最終章「答え」その6
果たして、リナウスは無事なのでしょうか?
クライマックスまで急加速中の物語にご注目を。
「え、リナウス……?」
ああ、きっとこれは悪い夢なんだ。
今見ている光景は何かの間違いなんだ。
フレアはそう思いたかったが、全身を走る痛みが現実は残酷であることをしつこく耳打ちしてくる。
このまま気を失ってしまいたかったものの、理性に促されて彼はまず何が起こったかを確認することにした。
「エシュリー! 君は、君は何を――!」
フレアは声高に叫ぶと、彼女は笑っていた。
楽しそうに談笑をしているかのような、無邪気な笑みだった。
そして、その表情のままサーベルをリナウスの身体から引き抜き、その切っ先をフレアへと向けた。
「エシュリー!?」
「フレア殿。私は、私は、不要な人間ではない。ないのだ……!」
言っていることはわからないが、誰の仕業かフレアは瞬時に理解した。
「ウォルガン!」
フレアは遠くで高みの見物と洒落こんでいたウォルガンに対して叫ぶ。
「そういうことだ! ざまあねえな!」
ウォルガンは再度小馬鹿にしたような笑い声を叫び返し、リナウスの落とした鍵を拾ってから悠々とした動作で扉へと進んでいく。
だが、これまた思いもよらぬことがフレアの眼前で繰り広げられる。
――突如、ウォルガンが苦痛の叫びを発した。
獣の遠吠えのような声量にフレアが怯んでいると、エシュリーのサーベルが彼の肉を喰らいつこうと襲ってくる。
「くっ!」
フレアは間一髪で避けるも、笑いながら襲ってくる彼女の攻撃にいつまで耐えられるかわからない。
ウォルガンの方を見てみると、右足の太ももに何かの小動物がしがみついているのが辛うじて判別できた。
「エシュリー! お願いだ! 目を覚まして!」
フレアの必死の叫びもその耳に届かず、エシュリーの一閃はフレアの左肩を抉る。
「ぐっ!?」
今までに受けたことのないような痛みが、傷口からそのまま脳を射抜くように走る。
だが、ここで気を失う訳にはいかない。
フレアは歯を食いしばり、エシュリーの頬を――全力で平手打ちした。
「はうっ!?」
まさか、女性に手を上げることになるとはフレア自身思ってもいなかった。
だが、彼の渾身の一撃によってエシュリーは目を覚ましたようだ。
痛む頬を撫でながらも辺りを見回しており、彼女の目には理性の光が戻っていた。
「フレア、殿? 私は何故、ここに?」
「正気に戻ったんだね。よかった……」
「え? え? 何故私がフレア殿に、剣を? あれ、どうして――?」
「全部、あいつのせいだ。そうだ! リナウス!」
フレアは怪我の痛みを忘れ、急いでリナウスへと駆けよる。
近くにウォルガンの姿はいなかったが、そんなことはどうでもよかった。
床へ倒れているリナウスを目にして、彼は血相を変えてその名を呼ぶ。
「リナウス! リナウス!」
「――フレア。無事かい?」
ちょうど心臓のある個所にぽっかりと穴が空いているものの何とか話は出来るようだ。
血を流してはいないが、それが却ってフレアの不安を強く煽った。
「僕は無事だよ。でも、でも! 大丈夫なの? ねえ!?」
「ふふ、ちょいと油断していたよ。身体が言う事を聞かないだけさ」
フレアはリナウスの右手をしっかりと両手で包むも、体温を感じられない肌からは何の力も感じられない。
「え、そんな――」
「フレア。これだけは言っておこう。君は強い人間だ。臆病者、なんかじゃないさ。この、私のお墨付き、さ」
「何を言っているんだよ!」
徐々に弱々しくなるリナウスの口調にフレアは焦りを覚える。
「私は大丈夫だ。だが、奴の野望を、阻止したまえ」
「わかっている! わかっているから、もう無理はしないで!」
リナウスは震える指で自らのスカーフを握る。
フレアがその手を握ると、温もりのない指はまるで死人そのものだった。
「フレア。忘れないでくれ。いつも、君の傍らにいる――」
リナウスはにこりと微笑むと、その身体が徐々に崩れていく。
まるで風と共に舞い散る花吹雪のようで、儚くも美しい光景にしか見えなかった。
「リナウス! 嘘でしょ! ねえ!?」
フレアは何度も何度も叫ぶが、既にリナウスの姿はどこにもいなかった。
リナウスの身に着けていた衣装を見つめていると、悲しみと絶望が雪崩のごとく彼に襲い掛かるが泣き出している場合ではなかった。
ウォルガンに対する怒りが心の中で燃え上がり、それがまるでカンフル剤のように作用し、どん底にある彼の精神を強引に地上へと引っ張り上げる。
「フレア殿、どうしてリナウス殿が!?」
困惑しているエシュリーの腕にはぐったりとしているアルートの姿があった。
その身体には袈裟斬りされたらしく、鋭利な刃物で斬られた痕が痛々しい。
恐らくは操られたエシュリーによるものだろう。
「よもや、これは、これは全部、私の――」
