最終章「答え」その3
大司教のイラスデンから鍵を手に入れるべく奔走するフレア達。
しかし、どうにも不穏なことが起きている模様。
どのような展開が待ち受けているのでしょうか?
フレアが二階へと向かうその途中、誰かとすれ違った。
彼がとっさにフードを被り直している間に、その誰かはすり抜ける形で一階へと向かっていく。
ホッと安心をしていると、階段を駆け下りる後姿を目にして彼は首を傾げる。
もしや、あのローブはイラスデンのものではないだろうかと。
そして、その跡についていくかのように小さな影が逃げ水のごとく揺らめいていた。
「マルマーク?」
マルマークが追っているとなると、よもやイラスデンに逃げられたということになるのだろうか。
リーオ族の脅威を知る者は当然の反応だろうが、フレアとしてはマルマークが隠密に失敗したことが信じられなかった。
彼は慌てて後を追いかけ、一階でアルートと鉢合わせになった。
すると、アルートは開口一番にこんなことを彼に告げてくる。
「大変! マルマークちゃんが外に行っちゃった!」
「外に?」
イラスデンが外に助けを呼びに行ったということか。
フレアは即座に追いかけようとしたが、足がピタリと止まる。
「そうだ、まだエシュリーが――」
早く追いかけないとマルマーク達を見失ってしまうが、エシュリーの安否も気になる。
彼は迷いに迷うも苦渋の決断を下す他なかった。
「僕はマルマークを追う! アルートはエシュリーを探して、あとは霊廟で落ち合おう!」
「うん!」
アルートと別れ、フレアはマルマークを追うべく居住棟の外へと飛び出る。
どこへ行ったのかと思いきや、イラスデンが霊廟の方へと向かっている姿が見えた。
その泡を食ったような様子で走る姿を見ていると、彼の耳元に何かの動く音が聞こえた。
周囲には彼の他に誰もいない。いないが、確かに音はした。
臆病風にそっと首元をくすぐられ、彼が踵を返そうとしたその瞬間だった。
「ん?」
視界の片隅で動く人影がある。
その大きさからしてマルマークのようだ。
フレアがほっとして目線を合わせると、そこには獣がいた。
興奮しているのか、瞳孔が大きく開き口からは荒々しく息を吐き出しており、明らかに正常でないことが嫌でも理解できてしまう。
「マルマーク? どうしたの?」
フレアは恐る恐る声を掛けたその瞬間、マルマークが勢いよく飛び掛かって来る。
愛犬が飼い主にじゃれるような微笑ましい光景とは程遠い。
マルマークが血走った眼で愛用の短刀を握りしめているのだから、フレアは小さな悲鳴と共に逃げる他なかった。
しかし、全力疾走するマルマークを振り切って逃げきることが出来るのか。
フレアの逃走も虚しく、あっけなく追い付かれた上にマルマークの体当たりが彼を襲う。
「ぐっ――!」
地面に全身を叩きつけられ、骨が砕けるような衝撃がフレアを襲う。
彼が慌てて上体を起こすと、バッチリと目が合ってしまった。
円らな瞳ではあるが、その瞳の底にはどす黒い怒りが渦巻いている。
容赦のない殺気に当てられ、フレアは思わず泣きだしそうになった。
「マルマーク、しっかりしてよ!」
「オースミムキョウト、コロス、コロシテヤル……」
フレアは声を張り上げるもマルマークはおどろおどろしい言葉と共に短刀を振り上げ、フレアの喉元へと突き刺そうとしたその瞬間――。
「フレア!」
誰かの声と共に、マルマークの身体がゴム毬のように大きく吹っ飛んだ。
その声をフレアが聞き間違えるはずもない。
「リナウス!? どうして!?」
そこには、暗闇に溶け込んでいるかのような、忍び装束のリナウスの姿がある。
「いや、君に呼ばれたのだがね」
「え、僕が?」
「そうさ。またも無意識のうちに私を呼んだのかね?」
内心では助けを求めていたということなのだろうか。
フレアは頭を何度も下げる。
「うん、そうかもしれない。ありがとう、リナウス」
「これぐらいならお安い物さ。だが、どうしてマルマークが君を襲ったのやら」
吹っ飛んだマルマークを回収するも、完全に気を失っており話を聞き出せそうにもない。
「どう見ても正気じゃなかったよ」
「神魂術の類か」
「神魂術……」
