最終章「答え」その5
ウォルガンの正体を突き止めたフレア。
ウォルガンの目的とは一体?
目の離せない展開の連続となりますのでご容赦を。
ウォルガンは笑い続ける。
それは愉快な感情を表現しているのではなく、不快な感情を露わにした自虐の笑みだった。
やがて彼は舌打ちと共に、改めてフレアの方へと向き直る。
「そうか、そこまでバレちまったか。折角罠に嵌められると思ったんだがよ」
ウォルガンはフードをかなぐり捨ててから、右目に指を突っ込む。
ややあって、床に叩きつけられた球体は熟した果実の潰れるような音と共に醜く潰れた。
「そうだ。俺こそが本性と狂気の神、バルシーア様のカミツキだ」
「本性と狂気……」
フレアは息を飲む。
よもや礼拝堂で争わせていたのも、人間の本性を剥き出しにした姿がバルシーアに対しての捧げものだったのか。
アルートもまたフレアと同様に恐怖で肩を震わせているものの、リナウスだけはまるで動じていない。
「わざわざ目を抉り、犬歯を削り、尻尾を切り落してまで面倒な人間共の社会に溶け込まなくちゃならないのは嫌で溜まらなかったがね」
「それは実にお気の毒さ。とっととバルシーアに会わせてくれれば痛い目に遭わずに済む、とだけは言っておこう」
「死んでも断る」
「そうかい。そいつは残念さ」
リナウスが肩を竦めていると、ウォルガンは忌々しそうに語り出す。
「ちっ、てめえらのせいで長年の計画がご破算だっていうのによ。どこで間違ったんだ。あのちんけな町でガレイザ共がどこかに行っちまったのを不審に思うべきだったか」
「ガレイザ? そうか、思い出した! ダルカトの町にいた司祭見習いは――」
「ん? ああ、お前はあの時の坊主か。人間というのは数年でデカくなるもんだな」
フレアは思い出す。
わざわざ処刑の時間に遅れて丘へ向かって来たのもウォルガンの手筈通りだったのだろう。
何年も昔から奇妙な運命が始まっていたことに、フレアは胸の焼けるような戦慄を覚えた。
「たまに異端狩り共が真面目に仕事をしているか視察していたが……。本当に人間ってのはどうしようもない連中だな」
「余裕だった割には杜撰なもんさ。どんな計画だったのやら」
リナウスが肩を竦めると、ウォルガンは舌打ち交じりに話し出す。
「ふん。俺達ラクセタ族は長命だが、繁殖力と数では人間と他の亜人達にはどうしても劣っちまう。バルシーア様がオースミムの野郎と相打ちとなって長い眠りに就いた以上、どうしても人手が必要だった」
「人手だって?」
「そうだ。バルシーア様を裏切った異法神とそれを崇める亜人共を駆逐するには、うってつけの人材がいるじゃねえか。徒党を組んでの行動を好み、素晴らしく凶暴で、なおかつ単純な連中がよ」
フレアの思考が一瞬停止する。
その特徴に当てはまる種族を彼はよく知っていたからだ。
彼は自身の両の掌をじっと見つめる。
そして、改めてウォルガンへと向き直った。
「そうか、異端狩りという名目で人間を体よく先導し、そして亜人達を駆逐していたのか……」
「はははは! その通りさ! 」
フレアはただただ愕然とする。
オースミムが敵前逃亡をしてから、クロミア大陸の長い悲劇は始まっていたのだ。
自らの手で奴隷という立場から自由を勝ち取ったと思い込んでいた人間。
そんな彼らを嘲笑いながらも、残忍な本性を巧みに利用されていたと思うと彼は怒りを通り越して哀れみの感情しか湧いて来なかった。
「オースミムを騙っていたのはどうして?」
アルートの質問に対し、ウォルガンは待っていましたとばかりに狂喜する。
「バルシーア様がある程度の力を取り戻した暁に、このランメイア王国内でゲームをしてやるからだ」
「さぞ不愉快なゲームなのだろう?」
殺意のこもったリナウスの言葉に対し、ウォルガンは大仰にかぶりを振る。
「いやいやいや、実に楽しいゲームの予定だ。王国中のオースミム教徒の本性を目覚めさせてやる。信じていたものに裏切られながらも、人間共が殺し合う様はさぞ素晴らしい捧げものになるだろうよ!」
