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1.神殿にて



白を基調とした柱や壁に囲まれたこの場所の真ん中に、これまた銀に近い白髪が腰の辺りまである女性が膝をつき、胸の前で手を組み合わせ、瞳を閉じて祈っている。



とても静かな時間が流れていたこの場所に何人かの足音が響き渡り、この場所には似合わないほどの大声が聞こえた。



「私ナーヤス・フォン・ハリーナはリューディア・サリアスとの婚約を解消することをここに宣言する!」



先程まで祈りを行っていた白髪の女性はゆっくりと瞼を動かし、特徴的な銀朱の瞳で煩く宣言した男のドヤ顔を思わずまじまじと見てしまった―――いかんいかん動かねば。


「……どういうことか尋ねても?あと『ここ』で言う必要がありますか?」


つとめて冷静な声を出したのはハリーナ王国の第二王子に婚約解消を宣言されたリューディア・サリアスだ。


膝をついて祈りの態勢になっていたリューディアは立ち上がり、服を整える。第二王子ナーヤス殿下がいきなりやってきて馬鹿でかい声を出した場所、ここはハリーナ王国における一番神聖と言われる神殿内にある祈りの場だ。




リューディア・サリアスはこのハリーナ王国における『聖女』と呼ばれる光魔法の使い手であり、1日の大半をこの祈りの場で国の安寧を願っている。


魔法を使える者は沢山いるが、その人の適正や得意な分野により、風魔法、火魔法、水魔法、土魔法の使い手に分けられる。ほとんどの者は自分の属性以外の魔法は使えないが、ごく稀に全ての属性をまんべんなく使える者がいる。そしてその者は光魔法と呼ばれる回復系の力を持つ。


所謂、怪我の治療や体力の回復に特化した魔法だ。反対に言えば、回復系が使える者は四属性全てが使える、ということだ。そしてその使い手は男なら『聖者』、女なら『聖女』と呼ばれ、この神殿で祈りを捧げたり、街の教会などに赴いて奉仕と言われる民達の治療などにあたるのだ。


現在このハリーナ王国にはリューディアをいれて七人の『聖者』『聖女』がいる。

『聖者』『聖女』は祈りを捧げ、その力によってハリーナ王国に結界を張り、魔獣などの侵入を防いでいる。


今日はどの『聖者』『聖女』も街中の奉仕予定はなく皆神殿内にいるはずだ。だが今この祈りの場にいたのはリューディア一人だけだ。他の六人はとある理由によりほとんどこの祈りの場にはこない。ここ数年そんな状態だが、リューディア一人の祈りの力でどうにかなっているのも事実なので、誰も何も言わない。


「……お前がここにいるからじゃないか!」


 確かに『聖女』である私がいるとすれば、ここか奉仕先の街中か、神殿内の一角にある自室ぐらいである。仕方ないのか。


 ふぅと溜息を一つつきながら、ハリーナ王国第二王子であるナーヤス殿下の方をもう一度確認する。王子の他に四人いるのがわかる。

 一人はこの王国の宰相の子息であるラナン様。確か宰相補佐としてお仕事をされているはず。その後ろには護衛と思われる騎士が二人。


 そして女性が一人。


 何故かナーヤス殿下の隣りにいる。よくよく見ると腕も絡めている。一体誰なのだろうか?


 私が何も言わずにいるとラナン様がスッと前に出てきて説明を始めた。ナーヤス殿下にまかせると話が進まないと気づいたのだろう。賢い選択だ。


「私が説明させていただきます。この度いくつかの事情がありましてナーヤス殿下とリューディア様の婚約は解消となります」

「……はぁ」

 思わず口から漏れた。あまりにも端折り過ぎだ。この宰相補佐も微妙だったか……。そのいくつか、の事情を教えてほしいのだが。と頭の中で考えていると顔に出てしまっていたのか、元々そのつもりだったのかはわからないが、続けて説明が始まった。


「リューディア様は我がハリーナ王国と隣国スーラジス王国の関係はご存知ですよね?」

「はい、一般的な事は」


 いきなり話が飛んでるが、ここハリーナ王国と隣国スーラジス王国は仲がいい、とはあまり言えない。王国の端の隣接する土地ではずっと緊張感が続いているし、戦いも行われている。


 そしてその戦いはハリーナ王国にとってはかなり不利な状況であることも知られている。


 ハリーナ王国側は不利な事は隠してはいるが、まず国の規模が違う。スーラジス王国の方が五倍以上の土地を有しているし、何よりも王家の方々の評判からして、かなり違うのだ。


