26.教会にて 3
リューディアは診察台に向かいながら辺りを見渡し、状況を見極める。自分以外の三人の『聖女』『聖者』の方も診察台の周りに集まってきているが、先程までの医療奉仕活動で各々二十人近くの人を診ているため、疲労しているのが見て取れる。
あの獣人の方を最後まで治療できるだけの魔力は残っていなさそうだ。
この場で獣人を助けられるのは私だけだ。
その考えに至るまでも速かったが、その後の行動も速かった。診察台に着き彼をよく見ると濃茶色の毛の色々な所に血液が付着している。その身体に手をかざし、深呼吸を一つして集中する。躊躇っている暇などない。診断をしろ、傷を把握しろと身体の奥底から命じる声がする。しかしそれを遮ったのは彼を担いできた男性だった。
「っ、おい!あんたは誰だ?見たことないぞ!俺等は彼を聖女様に診てほしくて連れてきたんだ!聖女様の邪魔をしないでくれ!」
見たことのない白髪の女が突然現れて、瀕死の仲間に何も言わずに近づくなんて、怪しまれるのも当然か。流石に腕を掴んだり触ったりはしてこなかったが、このままでは私に治療させてはもらえないだろう。
だけどこの場で今彼を助けられるのは間違いなく私だけだ。時間もない、一体どうしたら、と思っていたら茶髪の『聖女』様が声を張り上げた。
「彼女も『聖女』です!」
その一言でまずは男性達の動きが止まった。そして彼女は私に近づき耳元でそっと尋ねてきた。
「正直なところ私達は先程までの奉仕でかなり魔力を使ってしまっています。この彼を完全に助けられるかと言われるとキツイところです。リューディア様はまだいけますか?」
驚いた。ここまで正直に話してくれるとは。ハリーナの無駄に高いプライドを持った『黄金の聖女』とはえらい違いだ。
「はい、大丈夫です」
「ならお願いいたします。周りのことは任せてください」
見るとあとの二人も頷いている。ならば周りはお任せして、私はこの目の前の彼に集中しよう。
「絶対に助けます!」
まずもう一度手をかざして、傷を確認する。いくつかあるがどうやら右太腿の傷が一番大きい。とりあえずそこからだ。血の汚れなど気にはしない。手を傷に当てる。
「回復・最」
いつもの回復より上のレベルの魔法だ。治りも早いが、魔力の消費量も速い。それでもやるしかない。光の量も半端なく、白髪までもが銀色に光っているので、素人でもとんでもない治療をしているというのはわかるのだろう、仲間の男性達は何も言えなくなっている。
血は止まった。もう少しだ、もう少しで治るはずだ、と強く念じながら魔力を注ぎ込む。足をメインに治療を施しているが、魔力は全身に流れるので顔や腕などにあった軽い切り傷はあっという間に治っていくのがわかる。
他の部位は切り傷だけだ、この右太腿が一番酷い。多分落ちてきた瓦礫の直撃を受けたのだろう、かろうじて繋がっている感じだ。いけるか?
リューディアは一度目を開き、傷をもう一度確認してから深呼吸をする。
「………だ、大丈夫なのか……?」
担いできた男性が心配そうに呟く。女性はもう見てられないのか胸の前で手を合わせ、目を瞑って祈っている。
「いきます」
もう一度深呼吸をしてから瞼を閉じる。
「回復・最」
ドン!と音が鳴るくらいの勢いで魔力を注ぎ込む。いけるか?じゃなくて、いくんだ!
自分を鼓舞させながら手の先に意識を集中させる。五分程たっただろうか、コン、と何かに当たる感じがした。
ゆっくりと目を開き、息を吐く。と、同時に犬の輪郭が崩れ、人の姿に戻り始めた。ということは魔力がそれなりに戻ったということだ。
「………う」
「あなた!」
意識を取り戻した男性に奥様らしき方が声を掛ける。
「……ん?あれ?俺……」
うおーっと言った歓声が周りから上がる。奥様は彼に飛びついて抱きしめている。
「……よかった…よかった」
もう涙で言葉になっていないが嬉しいのはわかる。わかってないのは怪我をした当の本人だけで。
「え?あれ?どうしたの?あれ?何でこんなにボロボロなんだ?」
担いできた男性が事故の説明をしてくれた。崩れてきた瓦礫の下敷きになったこと、血を流し過ぎて、魔力も足りなくなり、犬の姿になって危険な状態だったこと。
そして治してもらったことを。
「ありがとうございます、ありがとうございます聖女様!」
奥様は男性の無事がわかると、離れて今度は私の手をガシッと掴んできた。一瞬驚いてしまったが、その気持ちはよくわかるので微笑みながら答える。
「よかったです。私は少しのお手伝いをしただけです。彼の助かりたいという意識がなければ無理でしたし」
実際、魔力を注ぎこんでも本人の助かりたいという潜在意識がどれだけかによって回復スピードは変わってくる。
これ程の怪我でこれくらいの早さなら本人の助かりたいという思いは強かったわけで。
まぁこんな可愛らしい奥様をおいて逝くわけにはいかないですからね。
「すみません一つだけお願いなのですが、太腿を見てもらうとわかりますがまだ傷跡は残っています」
私のその言葉に破れたズボンから見える位置にあるかなり大きな傷跡に皆の視線が集中する。
「本来なら傷跡もわからないくらいに治療するのですが、あまりにも大きな傷のため一旦様子をみたいのです」
どういうことだ?と言った顔が並んでいるので続けて説明する。
「今この場で全て治してもよいのですが、かなりの血液や魔力が流れでたため、本来の身体の張りといいますか、皮膚の張り、がよくわからない状態なのです。なのでよろしければ三日後くらいにもう一度診せていただいて、治療させていただけませんか?それくらい経てば本来の血液量や魔力量にほぼ戻り、張りも戻るのでそれに合わせて治させていただきます」
よろしいでしょうか?と尋ねると、もちろんです、と返ってきた。良かった、たまに、そんな時間はない、さっさと治せ!と返されることがあったからだ。そんな場合は一応最後まで治すのだが、やはり日を置いたほうが綺麗に治せるのだ。
ホッと一息ついた所で、ストールを頭から被らされた。
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