最終章「答え」その10
前回、ついにウォルガンとの戦いが決着しました。
さて、戦いの余韻に浸る間もなく新たな展開が始まるようです。
いつの間にやら、黒髪の少女がいた。
まるでフレアの傍に寄り添うように。
彼はその顔を目にしたその瞬間、胸が酷く締め付けられた。
「リナウス! 無事だったんだね!」
「大丈夫、と言っただろう? 迷惑をかけてすまなかったね」
リナウスはぶかぶかな忍者衣装を強引に身に纏っており、フレアはあまりまじまじと見ないよう気を付ける。
「そんなことないよ。でも、どうして前の姿なの?」
「ふふ、完全に再構成するまでの間だけさ。あまり損傷することがないせいか慣れなくてね」
「よかったよ、僕てっきり――」
「泣いている暇じゃないだろうに」
「あ、このスカーフだけど……」
フレアは自分の首に巻いていたスカーフを解くと、それをリナウスへと手渡す。
「ふふふふ、ありがとう。君の次に大切な物でね」
慣れた手つきでリナウスはスカーフを自らの首へと巻く。
あるべき物があるべき場所へと戻ったのを目にしてフレアはほっと安堵した。
「うーん、君がここまで呼び出せるとは……」
リナウスは寄ってきた蟲達の頭を撫でていくと、役目を終えた彼らは姿を消していき、その数も段々と減っていく。
「神魂術が使えないということは、もうバルシーアは倒されたみたいだね。ああ、こりゃあ気の毒だよ」
リナウスは口早にそう言ってから最後につけ加える。
「おっと、失礼。本音を言うとざまあみやがれ、だがね」
「そうか、エシュリー達が倒してくれたんだ」
フレアの喜ぶ半面、ウォルガンはその場へと崩れ落ちるのが目に入った。
あの小生意気な口調で罵倒をしない辺りからすると、もうすべてが手詰まりなのだろう。
「しっかし、驚いたよ。まさか君が淘汰と原罪の神権をここまで使いこなせるとはね」
「え」
驚きの声を上げたのはフレアだけでなく、ウォルガンも同様のようだった。
「と、とうたと、げんざい?」
さらっと、とんでもない単語が出てきため、フレアは間の抜けた声で聞き返してしまう。
「いや、私の神権なのだがね」
「どどど、どういう意味なの!?」
「おいおいおい、知らずに使っていたのかい? まあいいさ」
リナウスは仰々しく両手を広げるも、幼い姿であるため無理に格好をつけている少女にしか見えないが、フレアは静かに耳を傾けることにした。
「原罪には色々な解釈があるが、まあ、わかりやすく言うとだね、生きとし生けるものが生まれたその瞬間から死ぬまで考えなければならない罪のことさ」
「淘汰っていうと――」
「生命は存在する過程において、弱き者を淘汰している。生きるということは尊いけれども、その反面他の命を奪っている。特に原初の海なんざ、終始喰うか喰われるかの世界さ。君もよくわかるだろう?」
リナウスの言いたいことはフレアも痛感している。
彼が黙っていると、リナウスは流暢に言葉を繰り出していく。
「まあさ、食べなければ生きていけないから仕方ないことさ。私としては説教臭いのも嫌いだし、生命とは自由が一番さ。同じ罪を持つ者同士、謙虚な生き方をしてくれればそれでいい。多少のことは大目に見ているのだよ」
フレアはリナウスの言葉に対し疑問を抱く。
リナウスの力というのは、単純に考えると原罪の中でも弱肉強食の世界における強者へ罰を与えられるということだろうか。
やろうと思えば、倫理観を持たない虫や獣にも科すことができるのだろう。
彼は改めてリナウスがとんでもない神権を持っているということに恐れおののくも、自身もその神権の一部を使える事実がどうにもしっくりこなかった。
「そう、知恵を持ち、他人の痛みと苦しみがわかるような余裕を持てるようになれば、いつか、いつか皆わかってくれると期待はしていた。していたんだがね――」
言葉を一旦止めてから、リナウスはウォルガンを睨み付ける。
圧倒的な強者の眼であり、弱者は謝罪の言葉を述べる気力すらわかずに平伏せざるを得ない。
事実、ウォルガンは全身の筋肉から力が抜け落ちたかのように唖然としていた。
「いつの時代も、どこの世界でも、どんなに賢くなろうとも、強き者が意味もなくむしろ娯楽感覚で弱者をいたぶっているのが実情だ。社会的淘汰というやつかね。ああ、見ていて腹立たしいもんさ」
すると、リナウスは次にフレアを見やる。
その目つきはウォルガンへ向けたものと百八十度違っていた。
「でも、不思議なことに、どこにでもフレアのような心優しい存在がわずかだがいる。まだ、人間も捨てたもんじゃないと思っているよ」
そうか。まだ、神は人を完全に見捨ててはいなかったということか。
今の今まで神に助けられたフレアからしたら、当然と言えば当然の話ではあるが。
「はてと、私も神らしく、この野郎に罰を与えないとね」
「罰?」
「君はこいつが謝罪して、万事解決と思いたいのだろう?」
「うっ、その――」
ちっちっ、と人差し指を振りながらも神の講義は始まる。
「フレア。世の中には、人の心の痛みが理解できない奴がいる。それこそ自分が処刑される前まで謝罪しない奴なんざ珍しくないさ。そんな人を人とも思わない奴に罰を与えるのが異法神の仕事なのかもしれないね。私もこの野郎には愛想が尽きてしまってね」
そう言いながらも、リナウスはフレアの焼きごてを手にとって眺める。
「フレア、その焼きごてだが……」
「あ、これ?」
「ちょいと失礼。何々、『死ぬまで罪悪感と共に』か。随分可愛らしいもんじゃあないか」
リナウスは焼きごての先端の印を見てクスクスと笑う。どこか出来の悪い生徒の成長を微笑むかのように。
「まあ、その程度では許してはやらないさ」
リナウスは改めてウォルガンを注視するも、その顔には一切の笑みが失せていた。
これから処罰が下されるに違いないが、ウォルガンを弁護する者は誰もいないだろう。
「本性と狂気がバルシーアの神権だったか。本性を抑え、理性と共に生きるのが知恵を持つべき者の義務だと思うのだがね」
冷めた口調で淡々と事実だけを告げるその様子は、判決を宣告する裁判官のようだ。
「そもそも生命というのは己の血族の生存のために、他の生命を利用するのはごくごく当たり前さ。例え他の種が滅びようとも、そんなことは気にも留めないだろう」
リナウスはちらりとフレアに視線を移す。
「そう考えると、フレアのやっていることは他の種族と手を取り合って、皆で仲良くという夢見がちな残念な弱者の意志かもしれない」
ふと、リナウスはわずかばかりの笑みを口に浮かべる。
それは誰に対しての嘲笑かと思ってフレアが身構えていると、意外な言葉が飛んでくる。
「でも、一番残念なのは、私はそういう弱者の味方だということさ」
リナウスは誇らしげに口にする。
その自虐的な物言いは、リナウスの在り方そのものを端的に表しているかのようだった。
リナウスが無事で何よりです。
しかし、リナウスが最後の最後でとんでもない力を持った異法神であることが明かされました。
今の今までリナウスが言っていたことは虚言ではなかったということです。
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それでは結末まで楽しく読んでいただければと思います。




