34.伯爵邸(ハリーナ王国)にて 2
「……孤児院、だと」
「はい。私がオーナーをつとめております、リューディアがおりました孤児院にていくつかの箱を預かっております」
つとめて冷静に声を出す。それがまた彼をいらつかせるみたいだが。
「な、ならそれを持ってこい!返してもらおう!」
「はて?返す、とは?」
「あれは私がリューディアに、彼女にあげた物だ。彼女がいなくなったのだから返してもらう!それに彼女には持ち出さないように言ってあったんだ!それなのに持ち出しやがって……」
かなり慌てているようだ。ふぅと一息ついてから反論する。
「あげた物とおっしゃいましたよね?それならばリューディアの物では?ナーヤス殿下は貰った物を返せと言われたら、はい、と返すのですか?」
「………」
反論する言葉が出てこないようだ。ならば、と続ける。
「それに私がリューディアから聞いたのは国から持ち出さないようにと言われたと。スーラジス王国に持っていったわけではありません。ハリーナ王国内にあるのですから問題はないのでは?」
「た、確かにそう言った!が、だからといって孤児院に置いておく意味はないだろう!孤児院の誰かが身につけるわけでもないだろうし。なら私に返しても問題はなかろう?」
かなり興奮しているようだ。そこまでということはリューディアの予想は当たっているということか。
「そうですね、誰かが身に着けるわけではございません。リューディアはもうこのハリーナ王国には帰ってこれなくなると思うからと自分の出身である孤児院の事を心配してくれたのです」
「……どういうことだ?心配とは」
とりあえずわざとらしく溜息をつきつつ、ナーヤス殿下の顔を見る。
「元々リューディアは『聖女』として国から払われた給金を毎月殆どの額を孤児院に寄付として納めてくれていました。スーラジス王国に行ってしまうとそれができなくなるからと、その代わりにこれを売ってそのお金を孤児院に役立てて欲しいと言って宝石の入った箱を四つ置いていきました」
「そ、それだ!その箱は私があげた物だ!勝手に売るなどは……」
「ですからリューディアが貰ったもの、なのですからリューディアがどうしようとよろしいですよね?何も国外には持ち出してはおりませんし」
ぐぬぬ、と言った音が聞こえそうなほど下唇を噛み締めている。すると後ろに立っていた男が口を挟んできた。
「その孤児院に預けられたモノはどうするおつもりですか?」
どうやらこの男性は少しは、いやかなり落ち着いているようだ。確か宰相の息子だったはず。
「そうですね、せっかくのリューディアの好意ですから、売って換金出来ればと思っております。そのほうが孤児院のために使うことができますしね」
「どうやって換金なさるおつもりで?」
「今度馴染みの宝石商のところでオークションがあるらしいのでそちらにかけてもらおうかと思っております」
「オークションだと!」
「はい。その方が少しでも高く売却できるかと」
王子の顔色が悪くなってきているのがわかる。話せなくなったナーヤス王子の代わりに宰相の息子が仕方ないといった感じで話してくる。
「オークションに出すにしても鑑定などして、最低価格を決める必要があるかと思いますが、それらは?」
「もちろん出す前には鑑定してもらう予定です。ただ」
「ただ?」
「リューディアが大体の価値を調べてあるのでそれを元にしたいとは思います」
「価値だと!リューディアが何故わかる!」
本当にこの王子は、と思いながら冷静に対処する。
「あの宝石類はナーヤス王子殿下が婚約者であるリューディアに贈られた物でしょう?リューディア曰く二年前だと言っておりましたが」
「贈ったのは間違いないが、いつかなんて覚えてない!」
「リューディアは覚えておりました、二年前に貰って、その年はこれしか貰っていないと。で、ナーヤス王子殿下がこれをいくらで購入したのかがわかれば価値がわかるだろうということで、王宮内の経費部門のところに問い合わせました」
「………は?経費……?」
かなり呆気にとられた顔をしている。
「ナーヤス王子殿下の個人的な寄付以外の支出は全て管理されておりますよね?ご存知ないことはないかと思いますが。その際どのような用途で払われたのかも全て書類に書かれております。もちろんリューディアへの贈り物の代金は婚約者への経費として落とされておりました」
本当に知らなかったのではないかと思うような顔をしている。まぁそこらへんは知らなくても無理はない。買うだけ買ったらあとは周りの者の仕事だろうから。
「二年前の日付で婚約者への贈り物として経費で落とされていた支出は不思議と何故かいくつもありましたが、月日と中身から一致するものは一つだけ、宝石四点で500万ゴールドと記載されておりました。もちろん王子御用達の宝石商の請求書と領収証も残っておりました。ですので今預かっている箱の宝石に関しては最低でも500万ゴールドの価値があると思っております」
「……500万、だと。そんな価値は……」
「このハリーナ王国第二王子であらせられるナーヤス殿下が御用達のお店でさらに殿下本人が選ばれた宝石が安物や偽物であるわけがございませんよね?本物に決まっておりますから。パッと見させてもらったところ、宝石商の鑑定書もありましたしね。おや、顔色がよくないようですが大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
「それならよろしいのですが。オークション前には私の懇意にしている宝石商にもう一度鑑定してもらうつもりですが、ナーヤス王子殿下からもらったものが安物の訳がないと思っておりますので500万ゴールド以下には設定できないかな、と思っております。鑑定書もありますし、それに」
「それに?まだ何かあるのか」
「新聞社の方にもすでに連絡してあり、このこともすでに取材してもらっております。あとは幾らで誰が買い取るか、がわかればすぐにでも流す手配となっております」
「な、新聞社、だと」
「はい。とても素晴らしい話だと」
にこやかな顔で答えたサリアス伯爵とは違い、王子殿下は鑑定はしばらくしないで欲しいと、顔色悪く帰っていった。
嵐のような一行を見送り、誰もいなくなった応接間に戻ったサリアス伯爵と夫人は一息つく。
「リューディアの言った通りだったな」
サリアス伯爵は髪をかき上げながら苦笑している。
「本当に。さてどう出てきますかしら」
「買い戻すしか選択はないだろうな。彼の矜持もあるだろうし。まぁ500万以下で売るつもりはないけど」
「もちろんです。もっと高くてもいいくらいですわ、リューディア達のことを考えたら」
夫人も怒っているのだ。さて次は、と執事に指示を出した。
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