6話・安倍晴明と酒呑童子の後日談
どさり、と女の体が地面に落ちる。
倒れ付す女の顔は、どこか清々しい面立ちだった。
今度こそ終わったかと体の力を抜いた悠斗の前で、亜貴の髪の色も戻っていく。俯いていた顔が上げられれば、そこには金の瞳ではなく彼女本来の茶色の瞳があった。
「あー……お疲れ?」
「……はい」
なんと声をかければいいのかわからなくて、適当にへらっと笑った悠斗に、亜貴は控えめにはにかんで小さく頷いた。
その後、結界を解いた安部家の術者に女の処置を任せ、悠斗は亜貴を伴って自宅に帰った。
本来ならばその正体が鬼である亜貴を安部家にいれてはならなかったが、そこは悠斗が押し切った。曰く、考えがあるから、と。
そうして戻った自宅の自室に、亜貴を案内し折り畳み式のテーブルを引っ張り出して、温かいお茶と茶菓子を一応だした。
悠斗とは対照的に戸惑いに戸惑っている亜貴を横目にばりばりとせんべいを齧りながら、悠斗は事の次第を亜貴に説明していく。
「んなわけで、俺は現代の安部晴明。酒天童子退治の依頼を受けて、アンタに近づいた。だけど、……アンタ、覚醒してなかったな?」
「……はい。私、今日始めて酒天童子なんだって、実感しました……」
今まで、ずっと酒天童子の生まれ変わりだっていわれてて。でも全然実感なくて。
酒天童子の記憶なんてないし、力も使えないし。出来損ない、っていわれてて。
ぽつりぽつりと呟くように吐き出される亜貴の独白にふむふむと耳半分傾けながら、ずずっと茶をすすって悠斗は「だけど」と話を区切った。
「アンタは今日覚醒しちまった。それも、そこらの雑魚鬼じゃなくて、強大な力をもつ、酒天童子として。安部家としちゃあ、そんな危険な鬼を野放しにはできない」
「……私を、退治、するのですか」
緊張をはらんだ亜貴の言葉に、悠斗は気が抜けるほどに自由だ。ひらひらと手を振って否定をみせる。
「いんや、アンタは過去はどうあれ今は人間で、呪もかけてないしな。ざっと見た感じ、源の系譜に対する呪はアンタの意思に関係なく勝手に発動するんだろうが、俺が傍にいれば抑えられる。それで、だ」
そこでようやっと真剣な眼差しになって、悠斗は射るような瞳で亜貴を見つめた。黒曜石のような日本人にしても黒い瞳に亜貴の姿が映りこむ。自然と息を呑んだ、亜貴の前にぴっと指が一本立てられた。
「アンタ、俺の部下になれ」
「……え?」
「俺の使役する式になれ……とまではいわないが、まぁ、なんだ。俺の部下になっとけ。そうしたら、少なくとも高校三年間は呪を押さえてやるし、その後はなんか適当に呪を押さえる呪具でも作って渡してやるよ。んで、俺の部下になるメリットは当然ある」
立てた指を左右に振りながら、悠斗は言う。
「源の奴らみたいに、お前を排除しようとする奴らから護ってやる。まぁ、俺のつーか安部晴明の配下に手を出す馬鹿はそうそういないと思うけどな。これでアンタのひとまずの安全が確保される。悪い話じゃないだろう?」
「……そこまでしていただける、理由がわかりません」
のんびりと告げた悠斗に亜貴は硬い面持ちで言う。確かにいい条件だ。デメリットは見当たらない。
配下になるということは、今日のように戦闘があれば戦わねばならないかもしれないが、身の安全が護られるならば、許容できる範囲だ。
でも、それをする悠斗の真意がわからない。
安部の家にはいるときにあった悶着からいって、決して亜貴は歓迎されていない。なのに、なぜ。疑問を浮べる亜貴に悠斗は「あー」と無意味に声を出して。
悪戯が成功した子供のような、無邪気な笑みを浮べた。
「敵だったはずの相手が仲間になるって展開、燃えねぇ?」
「……え?」
「こーいうの、憧れてたんだよなぁ。敵の敵は味方っつーの? まじかっこいいよなー!」
「え、あの、え」
「しっかも、酒天童子! あの酒天童子が配下! 俺最強にまた一歩近づいたくね?!」
「えーっと、須藤、くーん……?」
恐る恐る亜貴が声をかけるが完全に自分の世界に入っている悠斗には届かない。
途方にくれる亜貴の肩を両方からぽんと叩かれる。びっくりして振り向けば、泣き黒子の位置以外区別がつかないほどそっくりの真っ白な子供が二人。
「ああなった、主様は人の話を聞かない」
「あるじさまねー、しょうねんまんが、すきなんだよー」
主に「少年漫画が好き」という言葉で現状を把握してしまって。出来てしまって。
悠斗の言葉を鑑みるに、敵だったけど倒したら味方になった、というポジションに自分が微妙に状況は違うけど当てはまっているのだと、気付いて。
止めとばかりに。
「やっぱり王道は最高だよな!」
そんな風にきらきらと輝く目で言われたら。確定事項でしかないではないか。
でも、嫌な気持ちにはならないから、むしろ、いままで隠してきた鬼だということを隠さず生きられるというのは、とても、魅力的なことのように思えた。
だから。
「うん。そうだね。王道は最高だよね」
亜貴はにこりと笑顔で悠斗の配下に加わることに同意した。