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1話・安倍晴明の密談

 時は令和。

 魑魅魍魎が跋扈した時代は終わりを告げ、唯人の目に映らなくなって幾星霜。

 闇から闇に葬られた裏の歴史。知るものぞ知る、闇の中。その蠢く闇に身を浸して生きる者たちがいた。

 彼らを知る人は「安部」と呼ぶ。

 時代に置き去りにされた陰陽師。それでも彼らは、平成の世においてもいまだ跋扈する魑魅魍魎を退治せんと日々視えるものたちからの依頼を受けている。






 しんと静まり返った座敷ではささやかな衣擦れの音も大きく響く。

 昔ながらの古風な屋敷に、それにふさわしい古めかしい座敷。伝統を守った敷き方で敷き詰められた畳は素人目にも上質とわかるものだった。

 座敷奥には簾がかけられ、この屋敷の主人の顔を隠している。

 現代日本において、平安時代に置き去りにされたかのような古めかしい座敷の中、相対するのは簾で顔を隠した現代の「安部晴明」と呼ばれる者と、その安部晴明に依頼にきた女が一人。計、二名。

 否、人ではないものを数に入れるならば、さらに後二人が加算される。


「では、貴方のご用命をお伺いいたしましょう」


 静かに口を開いたのは簾で顔を隠した安部晴明。その声は存外に若い男の声だ。

 いや、少年といっても差支えがない若さだった。だが、簾越しに正座している依頼主はそのことに頓着した様子もなく、こちらは年相応に大人びた声音を発した。


「依頼は、鬼退治です」


 端的でありながら、これまた現代日本において現実離れした単語を口にする。

 挑むように簾を睨みつける女は腰まで伸ばした黒く艶やかな髪を結ぶことしていないせいで、畳にその豊かな髪が散らばるようについていた。

 赤く線の細いフレームのメガネの奥の瞳には知的な輝きがあり、至極冷静な表情は、冗談の類を言っているようには見えない。

 一言でその女の印象を述べるならば、冷徹、という言葉に集約されるだろう。

 そも、現代の安部晴明と呼ばれる相手に依頼と称しその門をたずねる時点で、全うな、いうなれば警察や探偵といった現代において頼りになるような場所で解決する問題を持ちこむはずもないので、この場において女の発言はなんらおかしいところではなかった。

 その証拠に簾の奥の人物も笑い声など上げることはない。ふむ、といかにもいかめつらしい声をだしているが、何分声が若いので迫力にはいささか欠けるものがある。


「鬼といえども千差万別、この平成の世において残る鬼が少ないといえど、まだまだ両の手にあまる数の鬼が跋扈しておりますが、さて、貴方の示す鬼とはどの鬼なのか」

「酒天童子です」


 回りくどい言い回しでの問いかけに、単刀直入に切り込む女の声。

 酒天童子といえば、その昔、平安京の姫君や若者を次々と拉致し結果的には源頼光と藤原保昌によって退治された鬼の名だ。現代においてもそれなりに有名な鬼の名であるだろう。

 むしろ、現代だからこそ、その鬼の名は広く人々の知るところになっている。なぜなら彼の鬼の名は度々創作の題材にされ、近年ではソーシャルゲームと呼ばれる分野で特に目にする機会が多い。

 酒天童子討伐の過程には初代の安部晴明も関わっていたことから、簾の奥の者にとってもその名は知るところだ。

 ふむ、と簾の奥で安部晴明と名乗る男は口元を押さえた。


「アレは初代安部晴明の占の結果、源頼光と藤原保昌によって退治られたはずの鬼。我ら安部一族のあずかり知らぬところで生き残っていたとでも?」

「いいえ、あの鬼は百年に一度“人間として”転生を繰り返しています」


 生き残っていたのだとしたら、初代安部晴明が見逃すはずもなし、そもそも仮にも現代において安部晴明を名乗る男が把握していないはずもない。

 いぶかしみを隠しもしない男の声に女は凛とした声で首を振り、きっちりと着ていた胸元のブラウスのボタンをいくつかはずした。

 三つほどはずしたところで、ブラウスの下に隠されるべき下着とともに、その胸元にまがまがしい痣が浮かび上がっていた。

 簾越しにもそれは見えたのだろう、あるいはその邪悪な気配を察してか、僅かに息を呑む音が静かな座敷に響いた。

 女はあくまでも冷静なまま、胸元の痣を指差して淡々と語る。


「私は源頼光の直系に当たります。我が一族は酒天童子による呪いを受けているのです。酒天童子が転生したとき、この痣が浮かび上がり、酒天童子が力をつけるにつけ徐々に痣は広がり――やがて、死に至る」

