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第八章「黒幕」その5

疲れのあまりフレアは眠りへと就きます。

束の間の休息の後、彼は目覚めようとしますが――。

 フレアは夢の海の中で微睡んでいた。

 誰に邪魔されることもなく悠々と泳いでいると、彼の耳に何かが聞こえる。

 小さく、儚く、そして弱々しい声だった。

 また、あの幻聴か――。

 暫くぶりに耳にすると、どこか居心地が良かった。

 どうして、こんな気持ちになるのだろう……。

 疑問を抱きながらも、彼はゆっくりと目を覚ます。

 何か、やらなければやらないことを思い出したからだ。

 窓を見てみるとまだ外は明るい。

 すっきりとした頭で食堂へと向かうと、食卓でセインが本を読んでいる。


「あ、おはよう」

「フレア様!」


 セインが本から目を離し、心配そうな目で彼を見つめる。


「どうしたの?」


 尋ねながらも、フレアは自身の髪の毛を触る。

 もしかして、凄い寝ぐせになっていたのだろうか。

 以前あまりに寝ぐせが酷かったためリナウスから拍手を送られたことを思い出していると、セインは彼の顔を覗き込む。


「え、え?」

「フレア様。身体の具合は大丈夫でございましょうか?」

「いや、その大丈夫だけど」

「フレア様。あれから丸一日眠っていたのでございます」

「ま、丸一日!?」


 そう言えば、すっかりお腹も空いてしまったような。

 そんなフレアを察してか、セインはクスリと微笑む。


「では、食事をご用意いたしますね」

「お願いするよ」


 フレアはセインに対して笑顔を返す。

 暫く待っていると、セインは鳥肉を挟んだパンを用意してくれた。

 空腹のあまり彼が急いで食べていると、彼女は嬉しそうにその様子を眺める。


「どうしたの?」

「いえ、フレア様は本当に美味しそうに食べるのですね、と」

「ははは、そうかな」


 やがて食事を終えたフレアはどうしようかな思っていると、セインが声を掛けてきた。


「あの、もしお時間があるのでしたら、フレア様のお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「僕の話?」

