最終章「答え」その4
霊廟の中へと入ったフレア達。
そこに待ち受ける者とは――?
何もかもが死に絶えたかのような静けさにフレアは圧倒される。
絶対に一人では来たくない場所だなと思いながらも、彼が壁を注視してみると名前が掘られた金属板が埋め込んであった。
名前からしてその多くは貴族のものだろうか。
彼がそんな感想を抱いていると、ウォルガンが咳払いする。
「それはここに埋葬されている信者の名前だ」
「埋葬?」
「ああ。生前に我が教会に多額の寄付金をしていただいた教徒さんは棺桶に入れられた後、この壁の向こうでおねんねさ」
「なるほど」
それはさぞ光栄なことに違いない。
だが、こんな不気味な場所で本当に安らかに眠っていられるのだろうか。
フレアはそう考えながらも奥へと進んでいくと、死者の安らぐ場所には似つかわしくない巨大な鉄扉が待ち構えていた。
事前に得た情報では如何にも頑丈が売りのようで、当初はリナウスが力づくで壊すという作戦もあった。
だが、扉の規模からして下手をすると霊廟が倒壊する危険性があるため断念せざるを得なかった。
「誰かいる……」
アルートの示す先をフレアが凝視すると、そこには扉の隅でうずくまっている影が一つ。
耳を澄ますとそれは野太く長い嗚咽を漏らしており、さも侵入者を威嚇している野良犬のようだ。
「大司教!」
ウォルガンが声を掛けると、イラスデンは素早く立ち上がった。
「おお、ウォルガン。お前も私の邪魔をする気か! 何人たりとも、ここから先には通さん、通さんぞ!」
彼は興奮しながらも、懐からナイフを取り出す。
その目つきは先程フレアが目にしたマルマークと似ており、焦点の合っていない瞳で近づいて来る。
「来るか!」
フレアが身構え、護身用の杖を取り出して戦闘態勢を取る前に――。
「そうかい」
リナウスが目にも止まらぬ速さで接敵し、その足にローキックを放った。
威力は抑えたのだろうが、それでも耳障りな鈍い音と苦悶の声がフレアの耳へと届く。
「おのれ、私こそ、私こそが教皇に相応しいのだ――!」
普通ならばここで戦意喪失をしているだろうが、それでも意味の分からない言葉と共にリナウスへと立ち向かう。
その勇気は称賛したいところだが、リナウスからすれば無駄なあがきにしか見えないのだろう。
「大人しくしてくれたまえ」
リナウスは面倒くさそうにイラスデンへとビンタを喰らわせる。
ピシャリという小気味いい音と共に、大司教は白目を剥いてその場へと倒れ伏した。
リナウスが爪先でその体を突くと微かではあるがピクリと反応しており、とりあえずは霊廟内での大司教暗殺という大事にはならなさそうだ。
「さて、鍵を持っていると聞いたが……」
リナウスが探ってみると首から下げられた紐に金色の鍵が付けられており、文字通り肌身離さず持っていたようだ。
「よし、鍵は手に入った。これで、この先に進める、と」
「うん、そうだね」
「この先に何があるかわからないが、あんた達の幸運を祈っているぜ」
「ふふ、そう言っていただけると助かるさ」
「ありがとう」
リナウスが扉に鍵を差し込もうとしたそのタイミングを見計らい、フレアはとっさに声を上げた。
「ちょっといいかな」
「何だ?」
「ウォルガンさん。顔を見せてくれないかな。僕も見せるから」
そう言いながらもフレアは自身のフードを外して顔を見せる。
「何を言っている。悪いが俺は忙しいんだ」
「面倒かもしれないけれどもさ。いや、見られるのが嫌ならいいんだ」
君はそんなキャラだったかい、と言わんばかりにリナウスがフレアの顔を覗き込むも、フレアは自身の唇に人差し指を当てて、あとは任せろというジェスチャーを返す。
「……何が言いたい」
「隠しても無駄だよ。義眼を見られたくないんでしょう?」
突如出てきた義眼という単語にリナウスとアルートは驚く。
「フレア、何を言っているんだい?」
「たまたま知ったんだよ」
フレアは先程であった少女に感謝しながらも、ウォルガンが目立たぬよう夜中にこっそりと義眼を洗っていたところを目撃された場面を想像してしまう。
「リナウス、マルマーク一族の手記に、古くから義眼のオースミム教徒がいるって記述があったよね」
「あったね。それでこいつがバルシーアのカミツキなのかい? とっとと教えたまえ」
確実な根拠はないだろう、とリナウスが言いたいのはフレアもわかっている。
彼は小さく咳払いをしてから話し出した。
「何代にも渡ってオースミム教徒として潜伏するにしても、わざわざ義眼にするには何か理由があると思ったんだ」
「理由?」
アルートはわたわたとフレアとリナウスの双方を見比べている。
話についていけず、慌てるしかできないといった様子だ。
「ただ単に目を隠すだけならば眼帯だけでいいはずだ。でも、眼帯をしているとどうしても目立ってしまう。潜伏する以上あまり他人に目立った印象は与えたくないだろうし」
「それでも、わざわざ義眼にしているということなの?」
アルートの疑問にフレアは大きく頷いた。
「うん。それには絶対に知られたくない理由がある。だから、わざわざ、その――」
興奮しているせいか、それよりもあまり自分でも口にしたくない単語のせいかフレアが迷っていると、リナウスが驚愕の表情でこう呟いた。
「自分で目を抉ったというのかい?」
「うん。正確には目だけじゃないけれども、正体を隠すためにはどうしても必要なんだ」
「正体を? 目を抉ることで正体を隠す? まさか、そのまさか……」
滅多に驚かないリナウスがこうも驚くとは。
その艶やかな唇の震える様子を見ながらも、フレアはウォルガンを見据える。
「うん。ウォルガン、君の正体はラクセタ族だよ」
フレアはラクセタ族の身体的特徴を思い出す。
独特の右目や尾等を除けば人間そっくりなのだ。
フレアの言葉に対し、ウォルガンは何の言葉も返さない。
だが、その握った拳に力を込めているのは明らかだ。
「しかし、ラクセタ族の里には、確かに休眠中の神がいた。話は出来なかったがね」
「それも変に思ったよ。でも、前にユケフが言っていたんだけれども、ラクセタ族は過去に同族内での土地争いがあったんだ。戦いに負けた方は土地を捨てる他ないよね?」
「そりゃあそうさ」
「これは推測だけれども、もしかするとユケフ達のご先祖様が流れ着いたのは、過去に他の亜人から奪った土地なのかもしれない。そして、戦いに勝った方のラクセタ族が元々信仰していたのが――」
フレア達の視線がウォルガンへと集中する。
深い沈黙と重圧が彼へとのしかかる。
否定の言葉か、或いは尤もらしい反論か。
どんな言葉が出てくるかフレアが身構えていると、ウォルガンはようやく口を開く。
出てきたのは、笑い声だった。
夜に吹きすさぶ隙間風を彷彿とさせる不気味な声で、それはまるで目に見えぬ病魔のように辺りへと静かに浸透していった――。
まさかのウォルガンの正体に戦慄する一同。
ウォルガンの目的とは一体?
いよいよクライマックスも間近。
目の離せない展開にご注目を。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




