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3話・安倍晴明を襲ったハプニングの正体

 悠斗が目を覚ましたとき真っ先に目に入ったのはクリーム色の天井だった。それと、少しの薬品の匂い。

 妙に痛む顎をさすりながら、ここはどこだ、などと思いながら起き上がれば、ちょうどよくベッドを区切っていたカーテンが開かれた。


「あ! 須藤さん起きたんですね! よかったぁ……! いま先生呼んできますっ」

「あ、ちょ、おい!」


 言うだけ言ってかけていった女子生徒。どこかでみたことがあるような。

 はて、と首をかしげた悠斗はほどなくして訪れた保険医の桂木を見て「ああ!」と声を上げた。


「水ぶっかけるだけならともかく、花瓶ぶつける奴があるかよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさいいいいいい……!!」


 思わず体面も気にせず怒鳴った悠斗に亜貴はただひたすら小さくなるばかりだ。身を縮こまらせて震える亜貴の肩に桂木が手を置く。


「須藤さん、あんまり春夏冬さんを責めないで上げて。ほら、ちょっとした悪戯があったのよ。どう考えてもあの重さの花瓶が春夏冬さんの意思じゃなくて貴方めがけてとんでいくのは無理があるし」

「……悪戯」

「そ、貴方には覚えが多いんじゃないかしら?」


 二十代後半の保険医の桂木は悪戯気に目を細める。その仕草で自分の変人という悪評が使ったことのない保健室まで広まっているのだと知って、眉を顰めた。


 悪戯。


 普通なら小さな子供のするさほど悪意のないたわいないことを指すべきその単語は、この学園ではもう一つの意味を持つ。

 すなわち、視えないモノの仕業だ、と。

 それは夢見る者には妖精と呼ばれたり、ちょっと見えるものには幽霊と呼ばれたり、現実主義者には偶然で片付けられたりと様々だが、桜ヶ丘学園に所属する大部分は初等部から在学していることからこの手の世間一般でなら騒がれるようなちょっとしたホラーテイストなことも『悪戯』の単語ですまされる。

 人間慣れとは恐ろしいと悠斗はこの学園に入って学んだものだ。

 そんな悠斗にはどうして変人という称号がついているのかというと、うっすらぼんやりと視える人間はいても悠斗ほどの見鬼の才をもつものは在学していないということ、視ることはできても、聴くことはできないものしかこの学園にはいないからだった。

 あるいは視ることも聴くこともできるものもいるのかもしれないが、そこは初等部からいるものたちだ。うまく隠しているのだろう。

 なにしろ、高校から編入したのは悠斗一人という閉鎖された学園だ。

 高校からの編入というだけで目立つというのに、それに加えて視える聴こえる、極めつけは触れるとくれば悠斗が無意識にしたちょっとした動作でもさらに目立つのだ。

 今まで小学校、中学校と公立だったが、そこはまだ成熟していない悠斗が下手に変なものに付け入られないように徹底的に安部の家のものによって清められていた。

 だから、道端でおかしなものを視ることはあっても、こうやって日常にまでそれらが侵食してくるのは高校に入学してからの体験なのだ。

 もちろん、中学卒業と同時に安部晴明の名を次いだのは伊達ではなく、ただ祓っていいならいくらでもできるのだが、一般人の目を気にして行動する、ということは悠斗にはとんと縁がないことだったのだ。

 恐らくは、悠斗の父が悠斗を桜ヶ丘学園に入学させたのもそういったことに慣れさせる目的もあったのだろう。まぁ、一番はこのおかしなことになっている桜ヶ丘学園の正常化ではあるのだろうが。

 思わず考え込んでしまった悠斗はそこでふと自分の服が学ランからジャージに変わっていることに気づいた。


「ん?先生、このジャージ」

「ああ、保健室の備品だから後で洗って返してね」

「あ、はい。……じゃなくて、着替えさせたのは……」

「もちろん私だけど? 男子生徒の服脱がせるくらい朝飯前よ。と、言いたいところだけど、嘘嘘。ここまではこんでくれた佐々木先生がね、ついでに着替えさせて言ってくれたわ。お礼いっときなさいよ」


 保険医といえど女性である桂木に脱がされたと聞いて思わず顔をしかめた悠斗に桂木は噴出して、すぐにくすくすと笑いながらネタばらしをしてくれた。

 佐々木先生とは体育担当のがっしりした体系の男性教諭だ。それなら幾分か悠斗のプライドも守られる。

 気絶したことが安部の家のものに伝われば、しかもそれが『悪戯』のせいなどと知られれば、確実に倍以上の修行とお説教が待っている。

 どうか伝わりませんように、と思いつつも、悠斗という天賦の才をもつ時期後継に万が一がないようにといつもどこからか見張られているのは知っているので無駄なのだろうなぁと肩を落とす。帰るのが今から憂鬱だった。

 特大のため息を吐き出した悠斗に、亜貴があせった様子で話しかける。悠斗のため息の理由が自分のせいだと思ったらしかった。間違ってはいないが。


「あ、あのあの、制服は私がちゃんとクリーニングにだしますので……」

「あー、いいよ。……ちょっとまて。あの花瓶の水、替えた、後?もしかして、替える前?」


 それで大分心境が変わってくるのだが。そういえば、なんとなく、ぬれた髪が臭い気がする。

 恐る恐るたずねた悠斗に、亜貴は心底申し訳なさそうに。


「三日間そのままの水でした……」

「先生シャワアアアアアアアア!!」

 思わず悠斗が絶叫したのは仕方ないだろう。




 大笑いする桂木から体育系の部活が使うシャワー室の使用許可をもぎ取ってどうにか三日間替えられなかった水特有の臭さを落とした悠斗はそのままジャージで授業を受けて、結局制服も恐縮する亜貴に丁寧に断って持ち帰ることにした。