敵がすぐ傍にいるということに、フレアは戦慄を覚える。
もしかしたら、物陰からこっそりとこちらを伺っているのかもしれない。
彼は何度も周囲に気を配るも、深まりつつある夜の闇は何もかもを覆い隠してしまっていた。
「なんにせよ注意した方がいい。私の方はどうにか教徒同士の殴り合いは止めた。君達の現状はどうなっているんだい?」
フレアはイラスデンが霊廟へ逃げたこと、エシュリーの行方がわからないこと、アルートがエシュリーを探していることを説明する。
「なるほどね」
リナウスが気絶しているマルマークを抱っこしながらもぼやく。
「やれやれ、私達を誘っているのやら」
「でも、ここでまごまごしている場合でもないよね」
「そういうことさ」
都合よく操られているような、しかしここまで来た以上今更後退するという選択肢はなかった。
フレアは胸を張り、リナウスと共に霊廟へと向かっていく。
霊廟の扉の外観からして彫刻で飾られた荘厳な造りとなっている。
注視してみると幾人もの顔が刻まれており、その厳しい目線が彼らへと注がれている。
まるで地獄の門を開けるかのような心境で押し開けると、鈍い音と共に扉が開いた。
さあ、いざ行こうと勇み足を踏み出そうとしたその時だった。
「フレア」
小さな声に呼び止められ、フレアはそちらの方を振り向く。
「アルート! エシュリーは見つかったの?」
「うん」
頷くアルートの隣には誰かがいる。
リナウスはそれを認めてか、マルマークをそっと近くの植え込みへと隠した。
あの凶暴なリーオ族を連れていると分かれば大騒ぎになるのを恐れての判断だろう。
「その人はオースミム教徒の人?」
「敵じゃねえって。あんたらに力を貸したい」
その手にはランタンを持っており、フレア同様にフードで顔を隠している。
「俺はウォルガン。あんたとは一度は会ったような気がした」
フレアはこの声に聞き覚えがあった。
以前、イラスデンと一緒にいた姿を見たことを彼は思い出し、小さく唇を噛み締めつつも対応する。
「あ、どうも。どうしてアルートを?」
「連れてきてやった。一人で困っていたからな」
「それはどうも」
フレアは頭を下げてから、エシュリーがいないことに気が付く。
「アルート、エシュリーはどこにいるの?」
「えっと、休んでいる」
「何かあったの?」
「どうやら、うちの連中ともめ合ったらしい。今は居住棟の一階で休んでいる」
「そうかい」
リナウスが頬を掻いていると、ウォルガンが首を傾げる。
「もしかして、あんたらがこの騒動を?」
「悪いね。最近オースミム教で変な動きをあると知って、ちょいと強引にお邪魔させてもらった」
「強引、で済む言葉じゃあないだろうが。まあ、前々から、大司教様が妙な動きをしていたのは間違いない。突然、教皇様と掛け合って再臨祭の日程を強引に早めたり、余所から大勢人を呼びやがる。礼拝堂には選ばれた者しか入るな、とも」
「なるほど、そいつは不満だろうね」
「その子から聞いたが、あんた達は大司教に用事があると聞いた」
いくら協力してくれるからと言っても迂闊に霊廟を調べたいとは聞けない。
フレアは言葉を慎重に選びながらもゆっくりと吐き出していく。
「あ、うん。実はそうなんだ。大司教様は霊廟へ向かってみたいだけれども……」
「まったく、何を考えているんだか。まあいい、案内する」
フレアはウォルガンに案内される形で霊廟へと向かう。
建物としては礼拝堂よりも小さいが、地下室があることをフレア達は知っている。
伏魔殿へ挑む心境とはまさにこのことか。
フレア達が霊廟の中に入ると、愛想のない真っ暗な廊下が続いている。
ウォルガンが灯りを付けながらも先導する形で前へと進んでいく。
寂しい足音の響く通路を進んでいくと、がらんとした部屋へと辿り着いた。
突如現れたオースミム教徒のウォルガン。
実はかつて二度フレアの前に現れております。
さて、霊廟の先には一体何があるのでしょうか?
面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。
それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




