第八章「黒幕」その1
いよいよ物語もクライマックスへと向かいます。
加速する物語にご注目いただければ幸いです。
オフィーヌ族との戦いから一週間が経過した。
大切な仲間に裏切れられたという衝撃はあまりにも大きく、フレアは仕事の手を休めては一人で悩むようになっていた。
リナウスもそれを察してか、フレアには簡単な仕事を回しつつ自身は重要な案件を解決するために四六時中動き回る日々が続く。
また、皆に迷惑を掛けてしまっているという罪悪感を抱きながらも、あくる日彼はリナウスに相談を持ち掛けた。
「あのリナウス、ちょっといいかな?」
「どうしたんだい?」
リナウスは自身の黒髪を撫でながらもフレアを注視する。
その無表情な顔を見ると機嫌が良いのか悪いのかはわからないが、それでもフレアは尋ねずにいられなかった。
「アムーディや携わった他のオフィーヌ族を力づくで問い詰めた方が正しいのか、それとも暴力的な手段以外での平和的な解決の方が正しいのかな」
「なるほど、実に難しい話だね。答えはわからない、さ」
「わからない?」
「ああ、そうさ。どちらかがフレア財団の未来のためになるか、そう考えるとどちらも正しいようで、間違っているかもしれない」
リナウスは目を三日月のように細める。
愁いを帯びていながらも確実にフレアの心の奥底まで見通している、そんな目つきだった。
「前者を選び、アムーディから真の狙いを聞き出す。実に結構さ。オフィーヌ族との長い確執が生まれるかもしれないがね」
フレアはリナウスの言葉を心の中で噛み締める様に繰り返す。
「後者は後者で確実性に欠ける。そして、君は前者も後者も正しいと判断できない結果、仕方なく後者を選ぶしかない」
「仕方なくって――」
「そうだろう? 君は優しいからね。非情な手段は取るに取れない。そして、一番悩んでいるのはその優しい性格が果たして正しいか、ということじゃないかね?」
「う、うん」
そうか、結局はそうなのか。
フレアは顔を伏せながらも考えこむ。
僕の取柄とは何なのだろうか――。
優しいことが果たして取柄と呼べるのか、その優しさが仇となってしまわないのか。
そう考えるだけでも、フレアの胸は張り裂けそうになる。
「僕のやっていることに、意味はあるのかな?」
小さな小さな呟きだったが、リナウスが聞き逃すはずもなかった。
そして、はっきりとした声でこう言い返してくる。
「――ある」
「え?」
「断言しよう。ある」
「でも、僕の選択が間違っていたら……」
「いいや、ないとは言わせない。私があると言えばある。これだけは覚えておきたまえ」
いつになく真剣な声だった。
怒っているわけではないが、何か鬼気迫るものがあった。
何か琴線に触れてしまう発言だったのだろうか。
フレアは申し訳なく頭を下げる。
「ごめん、リナウス――」
「謝らなくてもいいさ。君は君でいてくれたまえ。その方が私は勿論、セインも喜ぶだろうし」
セインの名前を聞いて、フレアは大切な約束を思い出した。
「そうだ! セインを迎えにいかないと!」
「私も同行しよう。今のぼんやりとしている君では飛んでいるロバート君の背中からずり落ちそうだからね」
「いや、そんなことは……。あっ、やっぱりありそう」
フレアはセインを迎えに行くべくリナウスと共に外へと出る。
その途中、エシュリーと出くわした。
「リ、リナウス殿、その……」
「エシュリー。頼んだ仕事は終わったようだね?」
「そ、それなのであるが……」
「商品の在庫数の点検、それに商品に関するアンケートの集計は是非ともやってもらいたいのだがね」
「申し訳ない! 必ず――」
エシュリーはペコペコと頭を下げて平謝りする。
一言も反論できない点からも過失は彼女にあるのだが、それでも一応公女という身分ではある。
だが、リナウスの前では身分など些末なものに過ぎなかった。
