3話 家族団欒、置き去りの弾丸
「お父さんはまだ単身赴任中だからしばらくは二人きりね。高校生になっても太一はまだ寂しいかしら」
太一の目を見て母は微笑んだ。振り返った母は、再び水を張ったシンクに乱雑に沈められた洗い物を一つ一つ拾い上げ、洗い始めた。
「ううん、大丈夫」と言って、太一はいつもの自分の椅子に腰かけた。
「ここが僕の席であっちがお母さん、僕の左隣には陽……」
太一は独り言のように呟くと、ずっと昔、単身赴任中の父親が二人に買ってきてくれた超合金風に塗装された二体のロボット、僕と陽にそれぞれ銀色と青色のロボットを買って帰ってきてくれたことを思い出した。
これまで飾ってあったのだから今も飾ってあるはずだ――
太一は勢いよく立ち上がったかと思うと、母の心配の声を無視して、玄関に向かって走った。玄関の入口から見て右手にある靴棚の上に飾られていた二体のロボットは今も変わらず、その後ろの壁に掛けられたジャングルを描いたジグソーパズルと一緒に僕らだけの小さな世界を創造していた。
「どうかしたの、太一」
心配そうに小走りで追いかけてきた母に対して、すれ違いざまに、
「別に何でもないよ」
と微笑んで見せる太一だった。
今日も静かな夕食だった。弟の陽がいた頃は、もっとにぎやかだったと左隣の誰も座らぬ椅子を見て思う太一。
「学校はどうだったの」
「いつもどおりだよ」
「もうすぐ参観日じゃなかったかしら、日にちと時間がわかったら教えてね」
「うん、わかった」
陽のことを聞こうと思えば聞けのだろうが、太一はどうしてか聞くことができなかった。弟のことばかり気にかけてと揶揄われると思ったのか、それとも思ってもいない言葉が返ってくるのが怖かったのかはわからない。
「ごちそうさま」
結局最後まで陽のことを聞き出せなかった太一は、そそくさと食器をキッチンに運び、太一の背を少し心配そうに見ている母を気にすることもなく、重い足取りで階段を上っていった。
「弟の部屋に何か弟がいなくなったヒントがあるかもしれない」
ふと、そんなことを考えた太一は陽の部屋の前に向かった。扉に掛かったハンドメイドのネームプレートを見て、どうやら陽の部屋はあるらしいことを悟った。これは陽が確実に存在していたということの証明になる。太一が扉に手をかけるといつもより少し重く感じた。
部屋の明かりを点けた太一は、すぐに部屋の周りを見渡す。部屋は暗い、突然太った黒猫が飛び掛かってきても躱せないくらいに。
太一は、ベッドの側に放り投げられた週刊少年漫画雑誌を無視し、部屋の中で一段と存在感をアピールするパソコンに近付いた、どうやらスリープモードのようらしい。キーボードの側に乱雑に置かれたメモの群れからパスワードを救い出して、画面を開こうとしてみる。パソコンは完全に目を覚ました。所狭しと並べられたファイルの中にアイ・オーオンラインのエグゼクティブファイルを見つけた。そして、迷うことなく起動させた。
IDは保存されていたので、再びメモの群れからパスワードを探して入力する、クリック。
しばらくすると、アイ・オーのマスコットキャラクターであるニオリーフが緑の髪を揺らし大きく手を振りながら近付いてきた。どうやら出迎えてくれているらしい。人それぞれに好みがあるのかもしれないが、これは確かに可愛い。
――お帰りなさい、イヴォーサ大陸での冒険を続けましょう――
太一の脳裏に、陽がアイ・オーの成り立ちや操作などをレクチャーしてくれたときの記憶が蘇った。
このゲームで作れるキャラクターは一体だけ、最初にいくつもの質問に答えた後、プレイヤーに適した能力値と職業のキャラクターが生成されるらしい。職業は無数にあり、サービスからまだそれほどの時間が経っていないこのゲームでは多くの明かされていない職業があるらしい。
陽が使っていたキャラクターを見てみよう。
【レベル:48 名前:ヨウ 職業:ガンナー 装備:なし 状態:瀕死 その他:置き去りの弾丸】
太一には最高レベルはわからないものの48という数字を見て感嘆の声を漏らす。職業についてはこれから教えてもらうつもりだったので、あまり詳しくはわからないが、陽がプレイしているモニターを見ていた記憶では中距離、遠距離で戦うことを得意とした職業、そういえばトリッキーなスキルがいくつかあると自慢気に教えてくれたことを思い出した。装備はなし、このレベルで装備がないということは一般的なゲームでは考えられないだろう、ただ裸祭りでもしていたのかもしれない。状態は瀕死、瀕死の状態でゲームをやめたってことなのだろうか。その他を見ると、置き去りの弾丸とだけ書かれている。これまでにいくつかゲームをしたことがあった太一だが、『置き去りの弾丸』の意味を想像することはできなかった。
ヨウという名前のキャラクターを使って、アイ・オーの世界に入れば何かわかると思い、ヨウにカーソルを合わせてクリックする。
――キャラクター作成を行った本人以外は、『ヨウ』でゲームを遊ぶことはできません――
に続いて、
――新しいIDを作成してプレイしてください、あなたの参加をお待ちしています――
とだけ画面に表示されたかと思うと、ニオリーフはどこかへと去っていき、画面はデスクトップに戻ってしまった。
「今日は何もわからなかった。明日みんなに相談してみよう」と太一は独り言を吐き、自分の部屋に戻った。