最終章「答え」その1
ついに最終章となります。
今までの伏線の殆どが回収されます。
気になる方は最初から読んでいただければ幸いです。
では、最終章「答え」の始まりです。
傾いた太陽が赤橙の色が雲に灯を点けているのかのように妖しく輝いている。
眺めているだけで不思議と感情が高ぶり、そのせいでフレアは軽い眩暈を起こしていた。
緊張か、それとも極度に興奮しているせいなのか。
冷静になろうと、彼はふとリナウスへとこう尋ねた。
「リナウスさ、もしかすると僕が神魂術を使う必要があるかもしれない。だからその――」
フレアはちらりとエシュリーを横目で見やる。
彼女は目を吊り上げて怒りを表していた。
――まだ聞いていなかったのであろうか。
その目は静かにそう叫んでいた。
「その、何だい? 私の持つ神権を教えろ、とでも言いたいのかい?」
「うん。だって、教えてくれないとわからないもの」
フレアが口を尖らせると、リナウスは三日月のように目を細める。
「断言しよう。私の持つ神権は強力というか、まあ、そんなものだ。知ってしまえば、君は間違いなく――怖じ気づく」
「怖じ気づく?」
「ああ。何にせよ、君は心優しいからね」
「そ、そうかもしれないけれども……」
心優しいだけでは何も解決しない。
そんな現実を知った彼に対し、リナウスは風でなびくスカーフを抑えながらもこんなアドバイスをした。
「君には私の加護がバッチリついている。あとは感情の爆発が必要、というところさ」
「爆発……」
そうは言われても何度か感情的になろうと努力したが、中々に難しいものがある。
マルマークに目を合わすと、彼はピンと伸びた髭をいじりながらもこう言った。
「オイラもそんな感じでしたぜ。何というか、フィーリングが大切なんですぜ」
「ふぃ、フィーリング?」
フレアは内心その言葉を出すのは止めてくれとさえ思った。
ほんのわずかな手がかりが掴めればいいだけなのに、ますます頭の中がこんがらがってしまうからだ。
「まあ、鏡でもよく見て自分と向き合うことさ」
「ははは、時間があればそうするよ」
この調子だと、当分は神魂術を使う機会はないのだろうか。
フレアは自虐的な笑みを浮かべてからも前方をじっと見据える。
やがて日は地平線へと沈み、肌に染み入る夜風を身に浴びながらも、彼は護身用の杖の握りを力強く握りしめる。
徐々に濃くなる闇の帳の先を見るために彼が目を凝らしていると、アルートがその肩をポンポンと叩く。
「えっと、いい?」
「ん、あれ?」
フレアは目を擦るも、不思議なことに真っ暗な闇の中だというのに視界が妙に良好だ。
アルートが神魂術を使ったのか、しっかりと前方の風景を眺めることが出来る。
「オイラは夜目が効きますから大丈夫ですぜ」
「アルート、私にも頼むぞ」
「うん」
アルートがエシュリーにも施すところを見ていると、フレアにはある疑問が浮かんだ。
「って、リナウス達は大丈夫なの?」
「異法神だからね。身体の構造が人間とは何もかもが違うのさ」
「便利なんだね」
人間にとってはありがたい力だが、神の間ではあまり有用でないということか。
そう考えると、アルートが自分に自信を持てない理由も何となく理解できる気がした。
「はて、あともう少しで大聖堂へ着くかな」
「いよいよか……」
フレア達は互いに顔を見合わせる。
暫くすると、王都の街並みが目に入る。
至る所に設置された街灯が暗闇に牙を突き立てるようにギラギラと輝き、人々の闊歩する姿をくっきりと映しだす。
その光は夜の時間を我が物とした人間を祝福しているようで、それとも内心ではいまだに暗闇を恐れている人間達をあざ笑っているのだろうか。
やがて、大聖堂付近まで近づくと松明を手にした群衆が敷地内の見回りをしている。
「警備にしては数が多いね」
等間隔で配備された人員はあまりにも仰々しく、見ているだけでも息の詰まりそうな警備体制にフレアは率直な感想を漏らす。
「これはもしかして他の村や街から集めた信者達を警備に当たらせているのかな?」
「その可能性が高いであろう。物量作戦とは厄介であるな」
「大方我々を警戒しているということか」
そう言いながらも、リナウスは笑っている。
それはまさに花のような妖艶な笑みだが、残念ながら花は花でも薔薇のごとく刺々しい。
「楽しそうだね」
「当然さ。警戒をしているということは、こちらの存在に怯えているのさ」
「いや、単に用心深いだけかもしれないけれども」
「ふふ、いずれにせよ今から首謀者の面を拝みに行くわけだ。楽しくてならないさ」
フレアはその姿を見て、首を傾げてしまう。
慢心をしているのはリナウス自身じゃないかと。
「で、どこに着地をするの?」
「礼拝堂の屋根ならば多少傾斜があるも、流石に警備の目も届かないであろう」
「よし、着地をするけれども――頼むよ、リナウス」
「ふふ、任してくれたまえ」
まさか、こんなことになるとは……。
フレアはリナウスにお姫様だっこをされながらも、小さくため息をつく。
「そんな顔をしないでくれたまえ」
「そんなことを言われても……」
「アルートのように、君を肩で担ぎ上げてもいいのだがね」
フレアはちらりとアルートを見てみると、そこには頭にマルマークを乗せ、そして小さな肩でエシュリーを強引に担いでいる。
「さて、行きますかね」
「ちょ、まだ心の準備が――」
フレアが懇願するより先に、リナウスはロバート君の背から飛び降りる。
パラシュートもなしでどうやって空から侵入するつもりなのか、という問いに対して、神々の出した答えがこれだった。
フレアは身体が猛スピードで落下する中、声を上げないよう強引に手で口を閉ざす。
風圧とかあるはずなのだが、リナウスは涼しい顔で闇の中を下降していき、そして思ったよりも早く屋根へと着地する。
フレアは身を強張らせていたが、やはり何の衝撃もないせいか自分が幽霊にでもなったかのような心地だった。
「ふふ、どうだったかい?」
「今夜は変な夢を見そうだよ」
フレアがお姫様抱っこから解放されると、すぐ隣では同じようにアルートが着地をしており、マルマークとエシュリーは目を白黒とさせている。
「無事に潜入は出来た」
フレアは上空にいるロバート君へと手を振る。
事前にロバート君には用が済んで大聖堂を脱出後、ランメイア王都郊外にて待ち合わせると伝えてある。
「じゃあ、手筈通りにリナウスが――」
「陽動として暴れまわるというわけだ。ん?」
ふいにリナウスは眉をひそめる。
そして、何を思ったかリナウスは足元に目を向け、ブツブツと呟き出す。
尋ねるべきかどうか迷いながらも、フレアは慎重に声を発した。
「えっと、何かがあったんだよね?」
「そりゃあね。そんな訳でこの礼拝堂の内部を調べてくる。すぐに戻るさ」
そういうと、リナウスは礼拝堂の窓から建物内へと潜り込む。
その無駄がなく素早い動きは本物の忍者も顔負けに違いないだろう。
「何があったというのであろうか?」
「うーん、わからないな……」
一同は首を傾げながらもリナウスが戻るまで待機する。
焦りよりも苛立つ気持ちの方が大きく、フレアは自分の親指の爪を忙しなく噛む。
やがて、リナウスが偵察から戻ってくると何やら真剣な表情をしていた。
先程見せていた余裕がどこにもなく、彼は小さく息を飲む他に選択肢がなかった。
リナウスは何を見たのでしょうか?
今回はここまでとなります。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