「……そのような大事、なぜいままでの安部晴明に相談なされなかったのか」


 責めるものいいは安部晴明として当然のものだった。だが、女は軽く首を振り胸元のブラウスのボタンを閉めなおしてから、まっすぐに、否、射抜くように簾へ視線を向ける。


「私たちとて源頼光の直系の一族。今までは自分たちで退治てきたのです。そして、なによりここ五百年、酒天童子は転生しておりません」


 それは源頼光の直系としてのプライド。安部晴明の名を次ぐ貴方ならわかるだろうという無言の抗議。安部晴明に頼らずとも酒天童子は打ち破れるという自負。

 だが、そうも言っていられなくなった。だから、女は今ここにいる。

 それを察して簾の向こうで安部晴明を名乗る男は小さく口元を歪めた。


「酒天童子不在の五百年の間に魑魅魍魎を退治する術は失われたか」

「お恥ずかしながら。我が一族は衰退しその秘術はすでになく、こうして貴方様を頼ってきた次第にございます」


 そして深々と女は頭を下げた。


「何卒、お願い申し上げます。この忌まわしき呪い、我が代にて決着をつけたいのです」

「承知した。酒天童子が退治、承ろう」


 この屋敷に入れるということは、依頼を受け入れるのと同義なのだ。最初から依頼を断る気などないのである。受け入れる気がなければ、そもそも門をくぐらせもしない。

 即座に了承した安部晴明に女はぱっと顔をあげる。その顔は先ほどまでのどこか険しく緊張していた面持ちが崩れ、安堵の色が見える。

 魑魅魍魎との接点が低くなった現代において、鬼の呪いをその身に受ける苦痛はいかほどか。それが年若い女性ならばなおのこと。

 口には出さずとも恐ろしかったのだろう。安部晴明はその様子に僅かに苦笑を浮かべて、拍手かしわでを二度打った。


「主、お呼びか」

「あるじさまー、およびですかー」


 幼くも対照的な声音が二つ。襖のそばに控えていた二名の童子だった。

 姿形は瓜二つ、全身を白い和装でおおった髪も肌も抜けるように白い。肩につく長さでおかっぱの髪型にしている童子たちは色こそ抜けているが日本人形のようだった。

 雪を連想させるような儚い面の幼子たちの唯一の相違点といえば、目元の下にある泣きぼくろの位置だけだ。片方は右に、片方は左に泣きぼくろがある。だが、それ以外は双子以上にそっくりの幼子二人は人間の生命力を感じさせなかった。


「安部殿、この、いえ、これは」

「ほう、廃れても源の直系か。さっしのとおり、それは式だ」


 女が目を見開いて驚くのも無理はない。ここまで人間にそっくりな、普通の人間であればまず看破することは不可能なほど、精巧に人間に似せられた式など一生かけてお目にかかれるかどうかわからない。

 そもそもが、陰陽師が台頭していた平安の時代ならばともかく、技術も秘術も衰退の一途を辿る現代において、これだけの技量を持ち合わせていることがまず感嘆に値する。

 さすがは、この現代において安部晴明を名乗るだけはあると女は一人頷いた。


「オリ、リオ、客人のご帰宅だ。ご案内しろ」

「はーい!」

「こちらにどうぞ」


 外見は瓜二つの幼子たちだが、性格は正反対のようだった。明るい声をだした幼子と落ち着いた声で廊下を示す幼子は声音も動作も似ていない。


「それでは、失礼します」

「退治が完了次第、また追って連絡させていただく」

「わかりました」


 立ち上がり一礼した女性はそのまま、オリとリオと呼ばれた幼子たちに連れられて座敷から遠ざかっていく。

 その気配が完全に遠ざかったのを見て、簾の奥に腰を下ろしていた現代の安部晴明は。


「いまさら鬼退治かよ。めんどくせー」


 悪態をついていた。

 簾のおくでごろりと転がり、かしこまった態度も口調もかなぐり捨てて、ぶちぶちと文句を上げ連ねる。

 その外見は声同様若い。年の頃は十代半ばほど。男にしては長い部類に入るのだろうが、それでも肩につかない長さの黒髪をがしがしと乱暴にかきながら無駄に高い天井を睨みつつ文句を吐き捨てる。

 その本来の名を須藤悠斗。安部晴明というのは陰陽師としての裏の名だ。


「大体、酒天童子なんて大物とっくの昔に始末してなきゃおかしーだろーがっつーの。そこらのちいせぇ鬼とわけが違うじゃん。それをなに? 自分たちで退治してきたって馬鹿なの。馬鹿なんだろーなぁ。呪いとかずに退治だけしてどーするよ。なんでさっさとだれでもいいから陰陽師たよらねーのよ。よりによって俺のとこにくるのさ」

「それは主さまが安部晴明だから」

「あるじさまがつよいからなのー!」


 不平不満を隠さず口にしていた悠斗の下に、見送りがすんだのかオリとリオが戻ってきた。

 上から覗き込む悠斗自らが作り出した式の二人にじとっとした眼差しを送って、結局はため息を一つ吐き出して悠斗は上半身を起こした。


「あーあ、文句いっててもはじまらねぇかー。オリ、とりあえず情報収集。リオ、あの女守ってやれ。でも気付かれるな」

「かしこまりました」

「わかった!」

「んじゃ、解散解散」


 ひらひらと手をふって追い出そうとする自らの主にオリとリオは顔を見合わせ、背を向けている悠斗の正面に回った。


「主様、今日は学校」

「あ? んなもん自主休校だ。大体もう十二時じゃないか。いまさらいってどうするよ」

「あるじさまー、がっこういかないとだめだよー」

「うるさいなぁ。主に口答えするんじゃねぇよ」


 オリとリオの苦言をまるで相手にせずごろりと再び寝転がった悠斗に、二人は再び顔を見合わせ。


「「せーの」」


 式だからこその人間の幼子では到底出せない馬鹿力でもって、悠斗を思いっきり簾の向こうに投げ飛ばした。

 当然ながら、簾がかかっている部分は一段高くなっているので、一段の高さ分余計に落下した悠斗は。


「いってえええええ!!」


 と、当然の声を出した。


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