2話 夕陽沈み、終わりは間もなく
夕陽も沈みかけ、学校の側にある森のずっと奥から慟哭かと思えるほどの何か大きな猛獣のような鳴き声が学校の終わりを告げる頃――
「アイ・オーについて話したいことがあるって言ってなかったっけ」
何か思い出したかのように少年は口を開いた。彼の名前は、桃山丞。今年十六歳になったばかりの高校生。首下までスラっと伸びた黒い髪と丸眼鏡が彼のトレンドらしい。順風満帆な学校生活の中にいる彼という存在は、ある種の刺身に添えられた大葉のようにすごく素敵だ。地味ではあるが、なかなか悪くない。
「せやったせやった、忘れる前にはよ言うてくれや」
浅黒が話している言葉はどこかの方言だろうか。この浅黒は梶倉聡、言うまでもなく十六歳ではあるがどこか少し老けて見えなくもない。どこかで聞いたような方言交じりの言葉からは、我が母校の前に構えるあの坂を猛スピードで下る自転車程の勢いを感じる。そんな自転車はたまに事故を起こすらしく、学校は、あまりスピードを出すなといつも生徒らに注意を促している。
「焦らせなくても神山君が話したいって言ってたんだから話してくれるでしょ、そうだよね」
そう言いながら、次の話し手と思われる神山に向かい微笑みかけたこの少女は、与田ヒカリ。運動部に所属している彼女ではあるが、日中、外で運動しているにも関わらず、肌の色はかなり白い。そのスラっと伸びた手足を見て、目が釘付けになった男子生徒も少なくないのかもしれない。
「そうだね、みんなに聞いてほしくて……」
話し始めた神山太一は、一度ためらったかと思うとそのまま話を続けた。
「一か月前くらいから弟の陽がアイ・オーを始めたんだけど、昨日は何かがおかしかったんだ」
「太一君に弟なんていたっけ。だって、一人っ子じゃ……」
と言いかけた丞を遮るかのようにしてヒカリは太一に問いかける。
「ごめんね。でも、その太一君の弟さん、陽君に何かあったの」
「まだ自分でもおかしくなったんじゃないかと思っているんだけど、陽が突然部屋から消えたんだ。お母さんも陽の友達もみんなと同じような反応で誰も弟のことを気にしていないんだ。まるで最初からいなかったかのように……」
「まぁ仮に太一に弟がいるとしてや。部屋から消えたって、なんでそんなんわかんの」
「それは、陽がいなくなる5分前くらいまで陽の部屋でアイ・オーの話をしてたからだよ。ゲームのプレイ画面を見せながら色々と教えてくれてたんだ。ただちょっとトイレに行って帰ってきたらいなくなってて……」
「どこかに遊びに行ったんじゃないの。お母さんなら何か知ってたんじゃない」
「お母さんに陽がどこかに遊びにでも行ったのか聞こうと思ってキッチンに行ったら、夕食の準備がしてあったんだけど、それは二人分だけ。驚いた様子の僕に気付いたお母さんは僕を見て言ったんだ」