「はい。リナウス様からフレア様が別の世界からお越しになったと伺いました」

「え、ああ。そうなんだよね」

「リナウス様から、フレア様の世界には侍やスパイ達が跋扈しているスリル溢れているというお話も聞きました」


 フレアからその話の続きを聞きたいのだろうか、セインは目を輝かせている。


「ははは、確かにそんな一面もあるかもしれないけれども」


 一体リナウスはどんな話をしたのだろうか。

 いずれにせよ、セインを楽しませなければならないなと思いつつ、フレアは適当な話を即興で作って彼女に聞かせた。

 日夜、侍やスパイ達は国家のために鎬を削り、今日もどこかで戦っていると語ると、セインは微笑みながらも色々と尋ねてくる。

 一通り彼女が満足するまで話すと、フレアはたんぽぽコーヒーで喉を潤す。


「他に聞いておきたいことはある?」


 すると、セインは蚊の鳴くような声でこう尋ねた。


「フレア様。今までのお話しは全部嘘でございますね?」

「え。いや、そんな……」

「私も薄々と気が付いておりました」


 即興で作った話にしても、そんなに不自然ではなかったはずだ。

 フレアが戸惑っていると、セインは追撃するかのようにこう続ける。


「楽しそうに話していらっしゃるのに、フレア様の目はこちらも悲しくなるくらいに、寂しそうなのですから」

「そ、そうだったんだね……。その、君を騙すつもりはなかったんだ」


 フレアが何度も頭を下げると、セインがその頭を撫でる。

 しなやかな五指の柔らかな感覚に、フレアの心臓は踊っているかの如く暴れ回った。


「いえ、違うのです。私に語ることが出来ないほど、フレア様の世界は悲しみに溢れているのでございますね」

「そうかもね。本当のことを言うと、僕は逃げ出したんだ」

「逃げたとおっしゃいますと?」

「前の世界にはね、僕の居場所はどこにもなかったんだ」

「そんなことが――」

「信じられない話かもしれないけれども本当なんだ。リナウスのおかげで、僕はここにいるんだ。でも、最近だと僕は無力だな、と考えているよ」

「無力?」

「うん。僕は本当に無力なんだ。頑張ってはいるけれども、でも頑張りだけではどうしようもなくて、結局は逃げた先の世界でもそれを思い知らされてばかりで――」


 フレアは思わずセインを見つめる。

 最初に目にした時の、あの悲しそうな顔を思い出し、彼の視界は涙で霞んだ。


「フレア様。あなた様は本当に心の優しい方です。でも、そんな優しいあなたを、あなたのいた世界は受け入れてくれなかったのですね」

「うん。今も一応はフレア財団という居場所はあるけれども」

「でも、仮にリナウス様がいなくなって、フレア財団も解体したら、その、よろしかったら、私の里に来ませんか?」

「……ありがとう。そうか、僕にも居ていい場所はあるんだね」


 フレアはセインをじっと見つめる。

 最初に会った時と比べてとても魅力的な女性になったんだな、と考えてしまうだけで彼の理性はどこか吹っ飛ぶそうな高揚感に襲われる。


「はい――。え」


 突如、セインの笑顔が途端に崩れた。

 その顔は焦りの色で染まりきっていた。

 フレアもまた気が付いてしまい、扉の隙間から覗いている視線を睨み返す。

 すると、渋々といった様子で隠れていたリナウスが姿を見せた。


「リナウス、いつからそこに?」

「まあね。いやあ、もう少し遅く帰ってくればよかったよ」


 すると、残念そうな顔でフレアに銅貨を投げ渡す。


「なにこれ?」


 フレアが口を尖らせると、リナウスは小さな声で囁いた。


「いや、君がセイン嬢を情熱的に抱きしめるに銅貨一枚を賭けていたのさ」

「やめてよ……」


 フレアの隣ではセインが顔を真っ赤にして黙り込んでしまっている。

 そんな大胆なことが出来る訳ないじゃないかという目線を送ると、リナウスはクスクスと意地悪く笑う。


「まあいいさ。朗報を持ってきた。エシュリー!」


 リナウスが声を上げると、扉からエシュリーが姿を現す。

 彼女が身に着けているのは礼装らしく、金糸で飾られた煌びやかな衣装を着ており、真紅のマントを翻して歩くその姿は只者でないという気風を放っていた。

 彼女は小脇に巻物を大事そうに抱えており、収穫があったことを物語っている。


「フレア殿」


 エシュリーは何かをフレアへと放り投げる。

 彼がとっさに掴むと、それは一枚の銀貨だった。


「え、何で?」

「聞かないで貰いたい……」


 一体どんな内容の賭けをしたのやら。

 フレアは呆れながらも銀貨と銅貨をポケットへと押し込んでいると、エシュリーが巻物を食卓の上へと広げ出す。


「フレア殿。これが私の乳母に描いてもらった大聖堂内の見取り図である」

「これが?」


 ざっくりとではあるが大聖堂の敷地内のどこに何があるかが描かれており、一般人が立ち入れない場所の先についても記載されていた。

 フレアが一通り眺めていると、見取り図の中に詳細不明と書かれている区域があることに気が付いた。

 大聖堂内には礼拝堂の他に、従事者達の寝泊まりする居住棟と、王族やオースミム教で認定された聖人や信者の遺体を保管している霊廟と、国賓を招き祭儀を行う祭堂がある。

 詳細不明と書いてあるのは霊廟の地下にあるらしく、注釈で鍵が必要とも書いてあった。


「ここは?」

「その区域はオースミム教でも限られた者しか入ることができないそうだ」

「いかにもここを探してくださいという場所さ」

「しかし、問題は鍵であろうか。大司教が肌身離さず持っているそうなのだが」

「大司教が持っているの?」


 フレアはふと考える。

 仮に大司教がカミツキだとしたら、簡単に鍵を奪えないだろう。


「となると、姿を隠せるマルマークが適任かな」

「そうとなれば、早速マルマークを迎えに行こう。フレア、出発の準備だ」

「あ、うん。わかったよ」


 フレアが席から立ちあがると、エシュリーが手を上げる。


「私も同行させて貰ってよいであろうか?」

「勿論だよ」

「準備をさせて貰えないであろうか? この格好ではいささか動きづらいのである」

「僕も着替えようかな」

「了解した。私は先にロバート君を呼んでこよう」

「では、私はお留守番していますね」


 フレアは一旦自室へと戻り、いつもの外套を羽織る。

 ふと、外套の袖の部分が解れていることに気が付いた。

 落ち着いたら新調しなければと彼は考えていると、昔は着る服の選択肢すら与えられなかったことを思い出す。

 随分と贅沢な生き方をするようになったものだなと彼は自嘲気味に笑ってから外套に袖を通した。

メルタガルドへと逃げて来たフレア。

今いる居場所を守るために、彼の奮闘は続くようです。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。

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