら連絡いただければ。向こうに行っても手紙くらいのやり取りはできると思っているのですが」
リューディアがそう言うとサリアス伯爵も夫人も心配してくれる。
「スーラジス王国はこちらよりかなりの大国だし、裕福だから色々と余裕はあるはずだ。リューディアも名目上は捕虜だがそこまでのひどい扱いは受けないと思っている」
「そうね。もしひどい扱いならすぐにでも連絡してね」
「はい」
そうだ、と思い出しながらリューディアはサリアス伯爵と夫人にいくつか頼み事をする。了承の返事をもらい、挨拶をして、伯爵邸をあとにした。
本日もありがとうございます。
明日も更新できるように頑張ります。
ブックマーク、評価★、いいね等お待ちしております。