第八章「黒幕」その4
繁栄と団結の神の姿を偽り多くの悲劇を招いた黒幕に対して、フレアは何をするのでしょうか?
彼の葛藤と行動に注目いただければ幸いです。
何が正解か、それとも間違いか――。
フレアは悩みに悩む。
どちらにせよ、早めに答えを出さなければならない。
時間という面倒でややこしいものがこの世界にはあるのだから。
そして悩んだ末、彼はたどたどしい口調でこう言った。
「リナウス。バルシーアを、その、探そう。どんな神かは分からないけれども、放っておくわけにもいかないよ」
「倒さなくていいのかい?」
「ディアムの話も本当かどうかは断言できないよね? 可能であれば対話をして、何が真実かをこの目で見極めたいんだ」
フレアが言い終えると、リナウスはにやりと口角を上げる。
「君らしい答えさ。しかし、問題はバルシーアの居場所だね」
「うーん。難しいところであるな。やはり一番安全な場所にあるのではなかろうか?」
「一番安全な場所というと、やっぱり王都かな?」
「王都の中でも怪しいのは大聖堂だろうかね。バルシーアも他の神同様に休眠状態か、力を使い果たした影響で本来の力を発揮できない状態かもしれない」
「む、大聖堂に攻め込むのであろうか?」
すると、エシュリーは興奮したのか勢いよく椅子から立ち上がるも、リナウスに睨まれてすごすごと着席する。
「あまり大きな騒動はしたくないが、大聖堂で何かしらの手掛かりは掴めそうだ。以前、アルートにも見て貰ったが、あるかどうかはわからない以上可能性はある」
「前にも言っていたけれども、リナウスが近づくとその気配でバレてしまう恐れがあるんだよね?」
「調査をするとなると私抜きだね。攻め込むならば別だけれども」
リナウスがいないと考えるとやはりフレアは不安で仕方なかった。
今までの旅や探索もリナウスの存在があったからこそ、何とかやってこられたというのが彼の正直な気持ちだった。
「しかし、どうやって忍び込むかであるな」
「色々と考えなければならないね。少なくとも、大聖堂の見取り図は欲しいもんさ」
「オースミム教に知り合いはいないし、いたとしてもそんな重要な物を持ってはいないだろうし」
フレアは商人ギルド内にいるオースミム教と繋がりのある者へ袖の下を渡そうか、とも考えたがそれもまた得策ではない。
大きな貸しを作ることで、今後の取引に大きな支障が出来てしまったらそれはそれで大いに厄介だからだ。
特に商人ギルドの面々は抜け目がないことで知られ、弱みを握られたらそれこそフレア財団の運営に致命的な支障をきたすだろう。
「その点は私に任せて貰ってよいであろうか?」
エシュリーが力強く胸を叩いている。
少し不安ではあるが、フレアは彼女の発案に期待することにした。
「何か心当たりがあるのかい?」
「昔聞いたのだが、かつて私の乳母は大聖堂の司書として勤めていたそうなのだ」
「内部に詳しいということ?」
「どこまでの情報を持っているかわからないが、聞いてみて損はないと思われるぞ」
「頼むよ」
乳母となると、このドが付くほど真面目なエシュリーの性格を構成した中の一人なのだろうか。
フレアがますます不安になる中、セインがやって来た。
「皆様。料理の追加をお持ちしました」
セインが持ってきたのは魚の丸焼きだった。
香草が散らしてあり、香ばしい匂いにフレアの胃は空腹を訴えるかのように暴れだす。
「こりゃあ、見事だね。私は食べないけれども」
フレアは口の中で唾液が溢れるのを感じる最中、ふと疑問に思った。
これはどこから持ってきた魚なのだろうかと。
近くに川はあるも当然釣って来る時間などない。
お土産で持ってきたのだろうというのが正解だろうが、あのバスケットの中に無理矢理押し込んだのだろうか。頑張れば入るかもしれないが、それにしては大きすぎる。
フレアは寒気のようなものを感じていると、セインが首を傾げて尋ねてくる。
「フレア様、私が切り分けましょうか?」
「あ、ごめん。僕の分は適当でいいよ」
「む、いいのであるか? では、遠慮なくいただこう」
エシュリーはフォークとナイフで行儀よく食べるも、そのテンポはいつも以上に速い。
なるほど、常日頃から礼儀正しい食べ方をしているので、上品に早食いすることもお手の物なのだろう。
既に食べ終えてしまったフレアはそんなことを考えながらも、食事の時間が終わるのをじっと待つことにした。
「セイン殿。実に美味な魚であった。是非とも機会があれば食べたいものである」
食べ終えたエシュリーがテーブルクロスの隅で口を拭っている。
動作自体はとても上品で、そして貴族のマナーなのだから庶民であるフレアは文句を言えない。
それでも洗い物が増えてしまうことが彼としてはいささか納得がいかなかった。
「わかりました。今度実家に帰る機会がございましたら、頑張って捕まえます!」
フレアとエシュリーはほぼ同時に首を傾げた。
「捕まえる?」
「はい。魚影を見つけたら飛び込んで追いかけるのです」
「お、追いかけるの!?」
「随分ワイルドであるな……」
ふと、フレアはセインの魚のような尾びれに似た尻尾を見やる。
この尻尾のおかげで魚に追い付けるのだろうと思うと素直に感心してしまう。
「私も練習をすれば出来るのであろうか?」
「うーん。暴れる魚を全身で抱きしめるようにして動きを止めるのは中々に難しいのでございます」
「え、抱きしめる……」
フレアは改めてセインの身体に目をやる。
メイド服越しでもわかるふっくらとしたその身体を直視してしまい、彼は急いで目を背ける。
「あの、ご気分が優れないのでしょうか?」
「フレア殿? 顔が真っ赤であるが」
「これは……」
どう言い訳をしていいものかフレアが悩んでいると、リナウスが心配そうな声を出す。
「フレア。また、その症状かい? これはいけないね」
「症状、でございますか?」
「そうさ。たまに疲労が顔に表れるらしく、こんな感じで顔がリンゴのように赤くなってしまうんだ」
「そうであったか」
フレアはリナウスに感謝していると、さらにこう続ける。
「という訳で、フレア。とっとと休みたまえ」
「え」
「私がいない間、栄養も偏った食事ばかりされていたに違いありません。ゆっくりと静養してくださいませ」
「う、わかったよ」
何とかその場をごまかしてくれるも、大方無理矢理にでも休ませるために余計なことを付け加えたのだろう。
「少し休んで心に余裕を持たせたまえ。そうすれば、気分も少しはスッキリとするだろう」
リナウスは去り際にそんなことを言いながらもとびっきりのウインクを投げつけてくる。
世の男性の大半はコロリと心を奪われるであろうが、フレアには微塵も効果はない。
心の中では異法神に対する畏敬の念が強いからなのだろうか。
彼としては心だけでなく、山登りのせいで足にも大きな負担が来ていた。
自室へと戻りベッドに潜り込んでから、彼はしっかりと今日起きたことをまとめるために思考を巡らす。
バルシーアの情報を一刻も早く掴まなければ。そして、リナウスやエシュリーばかりに頼ってはいけないとも考えるが、やはり疲労には勝てなかった。
とりあえずは彼が仮眠しようと目を閉じると、まるで奈落の底へと吸い込まれるかのような勢いで彼は眠りへと就いた。
如何でしたか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




