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エピローグ

※警告※


エピローグにはこの物語で一番の謎だった

『どうしてリナウスはフレアを助けてくれたのか?』

についての答えが書かれています。


物語の随所にかなり分かりにくいですが伏線があります。

気になる方は是非とも最初からお読みいただければと思います。

 フレア達が大聖堂へ侵入してから二週間が経過した。

 ようやくクロミア大陸を苦しめていた黒幕を倒し、フレア財団の活動を邪魔する者はもういないと思われていたが世の中は甘くはなかった。

 フレアが書斎机にて渋い顔で報告書を睨みながらも呻くように愚痴を零す。


「また、異端狩りの情報か……」

「イラスデンにはあれから色々と頼んだのだがね。まあ、異端狩りを止めさせなければ、オースミム教の真実を世間に暴露する、と言ったら大慌てした以上仕事はしているだろうさ」


 フレアが声の方を向くと、そこにはいつものブレザーの制服姿に、お気に入りのスカーフを身に着けている神の姿があった。


「うん、仕方ないよ。人や社会はそんな簡単には変わらないもの」

「ふふ、現実とはそんなもんさ」


 現実が如何に冷酷なのかはフレアも重々承知の上だ。

 むしろ、冷酷さの中に、人としての暖かみを見出すのが人生の醍醐味だとすら考えるようにもなっていた。

 その様子を見て、リナウスはポツリとこんなことを言った。


「思えば、君がバルシーアにとっての極上の捧げものだったのかもしれないね」

「え、どういう意味?」

「君のような謙虚な人間が本性に飲まれ凶行に走る姿こそ、バルシーアが求めているものかと思ってね」

「そうか、そんな狙いがあったのかもね」


 フレアは三日ほど前にウォルガンと会ってきたことを思い出す。

 彼は霊廟にて大司教の暗殺を企てたという名目により、罪人として今現在王都の地下牢にいた。イラスデンへの嘆願により極刑こそ免れたが、当分日の目を見ることは出来ないそうだ。

