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8話 街北の門へ、閉ざされた門を開ける意味

 タイチは、掠れた道具屋の看板の文字を読み取ろうとしながら、少し考える。

 果たして、この大陸……この世界には、魔王という者が存在しているのだろうかと。

 ゲームである以上、最終的には何かとてつもなく大きな禍々しい存在と戦わなければならないことを想像してはいたものの、まだはっきりとは、このゲーム、アイ・オーオンラインの世界観を読み取れない。

 悪に脅かされる世界の住人にしては、この街の住人達は、いきいきしすぎているのも一つの原因なのかもしれない。毎年、お盆の少し前に開かれている、あの夏祭りに近い活気が見られる。

「じっと看板なんか見て、掠れた文字でも読もうとしてたの」とフッと鼻で笑うかのように、イズは聞いてみた。

「読めはしないけど、この世界にもやっぱり魔王はいるんだなって……」

「魔王かぁ、どこかにいるのかもしれないね。でも今はまだ僕達には関係のない話」

 イズの言うとおり、レベルはおろか、装備も初心者パッケージ、ザ・初心者という有様のタイチは、その答えを求めるだろう多くのプレイヤーの中で、最遠に立つとも言える。今はその禍々しさすら感じられない魔王は遥かに遠い存在だということ、魔王のその存在さえ霞んでしまうほどに遠くにいるということ……

「魔王がいるかどうかはわからないけど、魔王という仮の名を倒そうとしている人達がギルドっていうグループみたいなものを作っているのは知ってるよ。これもまた、今の僕達には関係のない話なのかもしれないけどね」と言うと、タイチはそれに応えるように苦笑した。

「それも攻略サイトに書いてあるんですか」とタイチが尋ねると、

「そこまでは書いてなかったけど、プレイヤーの平均的な進度より少し先に照準を合わせて攻略を書いているのかもしれないね。実は……もう既に主は魔王の存在を知っているのかもしれない」

 そんな話をしていると、看板を見ている少年達に声を掛けようとする一人の女性が現れた。

「あの……、そこの方」

「僕達ですか」と答えるタイチに対し、

「はい。もしよろしければ、私の話を聞いていただけないでしょうか」と言う女性に向かい、ゆっくりと一度だけ頷くタイチ。

「この街を北の門から出て、少し下先に古びた塔があるのですが、そこに私を連れていってくれませんか」

「別に良いですけど、その古びた塔とやらに何か用事でもあるんですか」

「えぇ、まぁちょっと……」と話しにくそうにする女性。

「言いにくいことなら話さなくても良いんですが、よければ話してみてください」

 何かを察知したのかタイチは、その何かを知ってみたいと思った。できることなら力になりたいとも思った。

「この道具屋は、私と主人の店なんです。見てのとおり、今は店を閉めているんですが、数日前から主人が帰ってこなくなってしまいまして……。主人は面白い物が定期的に見つかるというので、よく街の北にある古びた塔を登るんですが、ついには帰ってこなくなってしまいまして」と女性が言ったかと思うと、話はまだ続くようだった。

「最近、古びた塔の物騒な噂を聞くようになったので、一人では心細くて……。どうか、私と一緒ににあの塔まで行ってもらえないでしょうか」と言って、女性が北の方角を向いたかと思うと、その先の塀の外にぼんやりと大きな塔が建っていることがわかった。

 そういうことかと合点がいったタイチ。これはきっとクエストに違いないと察したタイチは、イズに目線を合わせようとする。

「僕は少しやらなきゃいけない野暮用があるから、それが終わったら合流するよ。とりあえずフレンド申請送っとくね」と言って、イズはタイチにフレンドの申請を送る。

「僕からフレンドの申請が来たと思うから、許可しといて。これでお互いがどこにいるかわかるから」

「わかった。でも二人いた方が心強いと思うけどなぁ」

「野暮用があるからね。これだけは終わらせておきたいんだ」

「野暮用ってどんな用事だろう」

「それを聞くのは野暮っていうやつさ」

 そんな冗談を言ったかと思うと、イズはすぐに走ってどこかへ行ってしまった。

 道具屋の前に残されたイズと一人の女性。

「僕だけで大丈夫なんですか」と不安そうに重たい口を開くタイチを見て、

「私を連れていっていただければ、後は私がきっと何とかしますから」とだけ言う女性。

 お世辞にもそれ程強くは見えないが、女は強しという言葉もあるくらいなのだから、強いのだろうか。 

 いや、衣服の上からでもわかるその華奢な身体は、きっとその強さを証明することはないのだろう。

 街の外には、モンスターやら化け物やらがうようよいるんじゃないのだろうかと考えるタイチ。アイ・オーを始めて間もないタイチだったが、レベルという概念があるということは、きっと……

「この街で装備は揃えられましたか」

 初心者パッケージを支給されていたことを思い出し、一応とだけタイチは答えた。

 初心者パッケージというよくわからない装備一式でどうにかなるものなのかと考えながら、装備画面を確認した。自分の外観を見ると裸にはなっていなかったことから防具は装備できているのだろう、しかし武器はどこにあるのだろうか。

「武器は持っている武器の中から使いたい武器を選択すればその場で取り出せますよ」

 女性は私の知りたいことを答えた。それもそうか、彼女はこのクエストを進行させるためのただのNPCなのだから。

「ありがとうございます。えっと、こうやって……」

 突如、それまで何もなかった空間から何かが出てきたかと思ったら、自然と右手でそれを掴んでいた。

 選ぶというよりは、どこか想像する感覚に近かった。


 ――初心者パッケージ(片手剣)を装備しました――


 画面にちらりと浮かんだその表示。

「こうやって装備するのか……」

 ポツリと言うその独り言を気にすることもなく、女性は街の北へと歩き始めた。

「この先に北の門があるのですが、ここでも武器や防具、アイテムなどを揃えられますから」と言って、女性はチラッと人が集まる方を見た。

 どうやらプレイヤーが開いている個人のマーケットではないらしい。

 落胆の声が聞こえたり、たまに喜びの声が聞こえたりする。

「おおおおおおおっ、当たった」という男性の悲鳴のような喜びの声が辺りに響き渡った。

 タイチは驚きを隠せなかったが、無知を悟られないために冷静に女性に尋ねた。たとえ相手がNPCだとしても、恥じらいはあるらしい。

「あれは何ですか」

「街クジって知ってますか。このゲーム内の貨幣とは違うお金を使えば購入することができます」

 現実のお金でそのお金とやらを購入すれば、街クジというものが引けるらしい。要するに、他のアプリゲームなどでもよく見かける課金ってことか。

「よければ一回だけ引いてみますか」

 クエストの流れで、さりげなく課金を促すこともこの女性NPCの仕事なのかと感心しつつも、これから二か月近くも夏休みがある高校生には、このゲーム、アイ・オーオンラインに注ぎ込める程の有り余ったお金などなかった。

 肯定も否定もすることはなかったのだが、特に無理やり課金させられるということはなかった。もしも、案内に合わせて、スペシャル・パッケージやら初心者スーパーセールやらの画面が飛び出してきたら思わず笑ってしまっていたのだろうか。

「門が見えました。この門扉を開ければ古びた塔への道が拓けます」

 この女性が、暗に扉を自分自身の手で開けろと言っているのだと悟ったタイチは、かなり重そうな門扉をゆっくりと開いた。

 あまりにあっけなく開いた門扉を見ながら、案外重くないんだなぁとタイチは一人で呟いた。

「皆が来る前にさっさと終わらせよう」

 ここからタイチの長い冒険は始まる。


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