第二章「決断」その2
リナウスと別れて異世界での平和な生活を始めることにしたフレア少年。
今日もまた彼の平穏な一日が始まりそうです。
その後、フレアがリナウスと別れてから半年が経過した。
フレアは山の中での生活にすっかりと順応し、毎日が夏休みのような気分でもあった。
しかし、彼は自堕落な両親を見て育ったせいか、何もせずだらけた生活を送るのは嫌で仕方なかった。
その有り余る向上心を使ってモーリーの書庫の本を読みふけることで知識を高め、また木の棒を振り回して独学で剣術の真似事をしていたりもした。
悠々自適な生活ではあったが、山での生活は不便なことも多い。
モーリーの家事の手伝いをするのには慣れたが、電気がないため夜はランプの灯りがあっても薄暗く、星でも見ようかと窓を開けていると呼んでもない蛾がやって来て、そのたびに彼は悲鳴を上げて逃げ惑う。
幼い頃から虫が苦手な彼としては未だに慣れないが、それでもあの過酷な日々と比べれば可愛いものであった。
その他にも足りない物は町に買いに行く必要があり、この日もまた彼はモーリーからお使いを頼まれた。
彼としても町までは二時間程歩かなくてはならないのが大変だが、たまにはのんびりと景色を見ながらのお出かけというのも悪い気分はしなかった。
猛獣避けの鈴を鳴らしながらも、彼はバスケットを片手に通い慣れた道を進む。
念のためモーリーからもらった護身用の鉈を腰から下げているが、運が良いことに猛獣には一度たりとも遭遇したことはなかった。
鈴の音をテンポ良く鳴らしつつも、彼は大きく伸びをする。
――人生ってこんなに素晴らしかったんだ。
彼はその感情を謳歌するかのごとく、楽しげに足を動かす。
体力に自信のなかったフレアだが、メルタガルドへ来てからというものの身体を動かす機会が増えたためか多少は体力が付いたと自覚している。
ただ流石に山道を下るのは彼の身体に応えた。
道中、木陰で休憩を取りながらも水筒の水を飲むながらもフレアは空を見上げる。
そこには西側に傾きかけた太陽が暖かく地上を見守ってくれている。
地球の太陽よりも優しく照りつけているのは気のせいだろうか。
彼がそんなこと考えつつも休憩を終えると、再び元気よく歩き出す。
小川の側を沿うように道なき道を進んでいくと前方に東西へ伸びている街道を見つける。
ここまで来れば道に迷う心配はない。
彼が街道から東へとしばらく歩いていると、後方からけたたましい音が聞こえる。
慌てて振り向くと、後方から馬車が勢いよく駆けてきた。
「小僧! 危ねえぞ!」
御者が舌打ち混じりに叫び、フレアは慌てて馬車に巻き込まれない位置へと退避する。
「危ないなあ……」
フレアは頬を膨らませて馬車の後部をにらみつける。
馬車を引いていたのはクロミア馬と呼ばれている馬で、クロミア大陸中に生息しているとフレアはモーリーから聞いていた。
地球の生きた馬を間近で見たことはないが、少なくとも地球の馬にはないよう頭部に生えた二本の角が大きな特徴だ。
クロミア馬の馬車はよく見かけるが、フレアはどこか違和感を覚える。
屋根のない荷台部分には六人ほど乗っており、そのうち五人は大柄な男だったが、もう一人は子どものように見えた。
小さく丸まっていたため、性別すら判断出来なかったが少なくとも家族旅行の一団でないことは明らかだ。
彼が向かおうとしている町と馬車の行き先が同じだということに気がつき、あまり関わりたくないなと心の中で呟いた。
憂鬱な気分に浸りながらもひたすら街道を歩いて行くと町の門へと辿り着く。
門の前には『ようこそ、ダルカトの町へ!』と大きな文字で書かれた看板が一際目立っていた。
かつて町を築いたダルカトという人物の名前から取られたとのことで、馬車での往来が多い関係か商業が盛んな町として栄えていた。
門の前にいる守衛から簡単な荷物検査をされた後、彼は何の問題もなく中へ通される。
町人から話を聞いたところ荷物検査も形式的なものであり、危険な物が持ち込まれたという話もなく、誰もが数年前に起こった火事の方が恐ろしかったと口を揃えて言う。
昼下がりの町並みは今日も賑やかであり、彼は人混みに巻き込まれないように目的の場所へと足を進める。
その途中で町の中心にある大きな建物が彼の目に入る。
繁栄と団結の神を讃えるオースミム教の教会で、モーリーの話によるとクロミア大陸の各地にあるらしい。
教会を通り過ぎ、角を右に曲がった先にある建物へと彼は近づいた。
店先に下げられている木製の看板には雑な字で『イワン雑貨店』と書かれており、彼が扉を開くとカウンターにいる中年の男が声を掛けてきた。
「よお、フレア。今日はどんな用事だ?」
「イワンさん、こんにちは。これと岩塩を交換してもらえますか?」
フレアは手にしたバスケットを店主のイワンへと手渡す。
イワンはぶっきらぼうではあるが、モーリーとの古くからの知り合いであり、人見知りするフレアに対しても暖かく接してくれる心優しい人物だった。
「ほう、ハイガサダケか。これまた新鮮だな」
ハイガサダケは美味として知られるが、山にしか生えていない珍しいキノコであるため町民の間でも人気であり高値で取引されていた。
「ちょっと待っていろ」
イワンは店の奥へとバスケットを持って行く。
しばらくすると彼は岩塩をバスケット一杯に積んで戻ってきた。
「これでどうだ」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。モーリーさんによろしく伝えておいてくれ」
「では、これで失礼します」
「ちょっと待て」
フレアがぺこりと頭を下げて店から出ようとすると、イワンに呼び止められた。
忘れ物でもしたのかと思ったが、そうではないようだ。
「フレア、広場の方には向かうなよ」
「え、なんで?」
町の中心にある広場は憩いの場所として知られ、町長の演説会場や月に一度のバザーの会場としても知られている。
何があったのだろうとフレアが身構えていると、イワンは声を潜めながらも教えてくれた。
一体、町の広場では何が行われているのでしょうか?
子どもには見せられない催しがされるかどうかは現段階ではわかりません。
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それでは今後ともフレアの活躍をお楽しみに。