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第八章「黒幕」その9

未だに謎多きリナウス。

その感情の一端が今回明かされます。

どうぞお楽しみに。

 かの神は少年に語り掛ける。

 優しい声ではあるものの、少年が耳を澄ませるとほんのわずかだが憐憫の情がほんの微かに込められていた。


「家族が君に良い思い出を授けてくれるのだろう。いや、何と言えばいいか。願わくば家族とは苦しみを分かち合い、そして良い思い出を共有すべき存在だと私は思っている」

「そう、だよね」


 フレアには父と母との家族らしい思い出等微塵も存在していなかった。

 探せばあるかもしれないが、そもそも普通ならば考えなくともパッと浮かび上がってくるはずだ。

 それこそ、日常の会話だとか、作ってくれた料理が美味しかったとか、そんな些細なことすらも良い思い出に違いない。

 だが、彼にはまるでなかった。自分の家族との良い思い出についての作文を書け、と言われたらそれこそ白紙で提出せざるを得ないのだ。

 延々と続く苦痛だけの時間に果たして価値はあるのだろうか。

 そう思うと、彼自身地球にいた頃の時間そのものが空白であったような気がしてならなかった。


「フレア。私は君の家族にはなれない。こう見ても異法神だからね」


 フレアの視線の先には、パジャマ姿の神がいる。よく見るとパジャマは水玉模様だが、そんなことは彼にとってもはやどうでもよかった。

 黒髪黒目の美しい女性ではあるが、神々しいという印象とはまるでかけ離れているようでどこか不思議な雰囲気を放っている、それが彼から見たリナウスの姿だった。


「リナウス……」

「異法神は生きているわけじゃない。言うならば、存在しているというのが正しい。食べる必要がないから味覚もないし、汚れることがないから入浴の必要もない。よく勘違いされているが生殖機能すらないのさ」

