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第二章「決断」その3

雑貨屋の店主であるイワンはフレアに対し何を教えてくれるのでしょうか?

「異端狩りの連中共が来ている」

「異端狩り?」


 初めて耳にする言葉にフレアは首を傾げる。


「その様子だと知らないようだな。オースミム教徒の中には、何というか過激な奴がいてだな、そいつらは他の神を信仰する亜人達を一方的に異端者として迫害しているんだ」

「他の神――」


 モーリーから聞いた、亜人達にはそれぞれ信仰する神がいるという話を思い出す。


「そんな! だって、人間と亜人の間には和平条約が結ばれているんじゃないの?」


 その言葉を制するかのように、イワンは話し始める。

 しかし、その声は小さく、誰かに聞かれないか心配しているかのようだった。


「勿論、ランメイア王国にはバレないようにしているし、仮にバレたとしても王国の重鎮の中にも裏で異端狩りを支援している奴もいるという噂だ」

「どうしてそんな酷いことを?」

「そりゃあ、昔亜人達に奴隷扱いされていた過去があるからな。亜人達の故郷は辺境ばかりだが、亜人達が大陸を支配していた時代には、その多くが今でいう王都のある中心部に移り住んでいたくらいだ」

「そうだったの?」

「ああ。町の南東にある墓地を知っているだろう? あそこに昔の亜人達との戦いの犠牲者の名前が慰霊碑に刻まれているくらいだ」


 フレアはモーリーの話を思い出し、小さく身震いした。


「まあ、くれぐれも異端狩りの連中に近づくな。奴らは危険すぎる」

「だったらさ、町の皆で追い払えばいいのに」

「う、それはだな――」


 痛いところを突かれ、イワンは口ごもる。


「奴らは強すぎるんだ。元王国の兵士だった人間もゴロゴロいるし、背後には国の高官もいるとも聞く。近づかないのが得策だ」


 口早に反論するイワンだが、やはり単なる逃げ口上にしか聞こえない。


「それって怖いから逃げているだけじゃない」

「俺達のような弱い人間は、賢く生きるしかないんだ」


 悔しそうなイワンの顔を見ていると、彼だけを責めるのは間違っていることにフレアは気づかされる。

 そして、自分もそんな弱い人間だったということを思い出したのだった。


「ご忠告ありがとうございます。それでは」

「ああ。気をつけろよ」


 フレアはさりげなく後ろを振り向くと、イワンの顔には自分の無力さに静かな怒りが浮かび上がっていた。

 イワンもまた若い頃に、自分と同じ気持ちを抱いてことがあったのだろう。

 身体の内で正義感が激しく燃えるも、それに反して臆病な理性に押しとどめられ、結局は何も出来ないまま歯がゆい思いのまま惨めな時間を過ごさなくてはならない――。

 今まで平和だと思っていた世界のイメージが一気に崩れ、彼は動揺で軽い眩暈を覚えるほどだった。

 イワンの忠告通り、広場へと近づかないようにしたが、広場の方から聞こえてくるざわめく声が気になって仕方ない。

 折角の忠告を無視するのを申し訳なく思いながらも、フレアは他の人に見つからないようこっそりと様子を覗う。

 子ども向けの楽しい見世物ではないらしく、周りは大人だらけで、その中にはフレアの見知った顔も何人か混じっている。

 フレアは人混みに隠れながらも広場の噴水の方に目をやると、その前には二人の男が立っていた。

 男達は屈強な体格をしており、背に担いでいる槍からして、そこらにいる大人が集まったところで太刀打ち出来そうにないことが理解できる。

 一番の特徴は白と青を基調とした鎧兜を身につけており、それにはオースミム教のシンボルである鳥と盾を合わせたような紋章が描かれていた。

 フレアがその男達の足下を注視すると、そこには亜麻色の髪の少女が座り蹲っていた。

 褐色の肌をしており、こめかみの辺りからはヤギのような角が生えている。

 また、尾が生えているも、よく見てみるとそれは魚類の尾びれに酷似していた。

 顔こそは見えないが、紛れもなく亜人であることにフレアは驚いた。

 男達は群衆が集まっていることを確認すると、大声で語り始める。


「諸君! これが憎き邪神を崇める異教徒だ!」


 その声に驚いたのか、少女はびくりと尻尾を震わせる。

 それから、男達は群衆に向かい自らの武勇伝を語り始める。

 いかにも冗長に、そして誇張しているかのような言い回しであり、フレアですら鼻で笑ってしまいそうな内容だった。


 ――いくら何でもこんな少女がそんなに恐ろしいはずがないだろう。


 誰かがそんな反応をすると、槍の石突きをわざとらしく地面に叩き付けて皆を威嚇する。

 男達が喋り終えると、周囲に重い沈黙が流れる。

 皆が顔を見合わせ、どうしたものかという眼差しをしていた。

 穏便にお帰り願いたいというのが皆の総意だったらしい。

 仕方なく観客達が小さく拍手をすると、やがて広場は小雨のような拍手で満たされる。


「ありがとう、敬虔なる兄弟達よ! さて、もし良ければ兄弟達の多大なる愛をここに投げ入れてくれ!」


 男達はそう言うと、被っている兜を地面へと置いた。

 愛とは一体何のことやら、とフレアが疑問に思っていると、群衆達はやれやれと言った様子で銅貨を投げ入れる。

 中には意気揚々と金貨を投げる者もおり、それを見て男達は密かに口角を上げていた。

 亜人を見世物にしてお金を集めているという事実を見て、フレアの頭に血が上った。

 こんなことが許されていいのか、という激しい怒りが少年の心を焦がすばかりに燃え広がる。