『リナウス殿はフレア殿だけに甘い気がするのだが?』
フレアは先日エシュリーがこっそりと口にした愚痴を思い出すと、ますます申し訳なくなってしまう。
「ところでお出かけであろうか?」
「あ、うん」
「折角だ、君も同行したまえ。気晴らしをすれば仕事も進捗するだろう」
「ぎょ、御意!」
エシュリーは上ずった声で返事をしつつも、ビシッと敬礼をする。
余程気晴らしをしたかったのだろうか、どこか顔が嬉しそうだ。
そんな訳で、エシュリーを加えて皆でロバート君へと乗り、セインの故郷へと向かった。
「思えば、セインがいないと大変ものさ」
ロバート君の背の上でリナウスがポツリと呟く。
「確かに。セイン殿の不在中は不思議と屋敷が散らかり放題であるからな。私も頑張って片づけてはいるのであるが」
「君が片づけると、何故か大切な書類が風呂場へとお引っ越ししてしまったのだがね。いやあ、あれには本当に驚かされたさ」
「ぐ、それは、単なる偶然である!」
いや、一体どんな偶然なのだろうか。
フレアとしても謎が多すぎてツッコミをいれるのにも疲れてしまう。
「食事も僕が作っているけれども、セインには敵わないかな」
「フレア殿は料理を作れるだけで凄いのであるが」
「そうかな?」
フレアとしても料理で出来る部分と言ったら煮る、焼く、切るといった簡単な工程しか出来ないが、それでも最低限自分の食べられるものは作れる。
あまり変な冒険をせず、安定して食べられる料理を作るのが彼のモットーでもあった。
「そんなに難しくは――」
フレアはふとエシュリーが挑戦しようとしていた料理の光景を思い出してしまい、そっと目を背ける。
あの戦場のような光景は果たして何を作ろうとしていたのか、どちらかというと禍々しいものを呼ぶ儀式のように思えてならなかった。
「どうされたのであるか?」
「いや、何でもないよ。おっと、そろそろ着きそうだね」
フレアは前方の山を指さす。
すっかりセインのことを忘れてしまったことを申し訳なく思うと、彼がロバート君の頭を撫でる手にもついつい力が入る。
やがて、先日も目にした大岩に着陸すると、エシュリーが首を傾げる。
「それで、ここがセイン殿達の住処であろうか?」
「いや、ここじゃないんだけれども。しばらく歩くよ」
「では、そこにいるセイン殿は一体?」
「はい?」
フレアがエシュリーの示したところを注視すると、そこにはセインがいた。
いつもの見慣れたメイド服を着たまま、岩を背にしてぐっすりと眠っている。
その近くにはバスケットが二つほど置かれており、恐らくフレア達へのお土産なのだろうが物を詰め込みすぎたせいで奇妙に膨らんでいる。
「セイン。起きて」
フレアがセインの頭に生えているヤギに似た角を撫でると、彼女は小さな悲鳴と共に飛び起きた。
「な、なにをなさるんです!」
顔を真っ赤にしてプンプンと怒っている姿を見ると、フレアの心音が一気に高鳴る。
「ご、ごめん! つい……」
「え、あれ、フレア様? それに、リナウス様にエシュリー様、あの、そのおはようございます」
「もう昼なのだがね」
「えっと、待たせてごめん」
「いえ、待ってなどございません。私も、その、仮眠をとったばかりですから」
「そうなの?」
それにしては幸せそうな顔でぐっすりと眠っていたものだ。
フレアが笑いを隠していると、エシュリーがセインへと尋ねる。
「セイン殿。里帰りはどうであったか?」
「ええ、とてもよい里帰りでした。あ!」
「どうしたの?」
突然のセインの慌てぶりに、フレアは落ち着かせようと声を掛ける。
「一大事なのです!」
「え、何が起こったの?」
「その、ディアム様が目覚めたのです!」
如何でしたか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