 最も彼はまともに会話できる状態でなく、フレアやリナウスのことも認識できず、ただぼんやりと冷たい牢屋の床を眺めているだけであった。

 フレアは今でもウォーデンへの処刑を取りやめるよう頼んだことが果たして正しい選択だったのかわからない。


「はて、これからますます忙しくなる。もうすぐ冬も目と鼻の先さ」


 リナウスは壁の方に目をやる。

 そこには先日フレアが釣り上げた魚のスケッチが貼られていた。

 スケッチしたのはリナウスであり、まるで今にも動き出しそうな生々しい描写だ。


「冬か……」


 これからは誰もが寒い冬に備えるべく、フレア財団としても亜人達が無事に冬を過ごせるように食料や燃料を用意する必要があった。

 容赦のない冬空と吹きすさぶ無慈悲な寒風を思い出し、フレアは小さく震える。


「大丈夫さ。この私がいるのだから」

「ありがとう」


 フレアは感謝の言葉を述べながらもこう続ける。


「あの、リナウス。聞いてもいいかな?」

「ふふ、改まってどうしたんだい?」

「そのさ。リナウス。もしかすると、いや、僕には、あの両親以外に家族がいたんだよね」


 リナウスは何も言わず、ただにこにこと無言で身構えている。


「そして、今の君の姿は、僕の――」


 自身と同い年ぐらいのリナウスの姿を見つめながらも、フレアの声は次第に掠れていく。

 声に出せば出すほど、どうにも胸の内の悲しみが色濃くなってしまう、

 それでも彼は勇気を振り絞り、そして声を張り上げた。


「姉に当たる人の姿だよね?」


 その言葉に対し、リナウスは表情を和らげる。


「ご名答。この姿は君の姉の成長した姿をイメージしたものさ。中々の美人さんだろう? きっと、いや、間違いなく皆から好かれる存在になっただろう」


 リナウスはその場でくるりと一回転すると。

 艶やかな黒髪と赤いスカーフが宙を踊り、世の男性をコロリと射止める魅力を存分に発揮するも、フレアは目を伏せる。

 彼には直視できなかった。

 あまりにも、あまりにも悲しすぎて。

 ややあって、彼は悲しみを押し殺して、ゆっくりと呟いた。


「生きていれば、の話だよね……」


 フレアの言葉に、リナウスは動きを止める。

 そして、驚くほどの切り替えの速さで真面目に語り始めた。


「やはり、気づいてしまったか」


 リナウスは小さく肩を震わせる。


「いや、本音を言おう。私は君に自然な形で気づいて貰いたかった。君を傷つけるのが怖くて、正直に話すことが出来なかった」


 リナウスは遠い目をしながらも、囁くような声で話を続ける。


「意外に思うだろうが、私はこう見ても、他の誰よりも君の幸せを願っている」

「え」


 フレアは驚くも、これまでのリナウスの言葉を思い出す。

 乱暴な言葉が多く、しかし雑ではあるが優しさが込められていたことに彼は今更ながらに気づかされた。


「だからこそ、この話をするのを躊躇っていた。だが、今は君の覚悟に応えよう」


 フレアの成長を喜んでいるのか、それとも悲しんでいるのか。

 深い色に飾られた双眸を見つめながらも、彼はリナウスの話に耳を傾ける。


「前にも言ったかもしれないが、誰かが君のために魔法のランプで願いを叶えてくれたという例えをしたね。君を救ったのは間違いなく君の姉だ」

「僕のお姉さんが?」

「名前はサファイア。初めてあの子と君に出会ったのは――そうだね、今から十数年前のことさ」


 そんなに昔の出来事なのかと、フレアは息を飲んで身を強張らせる。


「ある日、誰かに呼ばれた気がした。強い存在を求める声というのはしょっちゅうある。殆ど無視を決め込んでいるが、酷く弱々しい声で『強くて、優しい存在』を必死に求め、その声にはこれまで以上にない意志を感じ取った。気になってその声の主に会いに行ったのだが。まさか、二、三歳ぐらいの女の子に呼ばれるとはね」

「小さかったんだよね」

「そう、そしてその時の君は生まれたばかりだった。覚えていなくても無理はないさ」


 リナウスは首に巻いていたスカーフを何度も撫でながら語り出す。


「あの子は死にかけていた。ネグレクトというやつかね。このスカーフを大事そうに握っていたその姿は、今でも昨日のことのように思い出せるよ」

「そのスカーフは、その……」

「譲ってもらったのさ。話を戻そう。君の両親は君と姉を放ってどこかに遊びに行っていたようだ。病気で死にかけているのを気にも留めずに」

「あの二人ならやりかねないよ」

「生憎、私は治療とは無縁でね。すまない……」

「リナウス――」


 どんなに強い神でも、出来ないことはある。

 リナウス自身もまた悩んでいたことを、フレアは改めて思い知らされる。


「でも、どうして、君を呼んだの? 姉さんの身体を治してくれる神様を呼ぶという選択も――」


 フレアの言葉に対し、リナウスは大きくかぶりを振る。


「私もそれが一番良い選択だと思ったさ。でも、私はあの子から二つのお願いをされた」

「お願い?」

「一つは私の代わりに、弟を守ってくださいというお願いさ」

「え、僕を?」

「自分はもう助からない、と悟ったのだろうね。そして、仮に助かったとしても君を守る自信がなかったのかもしれない。だからこそ、呼びたかったのだろう。どんな相手からも君を守ることのできる存在を。君を心配してか、亡くなる最期の瞬間まで君の名前を繰り返し呼んでいた。何度も、何度も――」

「ね、姉さん――」


 あの幻聴は、そういうことだったのか。

 ずっと、ずっと、愛してくれていたのか――。

 フレアは自身の身体を両腕で強く抱きしめる。


「僕さ、小さい頃から、背が小さくて、そして、痩せていて、それで――」


 フレアは言葉の断片をボロボロと吐き出す。

 姉を心配させた自分のせいだ、もし自分が健康ならば――。

 そんな彼の頭を、リナウスは優しく撫で回した。


「君に非があるわけないさ。そして、問題なのがもう一つの願いだった」

「問題?」

「ああ。お父さんとお母さんを許して下さい、とね」

「今、今なんて!?」


 フレアは悲しみを忘れ、飛びつくように尋ねる。


「君の両親を許して下さい、さ。あまりの慈悲深さに私も腰を抜かしたよ」


 腰を抜かしたのはこっちの方だよ――。

 小さく呟いてから、フレアはぼそぼそとこう言った。


「リナウス、僕だって何となくわかるよ。幼い頃から両親にお姉さんがいるなんて知らさなかったし、警察に捕まった様子もないということは――」


 フレアはどんなに考えても、頭の中では最悪な結論へ至ってしまうのだ。


「君の姉の死を偽装した、ということだ」

「そんな……。だって、だって――!」


 そんなことがあってたまるものかとフレアは叫びたかったが、上手く声が出なかった。

 動揺のせいか、心臓が好き勝手に暴れており、彼は何度も咳き込む。


「大丈夫かい?」

「ごめん、大丈夫だよ。続けて」

「無理もないさ。私も自首をするかと思ったんだがね。いずれにせよ、サファイアの願いがなければ、君の両親にはもれなく永劫の苦しみをプレゼントしたつもりさ。ただ……」

「ただ?」

「いくらサファイアの頼みとは言え、姉を見殺しにされた君はどう思うか。そう考えると、私はあの残酷な世界につくづく嫌気が差してね」


 リナウスはせせら笑う。

 怒りを強引に隠そうとしているのだが、目元にはまるでその気配が隠せていなかった。


「あのまま君以外の全てに罰を与えてやろうかと思ったさ。しかし、私もそこまで冷酷じゃない。そこで、私はあの世界の未来を君に委ねることにした」

「僕に?」

「そうさ。君の両親は我が子を何だと思っていたのか。未来のための投資? それとも何となくできちゃったから育ててみた? いや、言葉を話す愛玩動物? そんな両親を通じて、サファイアの育ったあるがままの世界を見ることで、君はやがて激しい感情に目覚めるに違いない。そして、自由に私の力を使ってくれて構わなかった」