 もちろん、スーラジス王国の方が数倍も上、なのだ。リューディアのように政治のことなど関心がない者でも、何故ハリーナ王国のような小国があんな大国に戦いをしかけるのかと疑問に思う。スーラジス王国から仕掛けてきたのなら、交戦するのは仕方ないとは思うが、こちらから仕掛けるなんて愚の骨頂だと思う。一体誰が、とは口には出せないが。


 しかしスーラジス王国との関係と私とナーヤス殿下の婚約解消はどう繋がるのか。


「この度スーラジス王国と我が国とでの和平交渉が始まりました」

「……はぁ、それは良かった?ですね」

 ますますわからない。


「その際、スーラジス王国側に捕虜として捕らえられている我が国の騎士や兵士達三十人との返還条件として『聖女』であるリューディア様との交換の話が出ました」


「…………はぁ?」


 今日何回目かわからないくらいの疑問形の声が出てしまった。


「先程我が国の会議でも承認され、国王陛下も承諾されましたので、リューディア様は三日後にこちらを発っていただくことになりました」


 待って待って、どういうことだ?頭がついていかない。ゆっくりと最初から整理してみよう。


 ハリーナ王国と国境で戦闘状態にある隣国スーラジス王国との和平交渉で、捕虜の返還条件が私。私?!


 やっぱり整理して考えても意味がわからない。ゆっくりと手を挙げる。


「……いくつか質問をしたいのですが…」

 どうぞ、とラナン様が促してくれたので遠慮なく。


「では。先程三十人の捕虜の方と交換とのお話でしたが」

 ラナン様が頷く。どうやら聞き間違いではなさそうだ。

「スーラジス王国に捕らえられている捕虜の方は総勢何人なのでしょうか?」

「三十人です」

 即答だ。


「……ということは全員が帰ってくるということですか?私一人とで?」

「そういうことになります」


 今私の頭の上にはハテナマークが出ていることだろう。


「……ちなみにそれはどちら側からのお話なんでしょう?」

「……スーラジス王国(あちらがわ)からです」

「一体どの様な感じだったのかお聞きしても?」

 一瞬迷ったように見えたが、教えてくれた。


 スーラジス王国側に捕虜として捕らえられているのは三十人。平民の兵士の他にどうやら何人か貴族の子息である騎士の方々も含まれているらしい。ハリーナ王国(こちらがわ)が白旗を挙げた感じで始まった和平交渉は賠償金なども話し始めたが、まず捕虜の取り扱いからということになったらしい。


 スーラジス王国には三十人の捕虜がいるが、ハリーナ王国には一人もいなかった。その時点で力の差がわかるようなものだ。


 そこでスーラジス王国側から提示された条件がお金ではなく、ハリーナ王国の『聖女』を一人、だったらしい。


 ハリーナ王国側としては三十人対一人なので最初は怪しんだようだが、破格の対応だとのことで了承したとのこと。なら、どの『聖女』を、となるが「とある」理由ですぐさま私に決定した。


 「とある」理由はスーラジス王国側からの『聖女』に対する追加条件だった。


 

 スーラジス王国に入る際にはハリーナ王国での身分、肩書き等を全て放棄してから来ること。

 

 荷物は最低限で。衣食住に関してはこちらで準備する。


 付き人は二人まで。この二人に関しても身分等は同じ条件とする。



 ―――――なるほど。


 確かにこの条件を出されたら私以外の『聖女』は誰一人として頷かないだろう。


 私以外の現在の『聖女』は皆貴族の娘だ。それも高位の。身分、肩書きを全て放棄ということは姓を捨て、平民扱いとしてスーラジス王国に行くということ。荷物も最低限ということはドレスや装飾品などは持っていけない、ということだ。

 もちろんそんな高位な貴族の娘の『聖女』に付いている侍女もそれなりの身分なのでそんな扱いには耐えられないだろう。


「既にリューディア様のサリアス伯爵家との養子縁組は破棄されました」

 

 宰相補佐のラナン様がさらりとおっしゃった。


「……早いですね」


 こういう仕事は早いのに、もうちょっと他の事にも、とまでは口に出さない。


 

 私は所謂孤児で、王都の外れの孤児院にいた所を先代の神官にお告げがあったと言われて『聖女』になった。その際孤児院の管理をしていたサリアス伯爵家の義娘として出仕している。『聖女』を輩出することは貴族のステータスの一つでもあったし、私ができる数少ない恩返しでもあったからだ。