「そう、なんだ」


 見た目は人間そのものだというのに、何かもが生物からかけ離れた存在だということか。

 それでも、フレアからすれば初めて会った一番人間らしい存在でもあった。


「だから、私は君の心の苦しみを全て理解できない。それだけはわかってくれたまえ」


 この言葉を聞いて、フレアはどこか安心する。

 フレアがリナウスと感じている距離感の理由の一つを理解できた気がしたからだ。


「でも、リナウスが一番僕の心を理解してくれているよ。僕の最初の味方だもの」


 フレアのまっすぐな言葉に、リナウスは思考が停止した。

 ほんの一瞬だけ何と答えればいいかわからなかったようだ。


「そう、そうか。すまない……」

「何で謝るの?」

「ちょいとね。おっと、手記の話に戻るとしよう」

「お、お願いするよ」


 リナウスは自身の頬を指で撫でながらも続ける。


「手記の中で実に興味深い記述があってね」

「え、どんなこと?」

「何代にも渡って似たような人物が登場しているのさ」


 その言葉にフレアは反射的に身を乗り出した。


「え! 例えば?」

「義眼をはめ込んでいる者や、メルタガルドでは珍しい緑色の髪をした者や、代々ランメイア王国の王族の墓守として勤めている者とかがいる」

「うーん。どれも怪しいよね」

「一人一人当って行けば成果は得られるだろう。ただ、残念なのが私達にそんな時間はないと思うがね」

「オースミム再臨祭をわざわざ早めて、信者を集めているものね。フレア財団に攻め込む準備かな?」

「今までも回りくどい手ばかりを使ってきた。何を考えているのだろうかね」


 そう、何を考えているのかわからない。

 意味があるように見せかけ、その実は陽動だったりと、相手に踊らされてばかりなのがフレアにとっても腹立たしいばかりであった。


「これからどうしようか?」

「皆と相談してはどうだい?」


 焦りに焦り、独断で突っ走るのは一番危険だ。

 結局はそれが一番なのだろうと、フレアは納得する。


「そうだね。早速食堂で作戦会議だ。皆を呼ぼう」


 そこまで口にしてから、リナウスに神魂術について聞くことを思い出す。

 だが、今更話の腰を折るわけにもいかなかった。


「了解さ。さて、とっとと、呼びに行ってくれたまえ」


 リナウスはハンモックから飛び降りてから、シッシッと追い払う仕草をする。


「え? リナウスは手伝ってくれないの?」

「いや、私はゆっくりと着替えたいのだがね。それとも何かい? パジャマ姿で真面目な会議に挑めというのか。ふふふ、そいつは実にいい趣味をしている」


 リナウスはパジャマ姿で胸を張る。

 すると、フレアはチラリと見えるリナウスの胸元の黒い下着を直視してしまい、慌てて部屋を飛び出た。


「ご、ごめん!」


 フレアは息を切らせながらも、まずは客間へと向かうと、そこでは幸せそうなにソファーで眠っているマルマークがいた。


「マルマーク、ちょっといいかな?」

「ふへ、もう少し眠っていたかったんですがね」


 大きな欠伸をしているマルマークと共にフレア達が食堂へと辿り着くと、既にリナウスとエシュリー、それにアルートとセインがいた。

 景気よく挨拶をしようしたその瞬間、フレアは顎が外れそうになった。


「リナウス。その格好は――」


 フレアは思わず目を剥く。

 パジャマ姿でないだけマシなのだが、全身真っ黒な衣装に口元を隠す布を身に着けていた。


「何って、これこそが忍者ではございませんか!」


 セインが目を輝かせながらも感嘆の声を上げる。


「これが噂に聞いていた忍者の姿であろうか?」

「忍者? すごいね」


 エシュリーとアルートもまた羨ましげな目でリナウスを見ている。

 例え文化や世界が違ったとしても忍者には人を惹きつける魅力があるのかとフレアは驚きを隠せなかった。


「ふふ、私なりの本気の意思表示さ」

「そうなんだ……」


 リナウスは首に巻き付けている赤色のスカーフを撫でながらも自信満々にそう言った。

 フレアは軽い頭痛を覚えるもここで弱音を吐くわけにはいかなかった。

 何故ならリナウス以外の皆が皆、何か期待するような眼差しを彼へと向けていることに気が付いてしまう。

 この期待に応えなければならないのか、と考えるだけでも彼は空元気を見せる必要があった。


「それにしても忍者でございますか。カタナとテッポー、それにブーメランを操りながらも、世界の平和のために戦う義賊でございますね!」

「えぇ……」


 いくら忍者でも属性を盛りすぎじゃないか、と言わんばかりにフレアはリナウスに視線を向けるも、そんな説明したかな~とばかりに肩を竦めている。


「ま、忍者は謎多き存在だからね。嘘か本当かどうかわからないのさ」

「なるほど。かく乱のために様々な情報を流布させているのであるな!」

「他にも眼帯や苦無も特徴でございますよね!」


 忍者って何だっけ……。

 フレアが悪化する頭痛に耐えていると、マルマークが天井を見上げながらも一言。


「オイラには理解できない世界ですぜ……」


 フレアが同情しようとした矢先、不思議とセインの言葉が引っかかってしまう。


「忍者の話はここまでにしよう。アルート。先日君に頼んだ例の件なのだが報告してくれたまえ」

「例の件?」


 はてな、とばかりにアルートは首を傾げている。

 忘れてしまったなら仕方ないなと周囲を和ませる、そんな可愛らしい仕草ではあったものの、やはりというべきかリナウスにはまるで効果がない。

 眼輪筋を引きつかせながらも、リナウスが唇を動かそうとすると、アルートは小さな悲鳴を上げながらもこう言った。


「その! なかった、なかったよ!」

「そうか、なかったのか」

「な、何の話?」


 やり取りだけを見ていると、宿題を忘れた女子を叱りつける教師のようであり、リナウスは呆れながらもフレア達へと説明する。


「オフィーヌ族の里に滞在するついでに、封蝋の印章を探してもらったのさ」

「封蝋の印章? もしかして、オースミム教の?」

「そう。異端狩りへ指示する封書に使われていたものさ。オフィーヌ族が持っていないとなると、やはり第三者が指示書を送っていたことになる」

「第三者――。それが黒幕なのかな?」

「バルシーアが完全に力を取り戻しているならば、わざわざ裏でこそこそする必要はない。バルシーアから力を託されているカミツキの仕業と考えるのが妥当さ」


 やはり異端狩りやオフィーヌ族に裏から指示をしており、暗躍していた人物がいる――。

 フレアが眩暈に似た恐怖を覚えていると、あることに気が付いた。


「ん、待ってよ。内通のバレたオフィーヌ族をそのままにしているんだよね?」

「そうであるな。何らかの口封じをしていない辺り、もしかするとオフィーヌ族も黒幕の正体を知らないかもしれぬ」

「もしくは、オフィーヌ族を完全に切り捨てるつもりかもしれないね」

「切り捨てる?」


 フレアは目を瞬かせる。

 リナウスの言葉が酷く残酷なものに聞こえたからだ。

 

「そうさ。時間稼ぎのためか、それとも何か狙っているのか」

「うっ、結局は早い所突き止めないといけないのかな……」

「やはり、オースミム教に襲撃を掛けることになるのであろうか」


 エシュリーの傍にはアルートが座っており、どうしていいかわからず弱々しく頷いていた。


「いや、襲撃というか、何を企んでいるかを突き止めたいんだけれども」

「フレアの旦那。結局は強引に侵入せざるを得ないと思いますし、戦闘も想定されますぜ」

「やはり、襲撃になると思われます」

「荒っぽいことはしたくはないのだけれども……」


 今更そんな甘えたことを言っている場合なのだろうか。

 皆がフレアの目を見据える中、彼は唇を噛み締めて覚悟を決めた。


「皆、フレア財団は平和的に亜人と人間との仲を取り持つのが主目的だ。だが、今回はバルシーアという神がオースミム教を裏で操っていた可能性が高いことがわかった。さらに、僕達の動きを察しているのか、オースミム再臨祭の開催日を早めたという情報も入った以上何をするかわからないが、黙ったまま見過ごすわけにもいかない」


 フレアは早口で啖呵を切りながらも、軽く呼吸をしてからさらに捲し立てる。


「本来ならば、正式な手続きを踏んだ上でオースミム教の大聖堂を調査するべきだろうが、そんな時間はないし、今更そんなことをしている余裕もない! 強引に侵入する!」

「そ、そうであるか!」

「頑張ろ」

「フレア様が怒るなんて……」

「へっ、そうこなくちゃあ!」


 フレアは皆の反応を目にして、はっと我に返る。

 ふとリナウスを見てみると、小さく口を動かしていることに気が付いた。

 わかりやすくゆっくりと動かすのを見て、フレアはリナウスが何を伝えたいのかをようやく理解した。


『賽は投げられた――』


 もう後戻り出来ない。

 だからと言って、このまま真っ直ぐ突き進むことは出来るのか。

 そんな後悔をする時間すら、彼には残されていなかった。

ついに覚悟を決めたフレア。

しかし、果たしてこのまま上手くいくのでしょうか?


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。

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