「でも、でも、僕は……」


 リナウスと最初に会った時、彼は復讐の道を選ばなかった。

 いや、正確には選べなかったのだろう。

 今となってあの幻聴が自分を正しき道へと導いてくれたのでは。

 そうだ、そうに違いないと彼は確信する。


「いやあ、何もかもが異法神の予想を上回るとはね。心配になるくらいに謙虚で無欲なもんさ」

「そうだね……。これは、姉さん譲りの性格かもしれないね」


 口にしてからフレアは気づかされる。

 これが今の今まで忘れていた姉との接点の一つなのだろうと。


「ずっと、僕は一人だと思っていた。誰からも疎まれ、それこそ社会から淘汰される存在だったのかもしれない。でも、姉さんは僕に生きて貰いたかったんだよね」

「ああ、そうさ」


 フレアは唇を噛み締め、涙を堪えているとリナウスが笑いかける。


「ここまでよく頑張ったものさ。そんな訳で君にご褒美をあげよう」

「ご褒美?」

「こういう時もあろうかと練習はしておいた。再現率は九割九分といったところかな」

「何を言っているの?」

「黙って私を見ていろ。流石に私も恥ずかしいから一度しかやらないさ」


 リナウスは咳払いをする。

 そして、にこやかに微笑んでから、こう言った。


「フレア。頑張ったね」


 リナウスの普段の声とはまるで異なる柔らかい声だった。

 女神の囁き、と例えても違和感のない、透き通るような声色。

 そして、あの幻聴とどこか雰囲気の似ている――。

 その瞬間、フレアの涙腺は一気に決壊した。


「姉さん――!」


 フレアは火の付いた赤ん坊のように泣きだす。

 そんな彼をリナウスは優しく抱きしめて、その黒髪を指で撫でる。

 肌からは一切の体温が感じられないものの、思わず眠ってしまいそうな温もりがあった。

 暫くして、泣き止んだフレアは改めてリナウスと向き直る。


「落ち着いたかい?」

「うん。姉さんはずっといてくれたんだね、僕の、僕の傍に」

「断言は出来ない。だが、どんなに世間の邪な風に打たれようとも、君が君でいたのは間違いなくサファイアのおかげさ」

「そう、だね」

「はてと、念のために聞いておきたいが、私の力は必要かね? 自分でも言うのもなんだが、人間には大きすぎる力さ。不要ならば、言ってくれたまえ」

「いや、使わせてもらうよ」

「おっと、即答かい」


 フレアは涙を拭いながらも口を動かす。


「この力は――いや、力だけじゃない。姉さんが託してくれたんだ。たった一つしかない命と、そして、僕の生きる意味も!」


 フレアは力強く答える。

 ようやく迷いの一つが解消できた、そんな勢いがあったのかもしれない。

 その意気込みに感動したのか、リナウスは軽い拍手をして彼に敬意を表する。


「これから先も君は迷うことがあるかもしれない。だが、私が君を守ると約束した以上、君の人生の幸せはこの――」


 そして、リナウスは窓の方へと歩み寄ると、窓を大きく開け放つ。

 勢いよく開けたせいで食事をしていたホウロウバト達が飛び立つも、リナウスは構うことなく唱えた。


「この淘汰と原罪の神が保証しよう!」


 格好よく決めたかったのだが、窓から吹きすさぶ冷たい風が全てを台無しにする。

 書斎机に積んであった書類が吹き飛び、未決済と決済完了の書類が混ざり合いながらも舞い踊る。


「おっと! すまない!」


 慌てて書類を書き集めるリナウスを目にして、フレアはこう思う。

 もし、姉さんが生きていたら、こんなありふれた日常のトラブルに出くわして、一緒に笑い合っていたかもしれない。

 楽しい思い出だけでなく失敗した思い出も共有出来たのだろう。

 姉さんはいないけれども、これから先は誰よりも素晴らしく、そして少し残念な異法神と共に思い出を共有するのだろう。

 頬を伝う涙を拭うのを忘れ、フレアもまた散らばった書類を追いかけるのだった――。


最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

そして、応援してくださった皆様方に感謝申し上げます。


ここまでの長編を書いたことがなかったので、最後まで書くことが出来て感無量です。

面白かったと思いましたら、感想やレビューなどを書いていただければ幸いです。

それでは、またどこかでお会い出来ればと思います。

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