所詮、人間達は飼われていた羊にしか過ぎなかったということか。
フレアはそう思いながらも、ふと考え直す。
バルシーアの計画は今の今までは順風満帆だったのだろう。
ある種の余裕すらあったのかもしれないが、予想すらできなかった誤算が生じてしまった。
それはよりにもよって他の世界からとんでもない異法神とそのおまけで面倒な人間がやって来てしまったことだ。
思えば自身の正体の露呈を恐れてあんな回りくどいことをやってのけたのも、ウォルガンにも焦りがあったことが推測される。
「バルシーア様が完全に目覚めれば、いずれはランメイア王国を乗っ取り、次にクロミア大陸全土、やがてメルタガルドを手中に収めるのも楽勝だ。なあ、フレアさんよ。よかったら手を組まねえか? 初代ランメイア王も降伏する形でオースミム教を立ち上げたんだぜ」
「初代国王もまた皆を、国民を裏切ったのか!?」
「ははは、そういうことだ。今の国王は知りもしないと思うと笑っちまうぜ。誰だって我が身は可愛いものだからよ。そんな救いようもない世界を俺達で支配するってのも悪くねえだろう?」
「悪いけど、そんな話には乗らないよ」
「つまらねえ奴だ。まあ、あんたが何の面白みもない人間だというのはよくわかっているが」
「どういう意味?」
フレアは眉間に皺を寄せると、ウォルガンは不愉快な笑いをぶつけてくる。
「あんた達の財団の活動を調べてみたが、何が平和的な人間と亜人達との懸け橋だか。単なる偽善じゃねえか」
「……否定はしないよ」
「へっ、言ったな。結局、てめえはその神の力を借りないと何もできない臆病者だ。現に、慎重を要するあまり、まだクロミア大陸全土の亜人の協力を得られてねえからな」
人を小馬鹿にするような笑いには未だに慣れないなと思いながらもフレアは反論する。
「大した問題じゃないよ。悪いのだけれども、バルシーアと話をさせて貰いたいのだけれども、あの扉の向こうにいるってことでいいの?」
「会ってどうするんだ。おまえの望むお話し合いに応じる訳がない」
「応じないかもしれないけれども……」
すると、フレアの言葉を遮るように、リナウスが口を挟んでくる。
「フレア。聞いただろう? 相手は本性と狂気の神である以上、君の望む皆で仲良くはちょいと難しくはないかい?」
「う、うん。でも……」
迷っているフレアに対し、リナウスは早口で耳打ちする。
「奴は君を挑発している。何か意味があってのことだろう」
どうすればいいのだろうか、とフレアが答えに困っているその時だった。
「あ、エシュリー」
アルートの声に振り向くと、そこにはエシュリーの姿があった。
どこか疲れたような顔をしているが、どこをどう見てもいつもの毅然とした立ち姿だ。
フレアとリナウスがウォルガンに見据えながらも、どう答えればいいか考えていると、何かが地面へと倒れる音がした。
気のせいかなとフレアがちらりと目をやると、エシュリーの姿はあるがアルートがどこにもいない。
「アルート?」
フレアが声を出したその瞬間だった。
「フレア!」
声と共にフレアは誰かに突き飛ばされる。
勢いよく突き飛ばされたのものだから、為すすべもなく彼の身体は壁へと叩きつけられてしまう。
「いててて……」
何がどうなっているのやらと、フレアは痛みに耐えつつも、状況を確認するべく周囲を観察する。
まず、フレアの目に飛び込んできたのは、リナウスの姿だった。
表情からすると茫然自失という表現がピタリと当てはまる。
そのリナウスの視線の先にはエシュリーがいた。
彼女の手にはサーベルが握り締められており、それは前にも目にしたことのある赤銅色の光を放っている。
その剣先は――リナウスの胸板を真っ直ぐに貫いていた。
最後の最後に、まさかあのリナウスが……。
クライマックスまで物語はまだまだ加速し続けます。
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それでは今後ともフレア、そしてリナウスの活躍をお楽しみに。