 水にぬれた学ランなどいちいちクリーニングに出さずとも火を使ったちょっとした術ですぐに乾く。さすがに学校ではしないけれど。

 匂いまで落ちるかは少し不安なところではあるが、こういったとき陰陽術も便利だと思う悠斗はとことんめんどくさがりで才能の使い方を間違えていた。

 待ち受けるお説教と修行を憂鬱に思いながら帰宅して、案の定父親からガミガミとあんな低級な霊の悪戯にひっかかるなど、と説教を頂き、お前は安部晴明の名を次ぐものとしての自覚がどうのこうのと耳たこができるくらい何百回も聞かされつづけてるお決まりの文句まで聞いて小一時間。

 やっと開放された悠斗を待っていたのは禊だった。それはいい、毎日の習慣だし慣れている。

 だが、敷地内にある清められた場所で普段の五倍の時間の禊を言いつけられたときはさすがにげんなりしたが、非が悠斗にある以上文句を言えるはずもなく。

 禊を終えるころにはとっぷりと夜は暮れていた。学校から出された宿題があるが、到底手をつける気にはなれなかった。


「あるじさまおつかれー?」

「寝る前に宿題」


 自室の勉強机にページだけ開いた問題集を置いてつっぷす悠斗にリオとオリが声をかける。

 んー、と気のない返事を返した悠斗はふと今日が月曜日だということに気づいた。


「なー、リオちょっとおつかい行ってきて。週刊少年ジャン買ってきて。お釣りでお菓子かっていいから」

「わーい!」

「……リオ、報告が先。主様、リオをものでつらないで」

「報告?あ、あー、酒天童子だっけ?忘れてたわ」


 割と本気で忘れていた。ぽりぽりと頭をかきながら上体を起こしオリとリオに向き直る。


「んじゃ、お使いは後回し。先にリオから報告」


 つってもなんもなしだろうけどなー、とのんきに構えていた悠斗だったのだが。依頼主の女性に一日見つからないように張り付いていたリオは明るい声で意外なことを言った。


「はーい!あるじさま、あのひとへんだった!おかしいよ!」

「可笑しい?なにが?」

「なにかはまだわかんないー。でもおかしいの。あのひとのまわり、おかしいの」

「それは、酒天童子の呪いのせいじゃなくて?」

「うん。それもあるけど、それいがいにもあるとおもう」

「うーん?」


 首をかしげる悠斗に真似して首をかしげるリオ。でもとりあえず、考えても埒があかないので、引き続き明日も見張るように命じて今度はオリに視線を向ける。


「オリは?なにか収穫あった? まぁ、一日目だし、そもそも酒天童子がどこにいるかもわからないし、日本にはいるだろうけど、北海道とか沖縄にいる可能性もあるしなー」

「学校」

「うん?」

「主様の学校」


 不穏な言葉に能天気に告げていた悠斗の表情が引きつる。


「……オリ?」


 恐る恐る名を呼べば、リオと違って変わらない表情でオリは短く告げた。


「主様の学校に、いる」

「はあ?!」


 その、あんまりにあんまりな答えに仰天する悠斗に、オリはやっぱり表情を変えないまま更なる爆弾を投下した。


「禊をする前、主様から、鬼の匂いがしてた」






 ちょっとまってくれと切実に悠斗は思った。

 俺から? 鬼の匂いが? した?

 匂いがつくほど近くに鬼がいたのに俺が気づかなかった? それはなんて酷い、笑えない冗談だ。


(まてまてまてまて、今日一日、学校で会った人といえば)


 まず筆頭は春夏冬朔、初対面だが『悪戯』によって接点を持った。

 だが、彼女はとても気弱な性格に見えたし、何より鬼の気配などしなかった。

 次、保険医の桂木。今日はじめて世話になったが豪放磊落な性格だった。だが、鬼の気配は以下同文。

 その次、気絶した悠斗を運んで着替えさせた佐々木。一年の体育の担当教諭でもあるので以前から悠斗も知っている。絵に描いたような体育会系の先生だ。だが、鬼の気配、以下同文。

 さらに次、クラスメイトたち。悠斗のクラスは進学系列で一クラス三十人だ。前の席が女子の鏑木、左右の隣は両方男子で河合と梅本、後ろがまた男子で筒賀。

 クラスに友人はいないので、クラスで匂いが移る可能性といえば前後左右のこの四人に絞られるだろう。だが、彼らも、以下同文。


「というか、鬼が普通に学校にいるものなのか?」


 いまさらりと人間に混じっていると仮定したのは……ああ、そうだ、依頼主の女性が『人間に転生』するといったからだ。なら、人知れずあのさほど害のない魑魅魍魎の中にうずもれてる可能性は皆無。


「うわ、頭いてぇ」


 依頼が早く解決するのはいいことだが、悠斗ほどの天賦の才能から見事隠れきる鬼を果たしてみつけられるのか。頭を抱えた悠斗は、けれどすぐに立ち直った。なぜなら。


「ま、そんなときのための」


 式だしな。


 目を細め、獲物を狩る狩人のごとく静かな、それでいて己が敗北はありえないという自負の元、不敵な笑みと殺気を浮かべる主を、式の二人だけが見ていた

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