表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/77

最終章「答え」その8

自責の念と怒りにより、フレアは自身の中で荒れ狂う力を解き放とうとします。

これから先の怒涛の展開にご注目ください。

 しかし、フレアの舌先は急にピクリとも動かなくなった。

 それにつられるかのごとく、彼の心に迷いが生じた。

 それでも暴虐な野心が声帯から声を絞り出そうとするが、その瞬間彼は抗うように叫ぶ。


「違う、違う――!」


 必死に否定しながらもフレアは握り拳を石造りの床へと何度も叩きつける。

 その脳裏にはセインやエシュリー、アルートにマルマークの顔が浮かび上がっていた。

 そして、モーリーや今まで助けた亜人達も思い浮かぶも、獰猛な獣のごとく暴れ回る彼の本性を制止するには力不足だった。


 心があともう少しで折れる――。


 だが、その直前。

 誰かが彼の名を呼んだ。


 フレア、フレア――。


 小さな、本当に小さな声だった。

 少し触っただけでも一瞬にして崩れてしまいそうな、弱々しい声。

 幼い頃から彼だけが耳にしていた幻聴が、まるで彼を抱きしめるかのように響き出す。

 すると、小さな少女の顔が彼の記憶の底で笑いかけてくれたような気がした。


「僕は――」


 まるで悪夢から覚めたような心地でフレアは我に返るも、今後は身の毛もよだつ罪悪感に彼は襲われた。


 一体あの声の主は誰なのだろう――。


 一瞬、最初に目にしたリナウスを彷彿とさせるも、どこか、どこか違っていた。

 極度の緊張と混乱のせいか、胃の辺りが錐で突かれているかのように痛むもフレアは必死に思考を巡らせる。


「何か、僕は何か一番大切なことを忘れているの?」


 フレアは息を切らしながらも自問自答する。

 先程までの怒りが不自然なほどに一気にくすぶってしまい、あたかも燃えさかる太陽が瞬時にして消し飛んだかのような珍事に恐怖すら覚えていた。

 彼は汗を拭おうとハンカチを取り出すべく、ズボンのポケットに手を入れると妙な感触が指先に当たった。


「ん?」


 ふと、フレアはポケットの中に何かが入っていることに気が付く。

 恐る恐る引っ張り出してみると、それは小さな蟲だった。

 手のひらサイズで頭部が三面鏡のようになっており、半分透き通っている点からもリナウスの創り出したものであることが容易に察することが出来た。

 リナウスが最期に忍ばせてくれたのだろうが何のためにと考えていると、リナウスのある一言が脳裏に浮かぶ。


「鏡を見ろ、か……」


 フレアは以前もリナウスと会って間もない頃に、この蟲の存在を知っていた。

 あの時の恐怖が胸を過ぎるも、今の彼にはその恐怖に抗う勇気があった。


「リナウス、僕に、僕に力を――」


 フレアは覚悟を決めて蟲の頭部の鏡を凝視した。

 鏡には彼自身の姿が映っておらず、その代わりに暗く深い海がどこまでも広がっている。

 悠々と泳いでいたのは、異形とも呼べる生物達だった。

 無数の足を持ち、鋭利な棘や鰭に似た器官を持っており、フレアがかつて地球の図鑑で目にした原初の海を制した主役達と酷似していた。

 その海は穏やかで静かではあったが、強者だけが勝ち残ることのできる世界であることを彼は思い知らされる。

 彼らの特徴のある顎や奇抜な口吻は勝つための武器であり、生き残るべくして進化した姿であることを考えると、フレアはある種の感動すら覚える。

 ふと、鏡に映し出された海の様子が何の予告もなく地上の風景へと切り替わる。


 ――僕に何を見せたいのだろうか。


 彼は苛立ちを覚えていると、大きな象らしき獣を相手に石斧で戦う類人猿の姿が見られた。

 血で血を洗う戦いの中で強者が勝ち残り、今の生命の形は存在しているんだな。

 よくよく考えれば当たり前のことで、誰もが気にも留めないだろう。

 そう、当然フレアもまたその一人だ。

 今ある身体と知恵も、長い進化の歴史でようやっと得たものなのだ。

 彼が戸惑っていると、それに応えるかのように鏡は別の光景を次から次へと映し出す。

 そこでもやはり誰かが当たり前のように死んでいくのだが、次第に犠牲者が人へと変わっていく。

 年端も行かない子どもや、中には人間に住む場所を追われた亜人もいる。

 思わず目を背けたくなる光景だが、何もかもが手遅れだった。

 鏡には力尽きた彼らの亡骸が溢れ、その口元が歪んだかと思うと、一斉に何かを訴え出す。

 すると、彼の耳に聞き慣れない言葉が怒濤のごとく流れ込む。

 共通言語とはまるで違う言葉で、そもそも言葉の量が多すぎてほぼほぼノイズにしか聞こえなかった。

 それでも、フレアには否が応でも理解してしまう。

 彼らはフレアに対して懇願しているのだ。


 ――今こそ報いを。


 地を鳴らすような憤怒の叫びが洪水となって彼へと押し寄せる。

 彼らも誰かの糧となるべく生まれた訳ではない。

 フレアは彼らの期待に応えたかった。

 彼らの怒りに応えるべく、あのウォルガンにも罰を下すべきだ。

 フレアの魂がうなりを上げ、一瞬にして湧いてきたおぞましい単語の羅列を読み上げようとしたその瞬間、やはりまたも不自然なくらいに彼の思考が停止する。

 今後は少女の姿をしたリナウスの顔がまぶたにくっきりと浮かんだ。


 ――そうだ、僕は忘れてはいけないことを忘れているんだ。

 絶対に忘れては行けない存在、そんな存在が自分にいるはずもないというのに――。


 その時だった。

 彼の耳に、あの声がまた聞こえる。


 ――フレア。

 