「いいや、違うよ。今は、あいつを、ウォルガンを追わないと!」
本当ならば、リナウスがいなくなったことを嘆くべきだろう。
心を殺してまで為すべきこと成すという自身の非情さに嫌悪感を抱きつつも、フレアは心の中でリナウスへと謝罪する。
そして、憎き仇敵はどこに行ったのか首を巡らせていると小さな声が聞こえる。
「旦那、その点ならば大丈夫ですぜ」
「マルマーク! 気が付いたの!?」
「ご迷惑をお掛けして面目ないですぜ。だが、野郎の太ももにナイフを刺してやりました。少なくとも、走ることは出来ないでしょうぜ」
マルマークの手には血の付いたナイフが握られていた。
したり顔で語っているも彼自身負傷をしているのか、ぜえぜえと辛そうに息をしている。
「え、怪我をしているの!?」
「ちょいと手痛く蹴られただけですって。旦那の痛みに比べりゃあ、屁でもないですぜ」
「ごめん、僕のせいで――」
「旦那、泣き言を抜かしている場合ですか! あの野郎は扉の奥に逃げやがった! 追いましょうぜ!」
マルマークは全身の毛を逆立て、フレアへと檄を飛ばしてくる。
フレアからしても頼もしいが、ただその反面危なっかしく、いつの間にか忽然と姿を消してしまいそうな雰囲気すらもある。
そう、まるでリナウスのように。
「旦那? おーい、旦那?」
「ご、ごめん。そうだ、アルートは動けるの?」
アルートは何とか身を起こすも、傷が深いのか動きがどこかぎこちない。
「私は大丈夫……」
「アルート。私のせいで――」
「エシュリー、泣かないの。早く追わないと」
アルートはボロボロと泣きじゃくっているエシュリーを宥めている。
その様子を見ると、あの弱気だったアルートもまた確実に自信を身につけていることが窺えた。
「リナウス――」
フレアは床に落ちていたスカーフを自分の首へと巻き付ける。
いつもリナウスが大事そうにしており、どんな服を着たとしても決して外すことはなかった。
何の変哲もない赤い布だが、身に着けているだけでも勇気が湧いてくるような気がした。
「さあ、行こう」
フレアは肩の痛みに耐えながらも扉を開こうとすると、アルートが制止の声を上げる。
「待って、罠があるかも」
「罠? そうか、ウォルガンが言っていたな」
当初のウォルガンの計画では、何も知らないフレア達を扉の奥までおびき寄せるつもりだったのだろう。
あの用意周到な性格からして、そのまま入ったらさぞかし酷い目に遭っていたに違いない。
「私が先に行く」
「アルート、大丈夫であろうか?」
「大丈夫。もう、逃げないから」
アルートを先頭にフレア達が扉を開くと、かびと埃と蝋の臭いが彼らを出迎える。
まず目にしたのは石造りの通路で、壁際に設置された蝋燭の明かりが頼りなく見えるほど陰湿な雰囲気を醸し出していた。
「ん、これは――?」
フレアは通路の床に血の滴り落ちた跡を発見する。負傷したウォルガンが通ったことは間違いないらしい。
慎重に進んでいくが、特に罠らしき物は見当たらない。
フレアは胃が痛くなるほどの緊張感に身体を震わせていると、十字路に突き当たった。
ウォルガンが止血をしたのか血の跡がどこにも見当たらず、フレアが身構えていると、マルマークが早口でこう告げる。
「旦那! 敵が潜んでいますぜ!」
「何!?」
すると、角からフードを被った男達がゾロゾロと姿を現した。
それぞれがこん棒や斧などの得物を手にしており、その怪しい目の輝きからしても対話は不可能なようだ。
「どけ!」
間髪入れずにエシュリーがサーベルを片手に敵と対峙する。
凶器を大降りで振り回す敵の様子からして、これまたウォルガンによって操られているのだろうか。
エシュリーは一向に怯む気配もなく襲い掛かる白刃を紙一重で避け、隙の生まれた刹那の瞬間に反撃を叩き込んでいく。
無駄のない鮮やかな動作にフレアも思わず舌を巻くも、エシュリーが先程の失態の責任を負うべく無茶な戦い方をしているようにしか見えない。
攻撃が掠ったのか、エシュリーの頬に赤い線が走る。
血が垂れ流れるも、その程度で彼女の足が止まりはしなかった。
エシュリーはサーベルの柄頭を鳩尾、後頭部、顎へと叩き込み、それこそまるで楽器でも奏でるかのようにテンポよく敵を昏倒させていく。
フレアが勇猛果敢な彼女の姿に続こうとしたその時、彼の視界の端で何かが動いた。
「きゃっ!」
アルートは小さな悲鳴を上げながらも、飛び掛かってきた何かを振り払う。
ネズミでもいたのかと思ったが、床に叩き落とされたそれを見て、フレアは血相を変えた。
まさかの展開となりました。
果たして、フレアはウォルガンを止めることは出来るのでしょうか?
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それでは今後ともフレアの活躍をお楽しみに。




