最終章「答え」その7
バルシーアの元へと向かうフレア達。
果たして、リナウスのいないこの状況下で上手くいくのでしょうか?
その生き物をフレアは以前目にした記憶があった。
それは以前、彼がガレイザに殺されそうになった時だった。
偶然出くわしただけかと思っていたが、今になってようやくその理由が彼に理解できた。
「これは……」
トカゲにそっくりだが、その皮膚は紫と赤の毒々しい斑点模様で飾られていた。
警戒色というものだろうが、それよりも恐ろしいのはまるでガラス細工のようにやや透けて見える点だった。
その特徴は以前リナウスが神魂術で創り出した蟲と酷似しており、それがわかった瞬間彼は大きな声で叫んだ。
「皆、逃げるんだ!」
フレアの一声に反応してか、隠れ潜んでいたトカゲ達が彼へと襲い掛かる。
彼はどうにか振り払おうとするも数が多すぎた。
すると、いつの間にかトカゲの一匹が彼の喉元へと噛み付いた。
「うぐっ!?」
まるで痛みは感じられないが、その目的ならば何となく察しがつく。
ふと、頭に血が上ったかのように、フレアは体温が急激に上昇していくのを自覚した。
「おっと、間抜けが引っかかりやがったな」
すると、ウォルガンが笑いながらも、通路の角からやって来る。
わざわざフレア達を待ち構えていたらしい。
「そいつに噛まれたら本性のままに狂うことになる! せいぜい、好き勝手暴れるんだな」
フレアはマルマークとエシュリーの凶行を思い出す。
そして、恐らくはガレイザのような異端狩りを後押しする形でも使っていたのだろう。
フレアの身体がとっさに動く。
彼はウォルガンの右足目掛けてタックルを喰らわせ、強引にその態勢を崩した。
「この野郎!」
ウォルガンは控えていた何体ものトカゲを放つと、ピラニアのごとく一斉にフレアへと群がってきた。
何匹ものトカゲの牙をその身に受けていくうちに、フレアの口元に不思議と笑みがこぼれる。
――何で笑っているのだろう。
段々と自分の理性が壊されていくことを改めて認識する。
場違いなふんわりとした愉悦の感情を押し殺しつつも、フレアは皆にこう命じた。
「僕がこいつを引き付ける! 早くバルシーアを探して倒してくれ!」
「フレア殿!?」
「いいから、もう僕は手遅れなんだ!」
フレアは苛立ちを覚えながらも叫ぶ。
既にウォルガンの術の影響下にあるとわかってはいるが、それでも全身から漲る怒りよりも強い感情に心が惹かれてしまう。
「了解した。あとは任せて貰おう! アルート!」
「うん!」
アルートが神魂術を唱えると、光の線が前方へと現れる。
以前使った導く方向を示す光だったことをフレアは思い出す。
「この野郎が!」
ウォルガンは強引にフレアを押しのけるも、足に負った怪我を大きいようだ。
エシュリー達を逃がしてしまい、ウォルガンは忌々しい様子でフレアを見下す。
「よくもやりやがったな! このクソが!」
ウォルガンは無事な方の足で何度もフレアに蹴りを入れてくる。
その容赦のない蹴りの痛みに耐えながらも、フレアはクスクスと笑う。
自分に構っている暇はないだろう、と思うだけで彼はとても愉快で仕方なかった。
「余裕もそこまでだ。なあ、あいつらはお前を見捨てて逃げたんだ」
「何を言うんだ?」
「いいや、逃げたんだ。さあ、憎いだろう? あいつらが」
普段のフレアならばこんな戯言に引っかかる訳はないが、どうしたことだか思わず頷いてしまいそうになる。
「そうだ、殺せ! 殺すんだ!」
檄を飛ばすように、ウォルガンはフレアに語り掛ける。
しかし、頑なに首を縦に振らない彼に対し、ウォルガンは眉間に皺を寄せて叫ぶ。
「おい、聞いているのか!?」
フレアは力なく笑う。
圧倒的に不利な状況ではあるが、ウォルガンの思う通りにならなかったのがこれまた愉快に思えたからだ。
今の今までの人生、彼は他人に命令に逆らうことが出来なかった。
これまで押し込めていた反抗心が目覚めたことが、彼の本性なのだろう。
「ちっ、ここまで無能なクズだったとは。本当につまらない奴だよ、てめえは」
ウォルガンは忌々しそうに吐き捨ててからフレアの胴を蹴り上げると、エシュリー達とは反対方向の通路へと向かっていく。