 なので元は素性のわからないただの平民だ。だから元々なかった身分と肩書きなので、放棄といわれても、はい、そーですか、という感じなので問題はない。


 で、最初の第二王子ナーヤス殿下の発言に戻るのか。


「伯爵令嬢でもなくなった、ただの平民のお前はこの私の婚約者は相応しくない。それにスーラジス王国に行くお前とはもう会うこともないだろう。仕方なく婚約を解消してやろう」


 …………。


 えーっとどこから突っ込めばいいのか……。どうしてこんな上目線?いや、王子だからそれは仕方ないのか。でも言うならばそちら側が私にお願いする立場ではないのだろうか?自ら仕掛けた戦争に負けて、捕虜も取られて、賠償金云々も払わねばならないのに。それに婚約もこちらからではなくて、『聖女』を囲い込みたい王族側からの申し出のはずなのに。


 私が「嫌です」と言って姿をくらましたらどうするつもりなんだろうか。他の『聖女』に頼めるのだろうか、この人は。


 まぁ逃げるつもりもないですけれども。


 はぁと溜息を一つつき、ナーヤス殿下の方を向く。


「お話はわかりました。三日後ですね」

「そうだ」

「ではとりあえず今日の分の祈りをまだ捧げていないので、退出していただけますか?」


 祈りの時間を邪魔されたので、今日の分の『聖女』としてのお勤めをまだ終わらせていないのだ。このハリーナ王国にとっても大事なことなので、そう伝えたのだが、ナーヤス殿下からの言葉に動きが止まってしまった。

 

「もうお前はこのハリーナ王国の『聖女』ではない!ここから出て行ってもらおう。さっさと部屋に行き、スーラジス王国行きの準備をするんだな」


「………では、今日の分の祈りはどなたが?」


 仮にも王族だ、祈りを捧げないとどうなるのかわかっていると思うのだが。


「わたくしがいたしますわ!」


 先程から誰だろうと思っていたナーヤス殿下の隣りにいた女性が大きな声で宣言した。


「どちら様でしょう?」


 リューディア以外の六人の『聖者』『聖女』の方ならまだわかるが、見たことのないこの人が一体何をすると言うのか。それに一応ここはこのハリーナ王国の中でもかなり重要な場所なのだが、何故この女性が入ってこられたのだろう。多分この第二王子とかいう奴が連れてきたんだろうが。


 いけないいけない、言葉遣いが。頭の中だけに抑えていた自分を褒めてあげたい。


 ふふん、といったドヤ顔の女性が、ね、ナーヤス殿下、と隣の腕を組んでいなり相手に胸をくっつけて、微笑んでいる。

 一瞬デレかけた男(もう王族にも見えない)は、コホンと咳をして、体裁を繕う。


「新しい『聖女』に認定されたアメリア・ツレナ伯爵令嬢だ。今日から彼女が祈りを捧げることになるから、お前はもう用済みだ。サッサと去るがよい!」 

「『聖女』のアメリアですわ。これからはわたくしがいたしますので、どうぞご心配なさらず」


「……はぁ」

 本当に何度目だろうか。もう思考がついていかない。まぁとりあえずはと思い声を出す。


「ならば、アメリア様、引継ぎを」

「そんなものいりませんわ!平民であるあなたでもできることをわたくしが出来ないわけがございませんもの!早速祈りを捧げますので、出て行ってくださいます?」


 ………大丈夫なんだろうか?ちらりと横を見るとラナン様も少し青ざめているような気はするが。でも何もおっしゃらないなら同罪ということで。


 ふぅと息を吐き、お辞儀をする。


「わかりました。では後はよろしくお願いいたします、何かわからないことなどは他の『聖女』様達に聞いていただければ」


 そう言い残し、立ち去ろうとした所で第二王子だと思われる方から声をかけられた。


「待て!荷物は最低限にしなければならないのだから、私が渡した宝石類やドレスは置いていけよ、この国から持ち出すことは許可しないからな!」

 

 一瞬何のことか理解できなかったが、あぁと思い出した。


「……婚約者としていただいた、あの宝石類のことでしょうか?了解いたしました、持ち出しはいたしませんので」


 では、ともう一度お辞儀をして、祈りの場から立ち去った。





 


 



久しぶりの長編投稿です。

なるべく毎日投稿できるよう頑張りますので、もしよろしければブックマーク、評価の★をポチッとしていただけると嬉しくて励みになります。 


よろしくお願いいたします。


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