「感謝感激とはまさにこのこと! さて、日の入りの時間と共に南東の丘にてこの邪神の教徒の処刑を行う!」


 その言葉を聞いた瞬間、フレアの思考が停止した。

 気を取り直して耳にした言葉を再確認するも、やはり処刑と言っていたことに間違いはなかった。

 自分と同じくらいの年の女の子が、これから殺されるということなのか。

 恐怖で震える少女の肩を見つめながらも、フレアはどこか慣れた反応をする町の人々に対しても衝撃を覚える。


 こんなことがあってたまるか……。


 地球にいた頃の自分を思い出し、フレアは自然と涙を流す。

 それは誰からも見捨てられ、そして命を落とそうとしている少女と自分の姿を重ね合わせているかのようでもあった。

 フレアはその場から離れると同時に空を見上げる。

 まだ、日の入りまで時間はある――。


 何とかしなければと思い、フレアはまず教会へと向かった。

 もしかすると、オースミム教ならば何とかして貰えるのではないか。

 教会に入ろうとすると、誰かに呼び止められた。


「どうしたの?」


 そこにいたのは教会に勤めているシスターだった。

 フレアも何度か会ったことがあるが、フードを目深に被っているため顔を間近で目にしたことがなかった。


「あの、実は、亜人の女の子が――」


 フレアは先程広場で起こったことを正直に伝える。

 すると、シスターは困った声でこう告げる。


「また、あの者達が来たのですか……」

「何とか出来ないの?」

「以前も亜人の処刑が行われようとしましたが、その時は助祭様の嘆願により処刑を防ぐことが出来ました。ですが――」


 シスターはやや間をおいてからさらに続ける。

 その声は今にも泣きだしそうな悲しみを抑えていた。


「その数日後に何者かに襲われ、重傷を負ってしまったのです……」

「そ、そうなんだ……」


 シスターの口ぶりからすると異端狩りの報復と断定はできないものの、下手に口出しすれば命を落とす危険もあるようだ。

 暴力で人を屈服させる方法に対し、フレアは酷い怒りを覚えた。

 こうなれば、自分が何とかする他ない。

 教会から離れようとすると、誰かとすれ違う。


「どうした、坊主」

「あ、司祭様」


 シスターの呼び声に合わせてフレアが視線を上げると、そこにはオースミム教のローブを身に着けた男がいた。

 やはりフードを目深に被っているせいで年齢や素顔まではわからない。


「まだ俺は司祭見習いだ。何かあったのか」

「実はまた異端狩りが出たとのことです」

「なるほど。噂には聞いていたが、この街にも来やがるのか」

「説得をしようにも、その……」


 シスターが口ごもると、それを察してか男は肩を竦めてからこう答える。


「多人数で説得に当たる他ないだろう。坊主、連中はどこにいる?」

「えっと、南東の丘です。日の入りと共に処刑をするそうで……」

「よし、それまでに集めるか」


 司祭は右目を擦るような仕草をしながらもそう言った。

 フレアはすっかり安心し、早速教会から出ていった司祭を見送ることにした。

 その後ろ姿を眺めてから、フレアはふと我に返る。

 本当にオースミム教の人に任せていいのだろうか。

 僕にも何か出来ることはないのだろうか。

 そして、気が付くと彼は町の外へ向かって飛び出していた。

 門を出る際、彼は門番に対してこう尋ねる。


「すみません、この辺りの地図を持っていたりしませんか?」

「地図? これでいいかな?」


 門番の青年は特に疑問を抱くことなく懐にしまっていた紙の地図を広げる。

 製紙技術の関係か、地球のものと比べるとやはりというべきか紙質は荒かったものの、地図としては十分だ。

 フレアは処刑が行われる丘の場所と現在地を見比べる。

 ここからそう遠くないことを確認し、彼は門番に礼を言ってからその場を離れ、異端狩りの連中よりも先に丘へと目指して駆けていく。

 特に作戦は何も考えていないが、自分にも何か出来ることがあるかもしれないということだけを直感的に信じての行動だった。

 幸いにも異端狩りの連中が乗ってくるであろう馬車はまだ現れていない。

 フレアは安心しながらも、ひたすら丘を目指して歩いて行くと前方に廃墟らしき物が目に入る。

 近づいてみると、それは彼が初めてメルタガルドにやって来た時に目にした遺跡群を彷彿とさせるものだった。

 彼はモーリーの家で読んだ本のことを思い出す。

 亜人達はメルタガルドのあちこちに、神を崇める祭壇を建てており、その名残が各地に残されているとのことだった。


 もしかすると、異端狩りの活動での一環で荒らされたのだろうか。

 彼はそんなことを考えつつも、崩れた壁に身を潜め、異端狩りの連中を待ち伏せする。

 心臓の鼓動が身体中に響く中、どこからか風に混じって蹄の音が聞こえてくる。

 彼が周囲を探ってみると、馬車が丘の方へと近づいてくるのが目に入った。

 見物客が来る前の下準備をするのだろうか。

 彼は重くのしかかる緊張に身を強張らせながらも、じっと時間が過ぎるのを待つことにした。

フレア少年の望んだ平和な生活は一時的な幻だったようです。

少女を守るために自分に何が出来るのか――。

少年の勇気が今まさに試されようとしています。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアの活躍をお楽しみに。

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