「悪いが、こっちの方が近道だ」
フレアを全力で馬鹿にしながらもウォルガンは去っていく。
アルートの神魂術が外れてしまったのは仕方ないとしても、早くしないとエシュリー達が危険だ。
彼はウォルガンを追いかけようとしたその瞬間、全身の骨が砕けるような激痛に見舞われる。
意識が朦朧とする中、彼は自分の身体に噛み付いていたトカゲがウォルガンを追っていくのを確認した。
立つこともままならず、フレアは通路の床でのたうち回りながらも改めて自身の非力さを思い知らされる。
「僕は、本当にダメな奴なんだな……」
フレアは痛みに堪えながらも自虐気味に呟く。
リナウスがいたから、色んなことに挑戦できた。
リナウスがいたからこそ、色んな人に出会えた。
リナウスがいてくれたから、自分は今生きている。
リナウスがいなかったら、自分の存在ってなんだろう――。
今も皆が頑張っているというのに何も出来ずにいる。
「僕の選択は間違っていたんだ……」
フレアはただただ後悔する。
誰かを傷つけたくないと願うその本心は、ただ単に自分が傷つきたくなかっただけだった。
だから、彼は自分を慕ってくれる財団のメンバーを失望させないように、必死に頑張った。
身を粉にして働き、複雑な計画や予算編成、それに愛想笑いや演説といった業務もこなしてきた。
そんな彼だからこそ誰かを傷つける非情な選択ができず、その結果リナウスを犠牲にしてしまった。
「僕の、僕のやっていたことに、本当に意味はあったの……?」
小さな嗚咽を繰り返しつつ、フレアは弱々しく呟く。
自問自答というよりも、それはリナウスに対しての問いかけだった。
しかし、答えてくれる相手はどこにもいない以上、虚しい言葉に過ぎない。
「僕は、どうすればいいんだ?」
全てが無意味に終わってしまったら、僕はリナウスにどう詫びればいいのだろう。
リナウスのいない自分は何の意味もないことはよくよく分かっている。
また一人ぼっちのなるのが、彼は何よりも恐れていた。
今の今まで身を削って皆のために尽くしたのも、嫌われるのが怖かったからだ。
もう二度と、あんな惨めな気持ちにはなりたくない――。
僕をこんな目に遭わせた、ウォルガンを許してなるものか――。
フレアは全身に走る激痛と共に熱く鼓動する感情の炎でその身を焦がす。
その時、頭の中で何かがプツンと音を立てて弾けた。
怒りという感情がここまで高ぶったのは彼も生まれて初めてだった。
そして、その瞬間だった。
突如として彼の頭に妙な言葉の羅列が踊り出した。
それがどういう意味かは分からない。分からないが、それらを声に出すだけで、いともたやすく人という存在に罰を与えられることを、彼は即座に認識した。
「リナウス? いるんだね?」
傍らにいるとは、もしやリナウスの力の一部を行使できるという意味だろうか。
その答えが合っていると言わんばかりに、芽吹いた怒りの為すままに、世界の根底を揺るがす唄が頭の中にやかましく響き渡る。
まるで自分が自分でないようで、そしてこの力を制御できるかどうかもわからない。
もし、開放してしまえば、この近辺に多大な被害が及んでしまうのではないか、という疑問に対し、『それでも構わないじゃないか』という囁きが木霊する。
全てを破壊したい衝動、その激情が濁流と化した彼の心を飲みこもうとしていた。
何もかもを蹂躙できる、そんな狂気が初めて彼の心に生まれた。
もしや、ウォルガンの神魂術の影響かと彼は疑問に思うも、そのことを気にする必要もないほどその心は暗く淀んでいた。
万物を焦がす力の奔流が彼の心の中で存分に荒れ狂い、それらを本能のままに解放させようと、彼が声高に唱えようとした――。
感情の爆発を機に、ついにフレアは目覚めようとしています。
しかし、このままでは――。
彼の出した『答え』の意味とは?
次回の物語の展開をお楽しみに。
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――最後の最後まで、フレアを信じていただければと思います。