 小さく、か細い声で、誰かが彼の名前を何度も呼ぶ。

 どうして、僕の名前を呼んでくれるのだろう。

 僕は、誰にも愛されていなかった、はずなのに――。


「まさか……」


 その時、フレアの頭に稲妻が落ちたかのような衝撃が走った。

 彼の記憶そのものが跡形もなく吹っ飛び、暫くの間彼は考えることすらもできなかった。

 そのまま気を失いたかったが、彼の自我はそれを許さなかった。

 呆然としながらも、彼は感情のない声で小さく呟いた。


「まさか……。ありえない、そんなことは絶対あってはいけないのに――」


 彼自身も信じられなかったが、ようやくリナウスがずっと彼へ隠しているのが何なのか、辿り着いた先と今まで自分が辿ってきた道を見比べると、どんなに否定しようがどんなに残酷であろうとも『答え』として認めざるを得なかった。

 悩み、もがき、その上で彼は自身が今いる意味を見つけ出したその時だった。

 彼の心の奥にわだかまっていた何かが、一気に氷解していくのを感じ取った。


「そうだったんだね……」


 フレアはよれよれで色褪せた赤いスカーフをひしと抱きしめる。

 すると、彼の双眸から大粒の涙が溢れ出した。

 泣いている場合ではない。それでも、涙がどうやっても止まらない。

 心の底から悲しいというのはこんな感情だったのか。

 心が燃えるように熱くなり、全身が煮えたぎっているかのような高揚感にフレアは襲われた。

 何かが激しく震えて、途方もない力を生み出している最中、彼はある言葉を思い出した。


 ――何というか、フィーリングが大切なんですぜ!


 今なら、マルマークの言葉の真意が理解できる。

 魂そのものが煌々と輝くのを自覚していると、自身の周りで渦巻いていた膨大な力の奔流が子犬のごとく大人しくなり、人智を超えた力が静かに首を垂れて彼の前へとかしづく。


――今なら、今ならば使えるだろう。


 彼はそう確信しつつも、目的を成し遂げるべくウォルガンの後を追う。

 痛みのせいで身体が重くて足を動かすのさえ辛いものの、彼は死に物狂いで全身の筋肉に力を込める。

 奥歯を食いしばりながらも彼が足を動かしていると、幸いとでも言うべきか通路の前方からウォルガンの足音が微かに響いてくる。

 居場所さえわかれば、こっちのものだ。

 彼は呼吸を整えてからゆっくりと口を動かすと、彼の口から奇妙な言葉が飛び出す。

それこそまさに人の言葉とは次元の異なる神の言葉だった。

 口に発したその瞬間、世界の全てが変動していく。

 理を自分の好きなように塗り替え、あるがままに従わせる絶大な力だ。

 人間が、いや生命がその全てを費やしても会得することの出来ない力であるのは間違いない。

 それでも、現に彼は意のままに扱うことが出来る。

 いや、彼だからこそ――居場所を追われ、誰からも煙たがられ、死んだとしても誰も悲しまれなかった彼だからこそ扱えるのだ。


「これが――」


 そして、彼の望みが現実のものとして反映される。

 彼は手元に現れた鈍色の糸を撫でる。

 誰もが逃れることの出来ない、原初から存在するものを強引に形とする。それこそリナウスの見様見真似だが、彼の期待通りに神魂術が発現していた。

 彼は糸を右手に巻き付け、そして強引に引っ張った。

 これまた単純な力仕事で、あたかも綱引きに興じているかのようで通路を移動しながらも糸を引く姿は獲物を巣へ引きずり込む蜘蛛そのものだ。

 暫くすると、彼の引っ張る糸に引きずられる形でウォルガンが現れる。


「な、なんだこれは!」


 ウォルガンの叫びが聞こえるも、彼は気にもせず糸を引っ張り続ける。

 彼は蜘蛛の巣に囚われた羽虫のごとくもがくもその糸が決して切れることはない。

 彼にはそんな確固たる確信があった。

 やがて、彼は入って来た扉を抜けて部屋へとウォルガンを連れ戻した。

 狭い場所でまたあのトカゲを放たれると厄介だと思ったからだ。


「もう、降参してくれないかな」


 フレアがやんわりと言うのに対し、ウォルガンは怒号を発する。


「こ、これはてめえの仕業か!」

「うん」

「どうなっていやがるんだ!」


 フレアは思わず苦笑する。

 自分でもどうなっているかわからない。

 つい先ほどまでは、無力でちっぽけな人間だったというのに。

 ウォルガンは何とか糸を引きちぎろうとするも、やはり糸はビクともしない。

 暖簾に腕押しをしているかのようで、何をしても無駄だと察してウォルガンは掌からにじみ出た血を拭う。


「諦めてくれないかな」

「何度俺をコケにするつもりだ! 死ね、死んでしまえ!」


 ウォルガンは子どものように喚きながらも、やけくそとばかりに術を唱える。

 すると、黒煙が辺り一面に立ち込めたかと思うと天井まで届くばかりの大きな影がフレアの目の前に立ちはだかった。

さて、フレアは何に気が付いたのでしょうか?

いずれにせよ、彼は悲しみの感情の果てに覚醒いたしました。

次回はウォルガンとの決戦になりますのでご期待を。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは次回もまたフレアを応援いただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