2.自室にて
神殿の廊下を足早に歩き、自室として与えられている場所に向かう。途中何人か神殿で働く神官達とすれ違ったが話しかけてくる者はいなかった。
部屋の扉が見える位置に来ると中から開くのがわかった。
「おかえりなさいませ」
侍女服を着た黒髪の少女がにこやかに微笑んで招き入れてくれた。
「ただいまノア。変わったことはなかったかしら?」
「はい」
ノアと呼ばれた侍女は流れるようにリューディアが肩から掛けていた白色のストールを受け取る。
「ちょっと話しがあるのだけれど、ブラウは?」
「はい、こちらに」
と続間の部屋の扉が開き、ノアと同じ顔をした茶髪の少女が顔を出してきた。
「長くなりそうだから座ってくれる?」
ならば、とノアとブラウの二人がお茶を淹れてくれて、三人でテーブルにつく。
「――――というわけなんだけど」
私は先程祈りの場で言われたことを二人の侍女の前で説明した。
「「……どういうことです?」」
二人がタイミングピッタリで聞き返してきた。
「私もまだよく理解していないのだけど、とりあえず三日後にここを発って国境に向かうのは間違いないわ」
「リューディア様はその条件で了承されたのですか?」
黒髪のノアが尋ねてくる。私は淹れてもらったお茶を一口頂きながら答える。
「もちろん。私にしたらそんな大変と思うような条件でもないしね。することはハリーナ王国にいてもスーラジス王国に行っても変わりないと思うから。むしろあの第二王子の婚約者でなくなる分、いいかもしれない」
不敬とも取られる発言だが、本当にそう思っているのだから仕方ない。
「……まぁ確かにそうかもしれませんね」
茶髪のブラウも同意する。ノアも頷いている。この二人も第二王子に対する印象は私と同じなのだ。
「なら出立の準備いたしますね。私達も必要最低限の荷物でよろしいのでしょうか?あちらで準備してもらえますかね?」
ノアがさらりと私に問いかける。
「………いいの?一緒に行ってくれるの?」
「「当たり前ではないですか!」」
二人がこれまた同時に叫ぶ。
「私達をおいていくつもりですか?そんな選択肢はないですよ?」
「そうです!おいていかれても困りますし、私達がいないと困るのはリューディア様でしょう?」
ずいっと顔を近づけられた。
「私達は『あの時』からリューディア様と共にあることだけがこの世の楽しみなのです!この楽しみを奪わないでくださいね!」
「でも良かったです、お付きは二人まで、で。一人だったら喧嘩になってましたからね」
とウィンクしながら二人が立ち上がる。
「では準備いたしますね。あ、そう言えば今日の『癒し』は?」
ノアが私の後ろにまわり、銀に近い白髪を失礼します、と言いながらそっと持ち上げる。
「……少ないですね?」
「途中だったもの」
ノアが手に取った一束分の髪の毛は白色ではなく黒色だ。首元辺りの一部分だけが黒髪になっている。髪を持ち上げなければわからないし、部屋に戻るまでは白いストールで髪を隠してくるので、気づく者はまずいないだろう。
「大丈夫なのですか?」
「さあ?新しい『聖女』様がしてくれるみたいだから大丈夫でしょう、多分」
『聖女』の祈り。
ただ祈っているわけではなく、光魔法の力を祈りの場にある『聖玉』と呼ばれる水晶玉に送り込む。
そしてその『聖玉』から発せられる『気』によって、ハリーナ王国全体に聖なる力が張られて、気候の安定や魔獣などの侵入を防いでいると云われている。
『聖女』の光魔法を直接使うのではなく、『聖玉』を通すことによって、広く強く魔力が広がるのである。
ただこのハリーナ王国全体分をカバーするにはかなりの魔力がいる。そこで『聖女』と『聖者』は一人ではなく、何人か選出されて、各々が自分の魔力に応じて『聖玉』に力を込めるのである。
―――――ここ最近はリューディアしか込めていないが。
魔力には個人差がある。そして使った魔力の回復にかかる時間も個人差がある。この回復をいかに速くできるかが個人の能力でもあるのだが。
リューディア以外の『聖女』達は『聖玉』に祈りを捧げたり、教会などで奉仕をすると魔力の回復に大体五日から七日かかるらしい。
そのため一度『聖玉』に光魔法を込めるとその後七日程度は何の役にも立たないのである。
しかしリューディアだけは一日もかけずに回復することができる。
――――とある方法を使って。
他の『聖女』達は多分同じ方法を使っても回復出来ないだろう。リューディアが見つけたリューディアだけの方法だ。
まぁ教えるつもりもないのだが。
元々の魔力量も違うし、そもそも他の『聖女』達はリューディアとは一切関わらない。貴族の矜持が元孤児のリューディアと関わることを拒否しているのだ。
リューディアから教えることなど聞く耳はもたないだろう。
あの様子だと新しい『聖女』様も……と考えているとブラウが、覗き込んできた。
「ご気分でも?」
「あぁ大丈夫よ。今日はブラウの番だったかしら?」
「はい!」
「じゃあよろしくお願い」
では、とブラウが目の前に立つ。彼女が瞳を閉じるとあっという間に侍女服姿が消えて、リューディアの膝上に茶色い猫が現れた。
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